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爛漫に降れ秋の雨  作者: ニワトリ
6/10

すごく苦手なタイプ

 白亜が連れて行ってくれたのは、挽きたてのコーヒーの香りがする落ち着いた喫茶店だった。チェーン店ではないし商店街から少し外れた路地にあるし、客層も大人ばかりだったから、一人だと入りにくいというのにすぐ納得した。店内には座席がざっくり三つに分かれていて、入ってすぐの一階と、奥には半地下と、その上に中二階の座席がある。一階にはバーカウンターと小さなステージがあって、ステージの奥にはカバーを掛けられたグランドピアノが置いてある。店内の入り口にこの店で行われるライブのチラシが貼られていたので、あのステージで演奏するのだろう。お店の中で演奏なんて映画やドラマの中でしか見たことがなかったから、どこかの物語に入り込んだみたいでわくわくした。


 ランチセットはホットサンドとパスタとグラタンがあって、二人ともパスタにした。一番お腹がいっぱいになりそうだからだ。私はアイスティーを飲みながら顔の熱を冷まして、やっといつもの調子を取り戻していった。


 店内は一人客が多くて話し声がほどんどないから、何か話すときはつい声を潜めてしまう。だからあんまりたくさんお喋りはできなくて、視界に映る範囲で店内を眺めたり、お店の雰囲気を感じたりしていた。他のお客さんは新聞や本を読んでいたりノートパソコンを触ったりしていたから、喫茶店ってご飯を食べに来るよりも、何かに集中するために来る人が多いんだなと思った。でもアイスティーもパスタもすごく美味しくて、私たちはできるだけ小声で話しながらソースが違うパスタを一口ずつ交換したり、お店の中でライブってどんな感じなんだろうなんてことを話したりした。

 自分たち以外に大人しかいないお店に入ったことなんて初めてだったから、ほんの少しだけ大人の世界を覗いたみたいで楽しかった。


 その後向かった本屋は、商店街を出て道路を二つ渡った先にあった。ここまで来ると人がまばらで、地元の人しか来なさそうな印象がある。十台くらい停められる駐車場があり、コンビニエンスストアの二倍ほどの規模のようだった。入り口の脇には自動販売機が二台設置してある。更にその脇に自転車が五、六台停まっていた。


 店内に入ると、左手にレジがあり、更にその向こうにはCD。右手には新刊や雑誌のコーナーがあった。レジの前にはハードカバーの小説のディスプレイと平積みのスペースがあり、手書きのポップで飾り付けられている。他の店で見慣れた本もあるが、初めて見る本もいくつかあった。入り口から見て店の手前が新刊や雑誌やCDのエリア、奥が文房具、コミック、文庫本、参考書、ホビーなどの書籍のエリアらしかった。


 ゆっくり歩きながらハードカバーの表紙を眺めていると、私の好きな装丁の本が多い。帰りにタイトルと作家名をメモしなければと考えながら、文庫本のエリアに向かった白亜についていく。文庫本の本棚には誰もいない。白亜は本棚に目を這わせて何かを探した後、目的の本を見つけるとあっと小さく声を出してその背表紙に人差し指を当てた。そして私を振り向いてちょいちょいと手を招く。近づいて白亜の指の先を見ると、私が好きな作家の本が六冊ほど並んでいて、私はかなり驚いた。


「えっ、光月綾佳の本がこんなにある…!? どこに行っても一冊くらいしか置いてないのに」


「ねっ、ねっ、いい本屋さんでしょ」


「すごくいい」


 店内だから声を抑えたが、私は興奮してしまった。なんて見る目のある本屋なんだろうか。好きな作家だけど図書館にも書店にも在庫がないということはままあるので、私は白亜に他にも見ていいかを尋ねつつ、返事を聞く前に他の好きな作家の名前を探し始めた。


 その数十秒もしない後だ。私たちの他に誰かがこのエリアに入ってきて、白亜に向かってまっすぐ歩いていく。その時私は本棚に釘付けだったけど、その人が声を発した時にようやくその存在に気付いた。


「よぉ」


低い男の声。でもたぶん私たちと同じくらいの歳の声だった。


「え? あっ、わっ、倉敷くんっ? びっくりした」


不意を突かれたような白亜の声と共に、私はその人を見た。


(……!! うわああああっ…金髪! ピアス!! 不良!!! やだ、何、カツアゲ!? だったら男子狙ってよ……!)


 不良が声をかけてくるといえばカツアゲ。私の中ではそんな方程式があった。だって不良が捨て猫を拾うみたいな、悪人に見えるけど実は心が綺麗なんですなんてパターンが現実にありふれてたらそういう話に胸打たれるわけがないのよ。

 不良に絡まれてるところに声かけるなんて普段なら絶対に無理だけど、絡まれてるのは白亜。怖いけどここはお店だからいざって時は店員さんに助けてもらえばいい。そんな他力本願全力で、私は尻込みして動けなくなる前にずんずん白亜に向かって歩いた。


「白亜、どうしたの?」


 声が裏返った。だけどとにかく、白亜がカモにされないようにしなくちゃと必死だった。

 白亜は私を振り返って、不良と見比べつつどう対応しようか少し考えて、小さく「えっと…」と呟いた。不良は白亜から私に目を映し、不審そうに眉間を寄せてから再び白亜を見た。怖い。ものすごく怖い。


「誰そいつ」


 こっちのセリフなんですけど。

 そう思いつつ声は出なかったので、白亜は一人じゃないんだからカツアゲするなら他所を当たって、とこの嵐が過ぎ去るのを神に祈る。

 しかし白亜は思いのほかいつもと変わらぬ態度で、安穏と私たちを紹介してくれた。


「高校で友達になったの。綾部美緒で、倉敷稜くん」


 それがあまりに普通に言うものだから、私はかなり戸惑って、頭の中でクラシキリョウクン、と鸚鵡返しをした後、軽く頭を下げた。


「……どうも」


「ん」


「倉敷くんとは中学が一緒で、最近帰りの電車でよく会うの。ね」


「おお」


 私に向かって話す白亜の声はどことなく弾んでいて、私は杞憂をしていたのだと理解し始めた。私を白亜の友達と認識したらしい倉敷とやらも、睨むのをやめてくれたので彼も警戒を解いてたようだ。それでも金髪でピアスの男というだけで怖いのだけれど。

 とりあえずカツアゲではないと安心したせいで、腰が抜けそうだった。

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