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爛漫に降れ秋の雨  作者: ニワトリ
10/10

この恋にさよならと言えない

 駅ビルのファーストフードでスープを頼んで、二人用のテーブルに向かい合って座る。白亜は周りに知ってる人がいないかを確認してからそっと口を開いた。


「先週、倉敷くんと会ってね。覚えてる?」


「、うん」


「映画に行かないかって……一緒に」


 それだけなんだけど、と声をしぼめて言った。

 私はそれを聞いて、いつか聞くだろうと予想したことを本当に聞いてしまった、みたいなことを考えていた。

 へえ、と言った気がするけど、自分の口から出た言葉じゃないような、店内の雑踏に紛れた余所余所しさがあった。


 倉敷と約束したのが今週末であること、どうやら二人きりらしいこと、映画の後にご飯を食べたり白亜の話を聞いたりしたいと遠回しに言われたことなどを聞いた。その一方で、ひどい船酔いでもしてるみたいにぐわんぐわんと頭と目が回るのを感じる。手の中にあるミネストローネを一口でも飲んでしまえばその場で吐く気がして、置物みたいにじっとしていた。自分がいつも通りにできていたかわからない。


 白亜はいつか見たように顔を赤くしながら話している。それがとてつもなく可愛くて、白亜の話も雑踏も遠くに聞き流しながら、私が間に入り込む好きなんてちっともないんだなあ、という脳内の囁きが雑音混じりに本当に聞こえた気がした。思考は鉛みたいに胃に落ちて、重苦しい廃油が内臓の全部に入って波打ってるみたいに気分が悪い。だけど私は我慢して、何かを言おうと、いつか考えたまま引き出しにしまい込んだ言葉を声にした。


「倉敷のこと好きなの?」


 白亜への気持ちにブレーキをかけていた。だから傷ついたりしない。ずっとそう思っていた。


 なのに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯き、肯定も否定もしない白亜に、私の体の中は全部こそぎ取られていった。瞼が痙攣して、視界の遠近感が掴めなくなる。

 私たちはその後五分か、それとも三十分くらいは話していたのだろうか。わからないけれど、私は手の中にあるスープが冷めきっていることにすら気付けなかった。


 そろそろ帰りましょうと白亜が席を立つまで、私はずっとぼんやりしてしまった。スープのことを思い出して一気に飲み干すと、野菜の形ばかりが目立って味なんて消えていた。


 電車の中で白亜は本を開かなかったし何も言わなかった。私は彼女の最寄駅に到着して別れの挨拶をする時になって、やっとまともに口を開いた気がする。白亜はなんとなくホッとした表情をして、ドアが閉まってからも手を振ってくれた。私もそれに返して笑った。たぶん、笑った。電車が出発する。私は、一人になると同時に冷静になった頭で、明確に一つこう思った。


(ああ、失恋したんだ私)


 心はからっぽなのに、嫌がらせのようにそれだけが私の中に残っていた。

 途端に鼻先がつんとして、目元が熱くなる。泣きそうだけどまだ大丈夫と思った直後、音もなくぼとぼとと涙が落ちた。やだ。こんなところで泣くなんてみっともない。誰にも悟られたくなくて敢えて拭わなかった。


 駅から離れていく。どんどん遠くなっていく。白亜が降りたホームに、今日倉敷はいるのだろうか。

 ずるい。羨ましい。私の方が白亜を知ってるのに。倉敷なんて本もろくに読まないし、見るからに野蛮だし、口だって悪いし、嫌な奴なくせに。


(でも白亜は倉敷が好き。男の人が好き。私じゃない)


 だから、私がどれだけ好きでも、友達以上にはなれない。悔しい。あんな嫌な奴なのに、二人ともちゃんと好き合ってる。応援なんてしたくないのに、白亜が倉敷と一緒になってほしいと思ってる。だって白亜がそれを望んでいるんだもの。


 悔しい。


 自宅の最寄駅に着くのを待たず、私は次の停車駅で降りた。トイレの個室に駆け込んで、声を殺してぼろぼろ泣いた。嗚咽のせいでまともに息を吸うのもできなくて、いっそこのまま窒息死してしまいたかった。


 まだ小さかった頃、転んで擦りむいた膝が痛くてずっと泣き続けた時のことを思い出す。あの時、痛いのと同じくらい寂しくて、心細さが去っていくまで泣き止むことができなかった。私はあの時から成長できていないのだろうか。今、あの時と同じように、誰も私に気付いてくれないんだと信じてしまうほどに寂しい。白亜に優しく慰めてほしい。だけど私はきっとそれを一生言うことができない。


 心の中で割れてしまった恋が悲しくて痛い。その破片で傷付きながらも、元の形に戻ることばかりを願っている。さっきまで確かに、優しい感触で私の中にあったのに、今はもうただ痛い。倉敷を知る前に、夢中に白亜が好きだったときのことを考えても胸が苦しい。他の人のところに行ってしまう白亜なんて。

 ……なのに、嫌いになる想像すらできない。私は白亜をずっと好きでいたい。初めて私の心を融かしてくれた親友の白亜。私の胸を熱くさせる世界で一番可愛い女の子。


 どうか今だけ、男の子に恋する貴方を許せなく思うこと、許してほしい。だから明日もまた、笑って私と一緒にいて。いつか白亜が倉敷と一緒になってもきっと笑って祝福してみせるから。だって私は白亜の親友だもの。何度も何度も考え直したって、やっぱり白亜が大好きなんだもの。白亜が喜んでくれるような私になりたいんだもの。

 白亜。


(行かないで)


 恋なんて、全部涙になって出て行ってしまえ。

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