a soldier
遅れてしまって、申し訳ありません。ついつい熱が入ってしまいました。前予告した閑話です。楽しんでいただければ幸いです。
ーーその男は死ぬ最後まで「戦士」として戦った
大英帝国の軍部に所属してから、15年程の年月が経った。
記憶的にはこの間の出来事のようだが正確には4年前、この国の王が変わるまでは勇ましく戦場のど真ん中で大暴れして、大英帝国の猛将の一人と恐れられていた。
だが、王が変わり国の方針が変わってしまったことにより戦場の一歩手前にある訓練場にて、後輩兵士の育成を任された。
一人前の兵士を育てるのに何年かかるか始めたときはわからなかったが、徐々に育ってていく教え子たちに手応えを感じ始め、自分のことのように喜びの感情が湧き上がってきた。
その頃には、自分を師と崇める兵士たちに死んでほしくないと思い、さらに訓練に熱が入ってきた。
度々出てくる根を上げる兵士にも別メニューを一緒に考えたり、身体作りに適した食事を取らせたりと工夫をこらしながら根気強く育ててきた。
四年の月日が経った頃には、近衛兵に抜擢された者や師団を任せられる士官に成長した教え子を帝国軍部に送り出した。
自分の訓練を経験した兵士たちはどこでも活躍できると信じて、今日も指導しようと少し重くなってきた腰を上げたときに、卒業生に35歳の誕生日に貰った水晶に開戦のお知らせに参戦してほしいという連絡が入った。
「再び戦争が始まるのか…」
『戦争』の二文字が耳に入ってきたとき、体の最奥に長く眠りについていた闘争本能という名の獣が目を覚まし、無意識に笑みを浮かべていた。
「やっと、先生と一緒に戦える日が来て嬉しいですよ。」
馬に乗り、ロベリスタ王国までの道中、教え子が自分を見つけたのか近づき話しかけてくる。
「そうだな、お前たち訓練場卒業生がどのくらい強くなったか見せてもらう。」
「はい。大船に乗ったつもりで自分の後ろにいてください。」
胸を張って自信満々に宣言し、自分を追い越して先に馬を進める教え子の、今や戦士となった背中は最後にあった時よりも更に大きく頼りになるものだった。
「若い者はそれぐらいじゃなければな。」
初陣の時、相手に押され気味でパニックになりそうな自分の指揮官に、似た様な勇ましい言葉を掛けたことを思い出し、感傷にひたり思わず笑いそうになったところで戦場の匂いが漂い始めた。
隙間無く隊列を組む自軍に対して、バラつきはあるものの先頭の二人を筆頭に50000人もの兵士が並んでいるのは、圧巻の一言である
その日は野営を言い渡されたが、相手から発せられる闘気と久しぶりの戦場に心が沈まらず、木陰で愛剣を振りながら相手との戦闘を頭の中でシュミレーションする。
「先生、そろそろお休みになられてはどうですか。もう夜も深いですし…っと、相変わらず凄い太刀筋で。」
所属のテントから出てきた一人の教え子が、自分の剣を見てそう呟いた
「お前か。昔の戦場に出てた頃と比べると、随分優しい剣筋になっていると感じる。」
4年もの間、命をかける戦いをしてなかった。
だが、戦場で剣を振ると昔を思い出す。昔の感覚が徐々に自の中に蘇ってくる。
それに、沢山の教え子と共に4年間1日たりとも欠かさなかった訓練の成果が昔の自分を超えていることを実感させてくれた。
日が顔を出し切った時、帝国軍は隊列を崩さずに先発隊に続きロベリスタ軍に切り込んで行った。
1人、また1人と斬る度に自分の中の獣が暴れだし、気付けば隊列を大いに抜け出して敵軍の集中しているところにかけ出していた。
隊を乱すのは隙を作るのと同じ事だが、幸い、隊には教え子や昔の自分を知るものがいたため、隊員たちは再び戦場で駆ける彼の姿に懐かしさや期待の籠もった目線を向けるだけだった。
「ありがたいな。教え子が後ろにいるんだ。戦場には危険がつきものだが、少しでも楽に、『帝国式剣術・重進撃』」
自分の固有波を乗せた斬撃は大地をえぐり、10人近くを戦闘不能にさせた。それを繰り返し、3桁を超えたあたりには、数えるのをやめていたが、沢山の屍を築き上げたのは事実だろう。
戦場が変化したのは、主戦力と数えられる帝国軍の近衛兵が死んだときだった。相手の大将に戦いを挑み、敗れたと教え子から教えられた。
その近衛兵の1人は教え子だった。
主線力が敗れたことにより、目に見えるほど押し返されて、敗走するものまで出てきた。
「先生、このままでは…。」
この戦況を冷静に分析した教え子が、暗い顔を浮かべながら、こちらに顔を向けた。
教え子が声をかけたことで、冷静になった頭で周りを見ると、ロベリスタまでの道のりで話しかけてきた教え子が転がっていた。急いで傍によると、返り血を大量に浴びた服とボロボロの剣が彼の努力を物語っていた。彼の剣を手の中から取り、地面に突き刺して彼を讃えた。
もう一度戦場をよく見渡すと怒涛の勢いで帝国兵を切り刻んでいる戦士を見かけた。その戦士を目にした時に、本能が今までにないほど大きく疼いている。
「そうだな。お前たちはもうこの戦場を離れなさい。離れるまでの時間は私が稼ぐ。」
今回の戦いで参加した教え子の中には隊に属してからまだ数ヶ月の者もいる。このままでは、こちらの軍は壊滅するだろう。それに巻き込まれて教え子たちが皆死んでしまうのは、避けるべきだと判断した
「先生 、自分まだ戦えまっ」
「だめだ。早く行きなさい。」
最後まで言う前に声を被せられて、押し黙った教え子たちは、数秒間互いの目を見つめ合ったあと、黙って背を向けていった。最後まで残っていた者も、自分がいても無駄だと感じているのだろう。歯を食いしばり、僅かに一礼して去っていった。
それでいい、と心の中で教え子たちに告げる。彼らはまだ強くなれる。そのために自分の全てを掛けて時間を稼ぐと誓った。
目の前に来る敵を切り倒し、後ろには誰一人通さない、その執念だけを胸に戦い続けた。
「ふむ、ここまで骨のあるやつがまだ残っておったとはの。」
その声を耳が捉えると、すぐ目の前に剣が振り落ろされていた。辛うじて防げたものの、物凄い剣圧に身体ごと後方に飛ばされた。
「今のを防ぐとなると、二条縄でも足りなさそうじゃな。」
剣を支えにしながら立ち上がり顔を上げると、50は超えているだろう初老の男が剣を肩に乗せて立っていた
剣を交えた瞬間に、自分の力量と相手の力量の差を嫌でも思い知らされた。
戦場を離れ、師として沢山の教え子と共に過ごした時間は無駄ではなかった。だが、欲を言えばもっと戦場で一人の「戦士」として戦いたかった。「戦士」としての喜びとは強者と死闘を繰り広げることにあると思っている。
「胸を借してもらいましょう。名を伺っても。」
運が良いのか悪いのか、目の前にいるのは果てしなき強者。敬意を持って尋ねる。
「ソウ、アルバート・ソウじゃ。名も知らぬ戦士よ。ともに楽しむとしよう。」
戦士が2人、戦場の真ん中で強者と戦える喜びに笑みを浮かべながら相手の得物と睨み合う。
始まりの合図はなかったが、互いの間合いに落ちた一枚の葉が地面に到達すると同時に、詰め合い、剣と剣がぶつかるのに適した距離まで縮んでいた。
「『帝国式剣術・三連重進撃』。」
血の色に塗られていた剣が固有波である黄色に輝き、周囲の空気を揺らし大地をえぐる3つの剣撃が1つの剣から放たれる。
「『草刀・二葉』。」
懐に収めていたもう1つの刀を常人には捉えられない速さで抜き、三つの剣撃を二つの剣撃で切り落とした。
お互いに技が打ち消し合うのを見るよりも先に剣と刀をぶつけ合い、周囲を置き去りにする速さで打ち合う。一撃、二撃と打ち合うたびに手が悲鳴を上げているが、とどまるところを知らない打ち合いに痛みなど忘れて、満たされていく自分に自然と笑みが溢れる。
お互いに切り傷が体に浮かび上がるがる中で、先に自分の体が限界をむかえた。
「はぁ。歳は取りたくないものですね。」
息が上がり、手の感覚が少し無くなり、視界がぼやけ始めているなかでぼそっと呟いた。
「まだまだ、わしに比べたら若いじゃろ。」
息も上がらずに同じ速さで切り込んでくるその姿からは、到底自分よりも一回り年上には見えない。
「そろそろ。終わりにしましょうか。」
相手の返答を待たずに支えにしていた剣を上段に構えて、自分の残りの固有波全てを使い果たすように剣に力を込める。
「『帝国流剣術·奥義·餓狼』」
体全体を一振りの剣として、腹を空かせている獣の獲物を狙う獰猛さを帯びた一撃。普段の落ち着いた雰囲気など微塵も感じさせない、まさに戦場にふさわしく研ぎ澄まされ、彼の中で最も極まった一撃。
ただでさえ恐るべき一撃に、己の人生全てをも剣にのせた奥義となってソウへと降り下ろす。
「はっはっは。見事じゃ!そのお主の剣生に敬意をもってお主の心身共々相手してしんぜよう。『二太刀・幻葬』」
ソウの周りの空気が一変した。ソウ自身がぼやけて見える。目の錯覚かと思うほどソウという人物から発せられる固有波が大きく波打ち、剣に凝縮していく。
ソウはその場から一寸たりとも動かずに、自分の技を受けようと剣を目の前に交差させ薙ぎ払った
自分の剣と彼の刀が衝突した衝撃がこの戦場を大きく揺らし、帝国兵を追撃していたロベリスタ兵の注意がこちらに向いた。
ふと、教え子たちの顔が頭に次々浮かんできた。
帝国を守る兵士として遣える夢がある教え子、戦うことは好きではないが給金がいいと言った教え子、自分を超えて強くなると宣言していた教え子。
気がついたときには、お腹の辺りから強い痛みを感じ、視界も狭まり、呼吸すらもままならない。
「わしが勝ったとはいえ剣士の命ともいえる剣がこの有様じゃな。」
そんな声が聞こえ、必死に横に視線を向けると一本の折れた刀を手に持つソウが立っていた
事実として自分はこの戦士に負けたが、ソウの「剣士」としての命は奪えたような満足感が体中を覆った。
「このような戦士がいるとは、長生きしてみるもんじゃな。さらばじゃ、強き『戦士』よ。」
その言葉を最期に視界が真っ暗になり、自分という存在が大地に還った。
彼が最期を遂げたその場所には、最後に剣をぶつけ合った「剣士」の折れた剣と、『戦士』の剣が再び彼の腰に返るまで突き刺さっていた。