もふもふ怪盗唐猫ฅ( ˙꒳˙ ฅ)異世界大江戸の夜 2
暗い路地を1人の娘が駆け抜ける。
闇夜に紛れる群青色のキモノ。
流行りの短い裾から伸びるしなやかな足が、大きく地面を蹴った。
両手を覆うもふもふの肉球グローブから飛び出した鋭い爪が頭上の枝を掴み、小柄な身体を引き上げる。
猫耳が、ぴくりと差し迫る足音に反応した。
「越後屋お主も悪よのう」
「お代官様程ではございません」
『ふはははははは』
今時いるんだ。こんなやつ。
山吹色の菓子に興味はない。
埃っぽい屋根裏を進む彼女の目的は、客間に飾れた大きなスタールビー。
小さな懐中電灯に覗く屋敷の見取図は、それが真下にあることを示している。
そっとズラす天板から薄暗い室内を確認すると、障子が開いて男が入ってきた。
鉤爪をかけたロープを投げ込もうとしていた手が止まる。
障子に透ける月明かりをたよりに硝子ケースを開いた男は、台座に手を添えるとそのまま立ち去っていった。
えぇ。先客?
間が悪いにも程がある。
しかしここまで来て何もせずに帰るのも、何とも腹立たしい。
人の気配がないのを確認した彼女はゆっくりと部屋に降り立つと、先程の男同様に硝子ケースの前に立った。
あるじゃない。
訝し気に覗くケースの中には美しい紅玉が僅かな月明かりさえも反射しようと身を晒す。
硝子カッターを使って頂き物をしようと思っていた彼女は、男が触っていた辺りを覗き込んだ。
照らす先には小さなスイッチ。
どうせ硝子を割った時に警報が鳴る予定だった。
なら試してみるのも一興。
斯くして彼女はまんまとスタールビーを手に入れた。
のだけど。
「お頭よ。
今宵越後屋の運んだ『菓子』も記録しておけよ」
屋根裏に届くお代官の声。
「既に書き込み、ルビーも戻しておきました」
屋根裏の隙間から覗くその顔は、先程スタールビーのガラスケースを開けていたあの男。
「ふっふっふ。まさかあのスタールビーの中身が裏帳簿の記憶媒体とは、お天道様も気づくまい」
状況説明?
今ここで!
あまりのご都合主義に膝が折れた。
「何奴!?」
お頭が物音に反応する。
彼女はスピード優先に切り替えると屋根裏を疾走した。
数人の忍びに追われ、目指すのは街の中心部。
岡っ引きの詰所の扉を勢いよく開くと、呑気に蕎麦を啜っていた千輪々と目が合った。
ぶふぉっ!
大きくふわっふわの耳に、少年のような顔立ちの口と鼻から蕎麦が飛び出す。
「汚い」
「かっ唐猫。ごっふぉ、ごふ」
むせる岡っ引きの顔面に投げつけた輝きを、控えていた部下の銅鈴が捕まえる。
「あげるわ。偽物だったの。
裏帳簿の記憶媒体なんだって。」
天井の樑に跳ぶ背後から、迫る忍びに銅鈴が刃を返す。
後はあたしの知った事じゃな〜い。
幕
お読み頂きましてありがとうございます。
大江戸なのに懐中電灯や、記録媒体等々…。
まあ、異世界大江戸なので大目に見てくださいね。
2019.7.15 あやの らいむ