41話 東先道平定1
東先道広浜国藻塩潟・梓弓城柵
かつて十氏族を数えた夷族であるが、その形を変え現在も残っているのは五氏族。
すなわち、朝廷の決めた分国に分かれて夷族は自分達を再編成し直したのであるが、それも今は大分形骸化してきている。
しかしながら完全に崩れ去ってもいない、夷族の中の氏族制度。
行武はその崩れかけた氏族制度を逆に生かして、国司不在の東先道各国を纏めることにしたのだ。
既に国司は逃げ去り、郡司や地方官人達もその半ばは逃げ、半ばは反乱を起こした夷族に殺されてしまっている。
今や東先道は、梓弓の城柵と真佐方を除いて元の夷族の大地へと戻ってしまっているのだ。
しかし、その営みは随分と様変わりしている。
かつての生業である漁労、狩猟、採取はその生産の三分の一ほどで、概ねは朝廷よりもたらされた農耕に頼った暮らしを送っているからである。
芋や豆などの以前から栽培していた作物に加え、豊凶の差違が激しく不安定ではあるものの、水稲や大麦、小麦といった穀物類が導入されたことは大きい。
そのおかげで人口は増え、生活は定住性のものへと変わってきているのである。
しかしながら伝統は伝統。
夷族はその生活の中にかつての狩猟民族としての様式をしっかりと取り入れて、伝統を守っているのだ。
梓弓城柵の中央に新たに設けられた大館。
丸太を粗く削った柱を立てて土瓦葺の屋根を支える一方、礎石の上に短い柱を立てて床を上げ、朝廷風の官衙造りを再現している。
床の上は板張りであるが、冬の寒さを考慮してか床板は二枚張りになっており、藁を編んだ円座があちこちに置かれている。
蔀戸は頑丈な樫で作られており、更にそれを覆う椋製の防護板が、ここが戦時を想定して作られた建物である事を物語っていた。
もちろん塗装もされていない。
本来であれば丹や青丹、緑青や黒墨、金箔や銀箔で豪華に飾られる朝廷の建物であるが、行武が施しているのは例の如く防火のために粘土を塗りつけているだけだ。
庭という庭もなく、大館の周辺には地面をただ突き固めただけの広場があるのみ。
そんな飾り気の無い大館には、行武を筆頭に朝廷側の人間として財部是安、畦造少彦、本楯弘光、武鎗重光が円座の上に座り、対する夷族は広浜夷族の首長、軽部麻呂を頭に雪芝夷族の首長である偉召辣彦、北峯夷族の首長編累麻呂、早蕨夷族の首長の万機久留、遠野夷族の長である保路刳が同じように円座を使って座っている。
彼ら夷族の首長たちは、行武へ忠誠を誓うために軽部麻呂に呼び寄せられたのだ。
行武が夷族に支払う対価は、国司の成敗と反乱に対する恩赦、そして村々の再興や再建への援助と寛大な統治である。
何れも髭もじゃで彫りの深い厳つい顔に、真っ黒な髪を後ろで束ね、鉢金を巻き、衣服は厚手の綿や麻、木布で出来た夷族伝来の厚司織の長衣を着て、細めの腰帯で留めている。
もちろん、その腰帯には反りの緩やかにかかった片刃の短剣が差し込まれていた。
そして誰もが短剣と同じ様式の長剣を手にしている。
これは彼らが行武に忠誠は誓っても降伏したわけでは無いことを示しており、行武もそれは理解した上でこの場に臨んでいる。
行武にしてみれば、要は反乱という体が無くなれば良いのだ。
行武が首長たちに約束した以外にも、税の軽減や戸籍の再登録、俘囚戸や納税人足の廃止なども合わせて布告が行われており、夷族や東先道に住まう民たちの生活負担は大幅に軽減することが決まっている。
分国と国司と言う役職についてはこれまで通り設置を継続するが、支配体系を変えて夷族自らに夷族を治めさせ、広浜国の梓弓城柵に駐屯する征討軍が東先道全体を統括する体制に変えたのである。
東先道各国は租庸調を一旦梓弓城柵に対して納付し、梓弓城柵がそれを東先道の税としてまとめ上げ、京府に船舶を使用し一括して納める体制を作った行武。
そして各夷族の首長たちを各国の長である国造に任命するのだ。
このような政治手法は完全に朝廷の中央集権体制に反するものである。
しかし行武にしてみれば、急進的な中央集権化こそがこの東先道の地に混乱をもたらし夷族を苦しめた政策に他ならない、という考えがある。
これを是正し、ゆっくりと朝廷の体制下に夷族を組み込むことこそが、平和で穏健な統治に繋がることを行武はその経験上知っているのである。
彼らとて朝廷に反抗したくてしている訳では無い。
あまりにも自分達の権限と尊厳が急速に奪われ、蔑ろにされたことに戸惑っているところへ、苛税を課し、家族を掠われたので、当然ながら強く反発し、反乱を起こしたのだ。
彼らとて馬鹿では無い、自分達の生活が朝廷からもたらされた物によって以前より遥かに豊かで安全になるのは理解している。
北の八威族や東の海賊も朝廷と事を構えることには抵抗があるし、もちろん、その文化や軍事力には一目を置いている。
それは海を越えた大章国や弁国に対するにしても同じだ。
「しかし自治を完全に認めるわけには行かぬ。津司を通じた交易はともかく、特に諸外国に対する夷族の自立外交は、一切認めぬ」
集まっていた夷族の大首長らを前にして、行武ははっきりと言った。
大首長たちもその事については異存は無いので、静かに頷くばかりで行武の言葉を聞いても不満を漏らすことはしない。
朝廷の支配下を離れてしまえば、北方から凶悪な八威族の進出を受け、また東方の弁国や大章国の侵攻を受けるのは目に見えているからだ。
夷族としても朝廷の緩やかな支配の元にあるのは、全く異存が無い。
しかし、その尊厳を傷付け、苛税を課し、奴隷扱いして人を狩るような所行を許す訳にはいかないのだ。
彼らは朝廷を作った和族や海士族、また早い段階で朝廷の支配下に入った隼人族や熊襲族、秦族とは異なる文化を持つ歴とした民族であり、また人であるのである。
草創期の朝廷は支配下に入った氏族や民族に自治や習俗の継承を認め、その首長を国造として地方首長に任命していた。
律令以前の歴史あるやり方を、行武は改めてここ東先道の夷族に適用したのである。
既にその内意は軽部麻呂の派遣した使者から伝えられている首長たち。
そのお陰で反乱は急速に終息へと向かい、今は行武の意図で国府真佐方を囲んでいる叛徒以外の反乱は、東先道から一掃されたのだ。
「この度の暴政や国司共の悪逆に対しては、征討軍少将であり、巡察使でもあるわしの責任において謝罪と補償を行う」
その言葉を聞いた、夷族達が座ったままざっと音を立てて行武の座る方に向きを変え、長剣を床に置いて両手拳を床に幅広く付く、そして深く頭を下げた。
そして、軽部麻呂が低い声で誓言の言葉を発する。
「……我ら夷族五氏族、今この時をもって梓弓行武殿に忠誠を誓い、その誓約守られる限り朝廷の威に服しましょうぞ。今後誓って不義致さぬ事を併せて誓いまする」
「誓言、確かに受けた。わしもこの地の民を安んずる事を約束致すわい」
深々と頭を下げる夷族の首長たちに向かって、行武も重々しく言葉を発する。
これで一連の儀式は終了した。
「早速であるがその方らをそれぞれの国造に任ずる」
「な、何と!?」
「我ら夷族を官人、しかも国造とは……貴族にすると言うことですか!?」
「……その様な話は聞いたことも無いが」
「朝廷が認めはしまい」
夷族の長らが行武の発言に次々と異を唱える。
かつての瑞穂国草創期であればいざ知らず、今や貴族と平民、異民族といった身分制度も固まり、家格も固定化されてしまった瑞穂国において、異民族である夷族の長らが貴族となれるような行為が認められるはずも無い。
それこそ、その様なことが認められるほど朝廷が柔軟であれば、夷族らは反乱を起こすことも無かったのだ。
「老少将、冗談が過ぎるぞ」
「冗談では無いわい。まあ確かに、国司の職位はしばらくわしが預かるが、逃げ出した現在の国司共を罷免した暁にはその方らを国司に任ずる。最早逃げ出した国司など宛てには出来ぬ。在地の有力者を国造に任ずるのは、律令以前とは言え法に則っておる。それ程無理筋でもないわけじゃしの」
瑞穂国の草創期において新たに占領した土地には、その地の有力者や支配的地位にあった武人の中から国造を任命して、その地の発展を行わせた。
そして国が整ってきた段階で正式に国造から奏上を行い、朝廷支配下の「国」として認可を受け、国司が派遣されてくるのである。
現状、最早東先道5か国は朝廷の手を離れている。
朝廷の行政は既に途絶え、「国」の長たる国司は逃亡しているのだ。
既にその事は朝廷に報告されており、東先道が一時的に叛徒の手の中にある事は最早隠しようも無い。
「それに、最近玄墨軍監殿が協力的での。東先道諸国は朝廷の支配下を離れているという内容の報告を併せて送ってくれたのじゃ。折り返し書状が来た」
「それは何と書いてあったのだ?」
「叛徒の手に渡りし土地を制し、朝廷にまつろわぬ者を討ち、その地を速やかに朝廷の支配に服すべし、じゃな。つまり、朝廷も今は東先道を実効支配していないことを認めたということなのじゃ」
行武がにやにやしながら1通の書状を取り出して差し出し、戸惑いながらもそれを受け取った軽部麻呂が言う。
「……その叛徒が我らなのだが?」
明らかに先程内容を要約して告げたもととなった、朝廷からの正式な書状であろう。
しかし行武はこだわりなく言う。
「まあ読んでおけ」
軽部麻呂ら首長は、当然ながら瑞穂国の文字を読むことも出来る。
かつては首長や国造として遇され、それ以降は村長や郡司として行政を行ってもいたからだ。
流石に夷族の大首長達であるので、国司に言いように使われるのは誇りが許さず、在地官人として仕えることはほとんど無かったのだが、行政の末端にはいたのである。
「ふうむ、なるほど。確かに、この表現となると、支配が離れたことを認めている。東先道5か国と明示もされている」
「明示したのは、わしの権力を勝手に広げさせない縛りのつもりであろう」
「しかしそのお陰で梓弓少将は東先道で独占的な権力を得ることになる」
「然り、国造の設置もその権限の範囲となるか……」
首長達の反応やつぶやきに、満足そうな笑みを浮かべた行武が言う。
「新たに得る土地であるのじゃからして、国造を設置せねばいかぬ。未だ固まらぬ地であるならば、なおのこと、であるのじゃ」
行武の発案により、夷族の首長たちは、それぞれの分国の国造に任じられ、それぞれの分国を統治することになった。
夷族から選出された首長が、朝廷の官人である国造を兼ねる形になる。
これは前代未聞のことである。
彼らは夷族だが、地方官人となっている係累も多く、また先程述べたとおり自身が地方官人であったり、郡司であったりした者達がほとんどなので、朝廷流の統治は承知している。
当然ながら文字の読み書きも出来、律令の何たるかも知っているのだ。
しかし朝廷から派遣されてくる国司と決定的に違うのは、彼らが統治する民は全て同胞であり、親族であり、また知人であるという点だ。
国司が行ったような無茶な統治はしないだろうし、たとえその様なことが起こっても、夷族伝統の長老会が首長を罷免することになる。
行武はその辺も柔軟に対応しており、首長、すなわち国造の交代は、夷族の選出に準ずることとし、選出された首長を兼ねる国造を承認する形へと変えたのだ。
もちろん、律令においては新しく支配下に置いた土地にのみ許される方法であるが、行武は反乱が東先道全体に広まってしまった時点をもって東先道が一時朝廷の支配から離れたと見なし、改めて統治を敷いた形にしたのである。
そうした細かい取り決めは既になされているため、この後は酒宴となるのみだ。
「では、ここら辺で堅苦しい話は終わりにして、そろそろ始めようかのう」
行武の言葉で、夷族の女たちが酒壺や土器を持って現れる。
これは行武が率いてきた者達の中に女性が全くおらず、給仕に花が欠けると言うことと併せて、夷族の首長たちを安心させるための方法だ。
軽部麻呂を通じ、同族である広浜夷族の女性たちに依頼して給仕をして貰うことで、彼ら首長たちに毒殺や騙し討ちの心配は無いという、安心感を演出したのである。
朝廷風の膳が用意され、その上には漆器の食器が所狭しと料理を盛り付けられて並べられている。
出された料理は、鯛の塩焼き、煮昆布、海塩、玉菜の煮込み、煎り大豆、干し葡萄、いわしのめざし、粟餅、鹿尾菜煮、猪肉のたれ焼き、鹿肉の干物、蘇、干し胡桃、煎り麦など、朝廷と夷族の食品が混じった献立である。
首長たちや行武らに注がれている酒は、米製の濁酒。
「挨拶などつまらぬ事はせぬ、思う存分やってくれい」
行武の言葉で場が湧き、言葉を発した行武が真っ先に酒を呷ると、なみなみと土器に注がれた濁酒を首長たちが相次いで飲み干す。
全員が酒臭い息を思い切り吐いて満足そうに笑みを浮かべ、髭を酒で濡らし、お代わりを求め、手づかみで出された料理を口に運んでいる。
場はあっという間に宴の雰囲気へと変わっていった。
やがて酒宴も佳境に入った頃、行武が他の者達の目を盗んで大館の外へ出る。
未だ宴はたけなわ。
行武が中座したことに、誰かが気付いた様子はない。
歌や笑い声の漏れ聞こえる大館に笑顔を向けてから、行武は周囲の様子を探る。
月は三日月、既に蝉の声は無く、代わって螻蛄の鳴く声がしている。
空には満天の星空が広がり、天の河がくねるように空を流れていた。
明かりと言えるのは、宿直番の国兵達が掲げている松明と、大館の燈火、それに見張り台に設けられている、小さな蝋燭のみである。
「幾年も経っておるというのに、夜というものは変わらんのじゃのう」
馬を駆り、大弓を自在に操ってこの北の大地を駆け抜けた日々は既に遠い。
かつての自分ならば、一気呵成に東先道の奥深くへ攻め入り、国司共の首を獲って来られたことだろう。
しかし年齢と共に衰えた体力。
戦場で長時間過ごすことは出来なくなりつつある。
また、馬でかつてのように長く駆けることも出来ないのだ。
瞬発力は未だ若い頃と変わらずあり、また知恵や時を待つと言うことは得意になった。
心根は若い頃と全く変わっていないだけに、同じように動けない自分が歯痒くもある。
「……時はあまり残されておらぬと言うのに、待つのが得意になったとは皮肉な事じゃ」
そんな今を自嘲する行武。
少数の兵しか無くとも、かつてこの地を征服し、鎮西の大戦や東方征伐においては装備や数に勝る相手に互角以上の戦いをして来た軍略には、いささかの衰えも無い。
しかし、それを実行する体力が行武には既に失われてしまっている。
城柵を築き、腰を据えてじっくりと攻める方法しか取れないのだ。
行武は自嘲しながらも、全く足下に不安無く暗闇の勝る城柵の中を歩く。
そして、大館の外門の脇、暗闇の中に控えていた揺曳衆の若者を見つけて声を掛けた。
「どうじゃ、何か分かったか?」
少し驚いたように目を見張る揺曳衆の若者は、それでも何とか平静を保って言葉を小さく発する。
「……真佐方の在地官人と連絡が付きましてございます。少将様の提案も既に伝達済みでございます」
「ほう、それで、在地官人らは何と申しておるのじゃ?」
「命と財産を保証頂ければ、降っても良いと……」
「ふむ……なるほど」
揺曳衆の若者からの回答に、暫し思案に耽る行武。
既に行武は各首長からそれぞれ500名ほどの戦士の提供を受けることになっており、これでようやく征討軍は定数である3000名の兵を擁することになった。
本来征討するはずの夷族から戦士を貰い受け、征討軍の兵数を満たすという、何とも滑稽で皮肉な構図であるが、行武は全く頓着していない。
それどころか、本来の征討はこれからだと公言してもいるのだ。
行武の言う征討対象は、言うまでも無い事だが、この地に混乱と貧困、人攫いという名の不幸を思う存分撒き散らした国司達。
あろうことか本来的な朝廷の意思に反し、苛税を敷いて民を虐げ、挙げ句の果てに大反乱を発生せしめたばかりか、それをひた隠しにしていた者共である。
おまけに正確な報告は、何一つとして京府に送っていない。
今の朝廷が硯石家を筆頭とする文人貴族達の専横を許しているのは事実だが、それがすなわち朝廷の意思かと言えば、それは違う。
本来の朝廷は、この瑞穂国に住まう者達が健やかに、平和に、平穏に、そして誇り高く自由に生きていくために、古代において相争っていた氏族たちが合議の上、成立させたものなのである。
その成り立ちを知るだけに、行武は朝廷によって排除同然の憂き目に遭いながらも、老いさらばえて嘲りを受けつつも、しがみ付いて来たのだ。
行武からすれば、朝廷は本来の姿を一時隠されているに過ぎない。
ただ皮肉なのは、朝廷の真の姿を隠してしまって、その姿を歪めてしまっているのは、その朝廷を作った後に台頭してきた一族たちであると言うことだ。
それこそ朝廷の有り様を保つために生まれた一族が、朝廷の姿を歪めてしまっているという矛盾。
行武は残り少ない命脈を、この是正に費やすことを既に誓っている。
まずその第1歩となるこの東先道では、間違っても失敗する訳にはいかないのだ。
この1歩を踏み外せば、あるいは踏み間違えれば、行武には寿命という縛りがある以上、全てが終わってしまう。
その為にも、真佐方にいる国司達は、そのままにしておく訳にはいかないのだ。
「あい分かった!命は獲らぬ、また、財貨については一部じゃ、生活に支障の無い程度は保証しよう」
行武の言葉に黙って頭を下げる揺曳衆の若者へ、行武はため息と共に言葉を継いだ。
「在地官人にこの度の夷族の窮状や反乱について責が無いとは言わせぬ。その罰は与える」
「少将様の意向はそのままお伝え致します……それと、少将様」
再度頭を下げた若者がそう言うと、行武は訝って返した踵を戻した。
「何じゃ?」
「その官人筆頭の大熊手力彦様より、書状を預かっております」
恭しく差し出された書状を片手で受け取り、行武は早速開いて目を通す。
しばらくし、行武の手が強く書状を握りしめる。
そこには他ならぬ硯石為高の配下、広浜国の在地官人の筆頭の地位にある大熊手力彦から、行武に対して間諜を潜入させた事実を知らせる内容が記されていた。
もちろん、朝廷の官人に似せた狼藉者を使って夷族の民人を痛めつける方策も記されている。
これで夜襲を掛けてきた八威族の者達が和族の衣服を身につけていた理由も分かった。
「如何なさいますか?」
既に手力彦から内容を一部聞かされているその若者が静かに問う。
「外道めが……相手の非道はよう分かった。方策を練る故に、揺曳衆は引き続き今までの務めを果たすのじゃ」
行武は珍しく怒りを表わして言うと、その若者は黙礼を帰して闇へ消える。
書状を乱雑に折りたたんで、姿を消した揺曳市邑の若者が去った方向を見つめ、行武は小さくつぶやいた。
「為高の痴れ者めが!どこまでもやり口が下品で悪辣なことじゃ」




