粘り勝負
「さて…どうするかな」
牢屋の中で、この先のことを考えていた。
あの老人の言う通りに、このままここに死ぬまでいるつもりは毛頭ない。
この牢屋には、何もない。ベッドはもちろん、トイレすら。対面に見える空の牢屋も同じようだ。
おそらくここは、売られて買い手がつきそうにない精霊を入れておくだけの、雑魚の墓場なんだろう。
きっと大声で誰かを呼んでも、反応はないだろう。
「…ははっ。現実感がないなぁ」
こんな絶望的な状況なのに、気分は高揚していた。
昨日まで、この先数十年を、無限にある道から選ばなきゃいけなかったのに。
今ははっきりしている。
ここから出て、見せつけてやる。
底辺の意地を。
「よし、こんなときやれることは決まってる。とりあえず限界までやってみるか」
そう、牢獄でやることは決まっている。
筋トレだ!
窓も時計もないからはっきりはしないが、おそらく3日ほど経った。
ここは水も食料もないが、意外と生きていける。
たぶん、おれがただの人じゃなく、精霊ってやつだからなんだろう。
ただ、やっぱり喉は乾くし、腹も減る。衰弱も感じる。いつまで身体が持つかわからない。
それでも、今はやれることをやるしかない。
少しでも強くなって、ここを出るために。
スマホゲームでは、強くなる方法がいくつかある。
一つは、『戦って経験値を得る』こと。これはどんなゲームでも大体そうだ。
もう一つは、『他のユニットを経験値として取り込む』こと。
ゲームによっては何らかのアイテムを経験値とする場合もあるが、とにかく他の何かから得る、という方法だ。
ここではどちらも実行できないが、さらにもう一つの方法がある。
それは、『放置』だ。
ある施設にユニットを入れ一定の時間待つと、待った時間に応じて経験値が手に入る。
つまり、戦わなくても強くはなれるということだ。
精霊が筋トレで強くなれるかはわからないが、そこに期待するしかない。
やれることは、すべてやってやろう。
たぶん、1週間ぐらい経った。
自分でも驚くことに、身体は意外と元気だった。
しかし、思考はほとんど、していない。
筋トレし、疲れ果てると瞑想し、そして寝るだけの日々。
心底に灯る怨念が、研ぎ澄まされ、鋭く、無駄のない、そして強くなっていくのがわかる。
そして、もう何日経ったかわからなくなったある日のこと。
通路の奥から、人の声が聞こえた。
足音が、こっちに近づいてくる。
二人いるようだ。
「…これは驚いた。まだ生きていたのか」
おれをここに放り込んだ、あの老人だ。
「精霊とはいえ、飲まず食わずで1ヶ月ほど生き延びるとは…そういう能力なのか?」
「え!?ここで1ヶ月も!!?ほ、本当に星1なんですか??」
驚嘆の声を上げたのは、初めて見る女性。
小柄で金髪。こんな場所には相応しくない、神々しさのある娘だ。
「さすがに…ゴホッ! ボロボロだけどな…」
久々に言葉をだしたものだから、喉がつっかえた。
「本当に、面白い奴だな。
ルーシャさん、いかがですかな?」
金髪の女性は、ルーシャという名らしい。
「…あの、あなたのお名前を教えていただけますか?」
「シュウ」
「シュウさん、ですね。すみませんが、もう少しこちらに来てもらえますか?」
「ん?ああ…」
言われた通り檻に近づく。
「チェック」
ルーシャがおれに手を向けて、そう言った。
彼女の手が淡く青い光に包まれている。
「…確かに、わたしの要望通りの精霊なようですね。
決めました、シュウさんを購入します!」
「かしこまりました。
よかったなシュウとやら」
どうやら、ここから出られるらしい。
まず一つ。おれは死への運命には粘り勝った。
そう思った途端、一気に身体の力が抜けた。
同時に、目の前がふっと暗くなった。
気を失う直前、無意識のまま一言口にいていた。
「はっ…ざまぁみ、ろ……」