武田瑠衣 1
ギターを背負って家を出る。
たいして重くはないけれど、私にとっては大きな存在だ。
公園の片隅で弾き語るのが日課で、毎日歌ってる。自分で曲を作って、誰も足を止めてくれないけれど続けている。
私は目立ちたいんじゃない。しかし、誰でもいいからきいてほしい。
ー矛盾してるー
いつものベンチに座り、ギターを鳴らす。
(いい音だ。)
音を確認し、有名なアイドルの曲を準備体操がてらに歌う。
何人かは足を止めるが、今は午前8時。せわしなく足を進め、立ち去って行く。いつもの光景だ。
有名な曲も、自作した曲も、歌っている時は心地が良い。この充実感はたまらない。仕事や、学校などに縛られてる人たちよりも自由を得られている気がするからだ。やめられない。
何曲か歌って、満足した私は、ギターをケースに入れ、帰路につく。
しかし私はこの時間が嫌いだ。好きなことをしたあとはなぜか昔のことを思い出す。きまって嫌なことを思い出してしまうのだ。
両親が26歳になってもギターを鳴らし、フリーターでいる私を勘当したこと。
ギターをくれて、教えてくれた彼氏が浮気したこと。
結婚した友だちが結婚してない私に対して先輩面してきたこと。
色々浮かんでくる。
下を向きいて歩いているともう着いた。
郵便物を取り、ドアを開けてベッドへ飛び込む。
アパート暮しで、けっして広くない部屋だけれど、私には丁度いい。だって一人暮らしだし。
何もすることがないので、ベッドに寝転がりながらスマホをいじる。
バイトのスケジュールの確認や、迷惑メールの削除。気に入っているミュージシャンのSNSを見たり。
ピコン。
通知がきた。
トモです。遊びませんか〜。どうせ暇なんでしょ?
イラッときた。
暇なんてなんで思うんだよ。バイトだけど生計は自分で立ててるっつーの。
彼女トモ、いや森宮智子は一応高校からの友だちだ。
なぜ一応とつけるのかというと、私は彼女を好きではないからだ。高校の時は知り合い程度で、モテる彼女を私が遠巻きに見ているくらい。私は音楽が取り柄でなんにもできないし、自分で目立とうともしなかったから。
対して彼女は、美人で目立つし、男女ともに好かれている。なんでもはっきりというため、一部の人にはあまりよく思っていなかったが。
交流があったのは受験シーズン。たまたま私と彼女は同じ大学を受験することになったのだ。そこは偏差値が特別高くもなく、低くもなく。しかし音楽科で有名だったので私は推薦で入学することになった。
でも周りのセンター入試組はまだ大学を決めている段階だった。誰がどこを受験するとか廊下では結構話していて、当然トモの周りでも。
ある日私は友達と学食に来ていた。その子も美術の推薦入試で、未来の道を決めており、周りのピリピリとしたムードに対してわたしたちは、どこに遊びに行くーとか和やかにおしゃべりをしていた。
「えーみんな違うとこ行っちゃうの!?」
後ろで大きな声が聞こえてきた。
トモと大勢の仲間たちだった。
「トモと同じところの人いないのー?」
「いたよ!確か武田瑠衣っていう人だったよ。推薦入試でもう決まってるらしいよ。」
「えーあの地味な子だよね。トモ大丈夫かなー。」
笑い声が聞こえてくる。友だちも聞こえていたようで隣でオロオロしていた。私は恥ずかしさと、悔しさで下を向いていた。
卒業までの時間はあっという間で、大学生活が始まった。
入学式が終わって、誘導されるがまま歩いていると、後ろから肩を叩かれた。トモだった。
「君、瑠衣だよね。これからよろしく。」
私はよろしくしようか迷った。高校時代のあの一言が心に重くのしかかっているからだ。
彼女は覚えていないみたいだが。
しかも初対面で呼び捨てというのにも嫌悪感がある。美人ならなんでも許される風潮に対する私の嫉妬心かもしれない。
まあ、新しい生活で波風は立てたくない。
「よろしくね。智子ちゃん。」




