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かつての夏

作者: みなす

「今日は雨だしお外じゃ遊べないねぇ..。あ、そうだ!ひろくん今日はうちで遊ぼうよ!」

その一言がきっかけで僕は彼女の家に通うようになった。



小学校低学年の夏休みといえば、男子は毎日外で遊ぶのが普通だった。僕もその例に漏れず、ある日は日が暮れるまで野球をして、また次の日は朝から林まで出かけて虫とりをするといった生活をしていた。

彼女は僕たちの遊び友達の中では唯一の女の子であったが決して紅一点という感じではなく、むしろ虫とりをしている最中などは一番の男らしさを見せる程であった。


そんな彼女に僕はひそかに思いを寄せていて、男子たちの間で好きな子誰?という話題になると、みんなはクラスの女の子らしい女の子を挙げていく中、僕一人だけが決してその口を開かないのであった。肌は日光で薄黒く焼け、髪は肩につかない程度に切り揃えてあるような女の子への好意が、他の男子と異なっていることを恥ずかしく思っていたためであったが、それが同時に自分だけの大切な秘密となっていたのであった。



彼女の家の庭に大きな向日葵が一本植えられていたが、それはいつもどこかもの寂しげに見えた。僕が彼女の家に行くのは雨の日ばかりだったので、その向日葵はいつも雨に打たれていた。そのため、今でも晴天の下で風に揺れている向日葵をテレビなどで見ると違和感を覚える。明るさ、爽やかさの象徴としての向日葵は僕の記憶の中のそれとは結びつかない。



彼女の両親は共働きであったので、家に遊びに来た僕を出迎えてくれるのはいつも彼女の祖母であった。彼女の祖母は雨の中やってきた僕を見ると必ず「まぁ、よく来たねぇ。」といって、きんきんに冷えた麦茶と煮たそら豆を出してくれた。僕と彼女はそのそら豆を食べながら、昨晩の野球の試合の文句を言い合ったりカブトムシの捕まえ方について話し合ったり、そしてときどき一緒に夏休みの宿題をした。



夏休みも後半に差し掛かったある日、彼女の家に行くと普段いることのない彼女の母親がいた。「ひろき君だよね?いつもこの子と遊んでくれてありがとうね。」唐突な挨拶に戸惑っている僕を気にせず、彼女の母親は、私たち東京に引っ越すことになったの、と続けた。そしていつも元気な彼女が俯きながら小さな声で、ごめんね、と言った。その時僕が何を思ったかはもう覚えてないけれど、どうしようもないくらいに泣いた、なんてことは無かったと思う。ただ、帰り際に彼女の祖母から貰った最後のそら豆の妙な甘さだけは今でもはっきりと思い出せる。



夏休みが過ぎて学校が始まると僕は前と同じように友達と外で楽しく遊んでいたが、彼女はそこにいなかった。

たまたま彼女の家の前を通りかかったときに庭先を見ると、あの向日葵は茶色に枯れて萎れてしまっていた。そこには物寂しさすら感じられず、何の感情もないただの抜け殻だけが存在しているようだった。そんな向日葵の姿を見て、彼女はもういないんだという事実を幼いながら確実に認識した僕がいた。




季節は夏だ。雨が降った日は気が向くと僕は今でもスーパーでそら豆を買ってきては自宅で煮て食べている。ベランダにある向日葵を見つめながら。そのとき思い出されるのは、初恋の彼女の顔ではなく、初めて何かを失った幼きころの僕の姿であった。あの頃、僕は確かに少年だった。


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