序幕
赤色の世界が一面に広がっている。
今まで暮らしていたはずの街は波に呑み込まれ、空は炎が反射して赤黒く染まっている。
まだ火の手が回っていない山に逃げ込めた僕は、何もかも呑み込んでいく街をただぼんやりと見つめることしかできない。
遠くから聞こえる悲鳴や焦げたにおい、肌に当たる熱気が夢ではなく現実だと知らせている。
携帯も繋がらず、家族や友達の安否は分からない。わかっていることはこれと同じ状況が世界中で起こっていること、この状況を引き起こしたのは神様だということの2つだ。
僕は大きな木の下に座り、辺りを見回した。やっとこの山に逃げ込んだ人たちばかりだ。皆やつれた顔をしている。
「見つけたっ……。少年!」
聞き覚えのある声が響く。僕はハッとして上を見上げた。
「神、様……」
神様の力が抜け、ゆっくりと落ちていく。僕は神様を慌てて受け止めた。神様は嘘みたいに軽かった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫……とは、言えないかな。力が、残ってない。もうすぐで、消える」
消える――――
目の前が真っ暗になったような気がした。
神様にとって消えるとは、死を意味する。再び生まれ変わること無く、その役目を終えて。
「そんな、家族も、友達もいないのに!神様までいなくなったら僕は……!」
僕は一人になってしまう。
「大丈夫、私は君を死なせない。私の全身全霊をもって君を生き残らせる」
神様は僕の頬を撫でる。神様の手の向こうが透けて見えた。
「よく聞きなさい。君がこの世界を救いなさい。そうしないと、君は生き残れないわ」
神様の言うことが理解できない。僕は世界を救えるような人間じゃない。まして、神様のいない世界なんて生きていても意味がない。
「だから、私を食べて。そうすれば、生き残れるから」
「は?とうとう、気でも狂った?人が、神様を食べるなんて。罰当たりにも程があるよ」
「ううん。私は罰当たりだとは思わない。寧ろ私の願いを蔑ろにすることが、罰当たりだと思うけど?」
辺りが少しだけ赤く染まる。叫び声からするに火がもうすぐそこまで迫ってきているのだろう。神様の願いをかなえなければ神様と僕は死ぬことになる。
「これが、最後の命令。私を食べて、この世界を。大好きだったこの世界を護って……」
神様はそれだけ言い残すと、腕の中から完全に消えた。かわりに白く輝く、飴玉くらいの大きさの球体がふわふわと浮かんでいる。
「……まったく、神様はせっかちなんだから。僕だって言いたいこと山ほどあったのに勝手に消えてさ」
今でも頭は混乱している。だが、迷わなかった。
僕は神様だったものを口の中に放りこんだ。勿論、味はしない。
「いきなり救世主になれって。正気?僕にできるわけないだろう」
炎が見える。目が焼かれそうで静かに瞼を閉じた。
神様と過ごした日々を思い出す。楽しかったことばかりじゃない、嫌なこともあった。でも毎日が輝いていた。
「これで最後になんてさせない。僕が必ずよみがえらせる」
瞼を開けると炎が僕を取り囲んでいた。僕は手を上に向けた。力を込めて。
暫く手を挙げているとポツポツと雨が降り始めた。小雨だったが、徐々に大雨になっていく。雨によって炎は弱まり、やがて鎮火した。
僕は携帯を起動し、時刻を確認する。
画面は1月1日00時00分を示していた。