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日本異世界生存記  作者: 末期戦
第一章 異世界との接触
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第八話 未知との遭遇(北方大陸編)④


 日本が転移してから一五日目。

 蓬莱国の使節団を乗せた護衛艦『ひゅうが』に迫る影が一つ。それは転移直後から日本国にとって脅威となっている海棲モンスターの一種であった。

 蓬莱人からはグンタイクラゲ、アスェビト人からキコククシと呼ばれている大型クラゲだ。地球上に生息していたクラゲとはけた違いにサイズで、カサの大きさが一〇メートル以上で触手の長さが三メートル以上になる。

 特徴は、かつて日本海で猛威を振るったエチゼンクラゲと似た形状をしている。人では微量でも死に至る猛毒を含ませた針を触手のなかに隠し持っている。ウミウミグモやウミサソリの一種の幼体と共存関係にあり居住させ餌を提供している代わりに外敵から身を守らせる手段の一つとなっている。例え体の欠片となっても時間をかければ再生することができる。普段は海底に息を潜めて獲物が接近したのを共存者のウミサソリから伝えられると浮上を始めて仕留めるなどだ。

 過酷な生存競争が繰り広げられている外洋生態系の頂点の一つに立っており、今までオオウミヘビやクラーケンと並んで艦船の脅威となっていた。

 たまたまこの海域にいたグンタイクラゲの一個体が、海面に大きな船が接近しているのを共存者の情報提供により捉えたソイツは本能に赴くままに浮上を開始した。

 久々に餌と思える存在がこの海域を通過した。ソイツは長い間餌にあり付いておらず。このままだと飢餓状態に陥ってしまい、この個体を主軸にして周りに共存者と調和のとれたコミュニティが崩壊する危険が出てきているなかでこの狩りの失敗は絶対に許されなかった。

 無防備に晒している対象の腹にめがけて突っ込んでいく。激突を狙っているのだ。衝突の際の衝撃により対象に深手を負わせて後は触手とそこにある毒で嬲るつもりであった。

 だが――対象である『ひゅうが』はソイツから逃れようと回避運動を行う。それに対しソイツは無力であった。速度が、軌道修正が不可能な位に出ていたからだ。

 むなしく海面から傘部分が出てしまう。そこに砲弾が飛んでくる。それは僚艦である『ふゆつき』の主砲Mk45 5インチ砲から発射されたものだ。急な出来事に回避できずに着弾時の衝撃波によって全身が木端微塵となってしまう。細かい無数の断片となったソイツであったものが海中と海面に浮かんでいた。

 その光景を偶然甲板上に出ていた使節団の人々は茫然としながら見つめてそして各々で呟いた。


「転移してから今に至るまで一〇〇以上の海獣を駆除した話を皆月殿から聞いたが、眉唾ではなかったようだ」

「……一撃でグンタイクラゲを殺すとは。白昼夢でも見ているのか?」



「おい、しっかりしろ!!」


 同僚からの声によって、蓬莱国外務官の藤原リトは我に返った。覚醒した意識から警告され慌てて目を開くと真昼のような光量を放つ天井の姿が入ってきた。

 その光景に藤原外交官は自分が異国の地にいることを実感する。

 転移暦二二五年五月二四日。護衛艦『ひゅうが』から降りた使節団は日本国の首都東京に辿り着いていた。都内にあるホテルの貸し切りにされた丸一階部分で泊り、今現在は普段は朝食のバイキングや宴会などで使われている大ポールに籠って作業を行っていた。

 その作業とは、日本に関する情報収集であった。日本のことを知らなければ三日後に行われる国境樹立会議でまともに交渉することなどできる筈がない。

 日本側の提供を受けた資料を読み、不明の箇所を派遣された日本国の外務官に質問攻めにして意味を知り、可能な限り理解しようとしていた。

 頭の中に叩き込むと同時に文章として纏めていた。見て聞いたものを報告書にして本国に伝えるためだ。

 そのため、不眠不休の強行軍となった。そのため使節団の皆は疲労困憊、寝不足であった。睡眠短縮の術を使用して誤魔化してきたがもう限界だ。いよいよ限界が来たかと藤原外務官は思う。


「顔を上げて眠りこけていたぞ。大丈夫か?」

「ああ……すまん。夢を見ていた。自衛隊がグンタイクラゲを撃破していたときのやつを。疲れが出ているのかもしれん」


 今でも夢を見ていたような気がする――そんなことを思いながら藤原外交官が周りの目を気にせず机に突っ伏していると、団長の野太い声が耳に入った。


「よし!! 一旦小休止を取ることにするか」


 次に台詞が頭の中に入り叱責された訳ではないことが分かるとホッとした。気を取り直して手元にあるコーヒーという飲み物を飲んだ。口の中は苦味に溢れた。今までの人生で味わったことのない初めての味覚は強烈で何度飲んでも頭の片隅に漂っていた眠気が吹き飛んでしまう。

コーヒーは輸出元が消滅したことで日本国内では超貴重品になっているようだ。店頭から消え去り、残っているものの大半は国の統制下に置かれるという噂が流れている……らしい。そんなものをタダで飲ませてくれるのだから外務官という職業は実にいい身分である。若手のうちはとても激務なのが玉に瑕だが。

しみじみと味わっていると、皆が話し合いを始めていた。


「しかし、調べれば調べるほどに我が蓬莱人の祖の国いや……未来いや……別世界(・・)の日本と呼ぶべきか、この国は興味深いな。規模と保有している技術は想像以上だ」

「彼らが前いた世界も驚いたな。魔導という存在はなく。あの世界に住むもの全てが魔導を扱えない人間らしい。アスェビトとは真逆と存在だ。それに加えこの国の人口は一億人以上……アスェビトの人口を上回るのではないか? あの国の人口はどれ位だ?」

「あそこの統計はかなり大雑把なのと諸侯領に関する情報は全く入ってこないので詳細は分かりませんが……天領の人口が一二〇〇万人、それは二〇年前の話で天領民、特に平民には生活していけられない程の重い負担が掛けられていて諸侯領に相次いで逃亡していると話を聞く。確実に人口は減少しているな」


 アスェビト王国は、二つの領地で構成されている。国が直接統治している天領と王族や貴族や上級戦士階級が統治している諸侯領だ。天領は中央から役人が各地に派遣され国の指示が行き届いているに対し、諸侯領は自治性が高く諸侯が好き勝手に統治しているので国のコントロールが行き届いているとは言えない。国は諸侯の力を削ぐため色々と暗躍しているようだが……。


「それに比べて蓬莱国の人口は三二〇万程、ルアシミニアの地にいる魔導を扱えない人間“蛮人”は蓬莱国民を含めて約五五〇万と言われている。ため息をつきたくなるな。諸侯領の人口はどれ位なのか分からないがおそらく一億は越えていないだろう。日本と何らかの関係を持てば、アスェビトが知れば逆転した人口差から我が国の侵略を思い留まらせられると思うのだが、どうだ?」

「ちょっと客観視しているのでは? これだけの人数がいれば労働力不足が解消でき労働力を得るためにかかるコストが減らせると喜々して攻め込まれる危険は高まると決まっています。連中は自分の力に過剰な自信を持っている。自分を不死身だと勘違いしているチンピラと変わりません」

「……すまん、ついつい過度な希望を持ってしまった。大国に狙われている小国が生き残るのは本当に難しいものだ。一回目の侵略は快勝で終わったが二度目はそうはいかないと思う。三〇年の間に敵も対処を重ねて確実に本気(・・)で攻めてくると考えられるからな。どうすれば撃退できるのかその方策が全く見えてこない……」


 重い空気が漂う。皆は黙りこくってしまった。あまりにも嫌な空気に藤原外交官は気が重くなってしまった。


「日本と軍事同盟を結び自衛隊と轡を並べて戦いられたら良いのだが……」

「自衛隊という防衛組織は非常に興味深いですな。あんな凄まじい威力を持つものを保有して軍隊じゃないと言い張るなんておかしな話だ。実に曖昧だ。よくもそんな状態で国を守っていたな。憲法には戦争を放棄すると明記されているのだぞ。自分の家には鍵を掛けませんと言っているものだ」

「『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して――』が憲法の主旨に盛り込まれていましたよ。そんなもんを憲法に入れたままこの世界で生きていけると思いません。安全を他者に任せるなど気狂い沙汰ですな」


 まあ確かにそうだなと藤原外交官は思う。憲法九条の意味を日本の外交官から聞いて頭を痛くなったことを思い出す。正義と秩序、明日どうなっているか分からないこの世界にある訳がないだろ。国際紛争を解決する手段として戦争と武力の行使は永久に放棄するだと、外交ではどうにもならなかったどうするんだ? 何もせずにむざむざと滅ぼさせるのか? 突っ込みどころだらけであった。


「しかし、そんな憲法のまま、自衛隊の立場を曖昧としたままで四半世紀の平和を維持し繁栄してきたのだからそれなりに効果はあったのだろうな」

「たまたま幸運が重なっただけだろう。もしくは並大抵ではない努力が実を結んだのかもしれない」

「話が脱線しているぞ。我が国と日本国の軍事同盟に関してだが、協定や条約ならとにかく困難だろう。成功させるには我々が日本側にそれをするメリット、自衛隊を派遣して守る価値があるかどうかを上手く伝えることができるかが重点になるだろう」

「アスェビトの脅威を適度に伝え位置的からして祖国が陥落したら脅威に晒され次は日本が確実に侵攻を受けるという点を攻めればよいのでは?」

「それでは弱すぎる。それにいくらアスェビトでも海を挟んでいる日本を攻め込めるとは思えない。この国の周囲にウヨウヨしている海獣の目をすり抜ける手段を持っていれば話は別だが……」


 他からも否定する声が出ていた。脅威を訴えるだけでは効果はないというのが大勢を占めていた。それだけでは足りない弱すぎる。ルアシミニアの地が戦乱に覆われているのを掴んでいる日本は介入する気がないという情報が入ってきている。こんなものでは日本の態度を変化させることはできないだろう。


「食料は民を食わせるのに精一杯で論外だ。資源はどうだ。産出されているもの、技術的な問題で未だ採掘できていないもの……日本が求めているものがあるだろう。奴らは資源を求めているフシがある」

「そう言えば資源関係の資料が多かった気がするな」


 確かにそうだったなと藤原外交官は内心で呟く。保有している資源の輸出を期待してのことなら納得できる話だ。


「……新天山の周囲には石炭と魔力石が、中央山には鉄鉱石が産出されます」

「穂高付近の海底には……燃える黒い水と空気、日本がいう石油と天然ガスが産出されています。油田採掘の技術はなかったので長年放置されてきましたが……産出された範囲から相当な量が埋蔵しているのではないかと言われています」

「ふむ。どれもこれも産出されていないか産出されていても量はあまり多くないな。おそらく日本が求める量は満たせないぞ。価値を見出すとは思えんな」

「そこはないよりはマシとか将来に期待させて欲しいとかで説得しましょう」

「……となると、日本が持っていないもの……我々が持つ技術と資源、あとは土地だな。それらから攻めていくしかないようだな」

「よし!! それで行こう!! 休憩は終わり。ここからが一踏ん張りだ。報告書の作成が終わったら、得た情報を基にして提出する書類を完成させるぞ」


 団長の宣言と共に作業が再開した。

 藤原外交官は憂鬱な顔をしながら筆を手に持ち、目の前にある和紙に文章を書き始めた。

 デスマーチは当分続きそうであった。


 しばらくして報告書は完成し、半日をかけて日本側に提出する書類が完成することになる。それには蓬莱国としての国交樹立の条件が入っていた。それが日本側に提出されると同時に日本側からも条件が届けられた。

 国交樹立会議は開かれたのは 転移暦二二五年五月二十六日のことであった。


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