第五話 未知との遭遇(北方大陸編)①
時間は転移直後に巻き戻る。日本が転移してから一時間半目。
大空は太陽が地平線の下に隠れたため闇に覆われていた。そんな周りを上手く確認することができない漆黒の空に体高五メートル程の大きさの大鳥が一匹飛んでいた。まるで地球の幅広い地域に生息しているインコが巨大化したような姿だ。こんな鳥は地球のどこにもいない。
この鳥の背には人が乗っていた。金属製の甲冑と兜を着こんでいるので表情を窺い知ることができない。短弓を右肩にぶら下げて右手には投擲用の槍と左手にはバックラーを装備していた。
後に『北方大陸』と呼称され、現地人からは『ルアシミニアの地』と呼ばれているこの地にある人間の国の一つ蓬莱国の鳥騎士のアキラは、暗闇でも昼並みに周りを見渡せることができる“夜目の術”を発動させながらぼやいていた。
「ついていないぜ。海賊がいないか監視する任務を任されるなんて……アスェビトの野郎、前の将軍の頃に大負けした癖に懲りないな。蛮族と見下しているなら放っておけばいいのに」
蓬莱国は約三〇年前から関係が著しく悪化させた、唯一の人間の国と自称しているアスェビト王国が再び伸ばし始めた侵略の魔の手に悩まされていた。海ではアルェビトの息のかかった海賊と軍艦が我が国と貿易船と漁船を襲撃しており、そのため国軍は空中哨戒の強化を決めていた。不審船が発見され次第水軍の艦艇を派遣する手はずとなっていた。
夜になっても哨戒を継続しているのは夜の闇を紛れて領域に侵入するものがいるからであった。アキラにとっては迷惑な話であった。彼にとって夜は寝るものだ。睡眠欲に逆らって無理に起きているのは寿命を削るものだという考え方を持っていたためだ。
「早く任務を終わらせて酒を飲んで寝よ」
呑気そうに呟くとあるものを発見した。陸地だ。その数か所が光輝いていた。あまりのまぶしさに目が眩みそうになる。こんな光量をアキラは初めて見た。まるで昼になったように明るかった。
「嘘だろ。昨日ここは陸地は何もない海だったんだぞ。夢を見ているのか」
頬をつねってみた。つねったところは痛かった。
明かりに慣れたので目を凝らして見渡す限り見えるところを見渡して見ると、最初に見た陸地は島であった。
「痛い。そうなると……参ったな」
夢でないようだ。上の人間にこの奇奇怪怪な出来事をどう説明するべきなのか頭が痛くなった。馬鹿正直に説明すればなにたわけたことを言っているのかと叱責を受けるのは間違いない。かと言ってこの異変を放置するのは彼の生真面目な性格が許さない。全く難儀なことだと頭を抱えてしまった。
(そういえば……)
アキラはふと思い出す。
(この位置は俺たちの先祖が住んでいた地があった場所だな。まさか浮上したのか? 確か地の名前は日本……国は大日本帝国だった筈だ。災厄に襲われた後に海の底に沈んだと……)
関連性があるのだろうか? そんな疑問を抱きながらもアキラは遠く離れた場所と通話することが可能な水晶玉(別名:通信石)を袋から取り出して、魔訶不思議な力が秘められていると言われている魔力石の欠片をそれに接触させた。意識を集中させ連絡したい水晶玉に念じる。通信石が光輝いた瞬間無意識に怒鳴り込んだ。
「我、哨戒中に島を発見。それの後ろにはさらなる大きな陸地も確認す!!」
◇
転移暦二二五年五月七日。蓬莱国の都:高千穂。ここは約五〇万の人々が住んでおり活気に満ち満ちた都市だ。
将軍御所にて蓬莱国の首脳陣が集まっていた。蓬莱国の南五〇キロ先の位置に発見された島と後の調査で存在が明らかになったこの島の後ろにある大きな島について話し合うためだ。
「――――大きな島を発見した竜騎士はその直後に金属製のこの飛行物体を目撃しました。しばらく動きを観察していると飛行物体が再び接近し目の前で火の塊を発射しました。これはそれ以上進めば撃墜すると警告を受けたと判断し引き上げたようです」
後の調査で起きたことの報告が行われる。皆、苦い顔をして聞いていた。
「この飛行物体の正体を掴んでいるのか?」
「技術保全部からおそらくは失われた技術の一つである飛行機で炎の塊は機銃と呼ばれる鉄砲の一種による警告射撃だと思われると意見が出ております。しかも証言からしてこの機体はプロペラ機ではないようです」
「未だ再建できていない伝説となっているものか……で、プロペラ機でないのならば何だ?」
「保全部が保管している記録にはない未知の航空機、あくまでも憶測になりますがプロペラではない別の手段で飛ぶ力を得ている飛行機だと……」
いつ戦争になるか分からないアスェビトとの緊迫した情勢のなかに飛び込んできた不可解な出来事に、この国の元首である征夷大将軍の地位に就いている東方院和人は眩暈を覚えた。
目の前にいる家臣たちは議論を交わす。
「相手はどういった国なのか確認するためまた一旦話し合う必要があるのでは? 使者をこの地に派遣しましょう」
「何を言っているのだ!! もしあの地を支配する国が侵略を好むアスェビトのような野蛮な国だったらどうするつもりだ。下手に出れば付け上がって圧力を掛けられるぞ。そうなれば蓬莱国は南北の敵に挟まれることになる。断固たる態度を取るべきだ」
「何を言う!! 幻となっている飛行機でしかも未知の技術によってワイバーン以上の高速で飛ぶ特徴を持つものを沢山保有しているかもしれない国だぞ!! もしかするとアスェビト以上の実力を持つ相手に対して強硬的な態度は破滅の道だ。わざわざ穏便に済む可能背がある唯一の機会をふいにするつもりか!? 使者の結果次第でどうするのか判断すればいい」
「寝ぼけているのか!! 既にあの国の航空機が何度も侵入ししかも高千穂の上空にも現れているのだぞ。明らかに何か企んでいるぞ!!」
穏健派と強硬派が火花を散らしている。ことの次第では殴り合いの喧嘩しかねない雰囲気を醸し出していた。
和人将軍は一歩引いた視線で場の様子を見ていた。両派とも突如現れた存在に対して恐怖を抱いているなと思う。
(さてどうしたものか……)
和人将軍は考え込む。
すぐか少し後かかなり後になるかは分からないが必ず自分に発言を家臣たちから求められるだろうと考えている。いつとなるかは分からないが今のところ議論は拮抗していて結論は出せそうにない。和人将軍としては突如現れた地を支配する勢力にすぐに使者を派遣したいと思っていた。
こんな様では時間の空費であった。将軍の権限である最終決定権で無理やり結論を出そうと考えた瞬間――。
「おい。今は重要な会議中……」
「申し訳ございません。皆様の耳に通しておきたい情報が入りましたので報告のためこの場に参りました」
「どうした? まさかアスェビトが攻めてきたのか?」
「アスェビトの軍艦が我が国の商船を襲撃しその商船から救助要請が来ております。本来ならば水軍の艦船を派遣し賊を排除するのですが……様子を確認するために派遣された鳥騎士から、新陸地のものだと思われる船が軍艦と交戦している模様です」
場が一気にざわめいた。当然のことであった。