第二話 未知との遭遇(南方大陸編)②
陸地に近く浅いため安全に航行できる沖合と重武装の軍艦でなければまともに航行することができない獰猛な巨大海棲生物が生息する外洋の境界線上の位置にあるとある海域。帝國の勢力圏内にあるここには今、戦艦二隻と巡洋艦三隻と駆逐艦四隻で編成されている艦隊が陣形を組んで後ろから白い航跡を出しながら航行していた。
「まさか得体の知れない連中を出迎えるためにここまで来ることになろうとは……今までの海軍軍人人生で正直思いもしなかったよ」
「同感ですな。まさか異世界から転移したと主張する国の艦隊のお出迎えをするなんて今となっても夢を見ているようです」
「確かに私も君も二ホンついて全く分からないからな。帰還した空軍の連中が持ち帰ってきたみあげがあるようだが、佐官である私たちでさえ機密指定のため内容がよく分からん。よっぽど衝撃的な内容だったのだろうか?」
海外では“豆戦艦”と評している高速装甲艦『ラフスヌイ』艦橋にて艦長のアライト海軍大佐と副長のラトル海軍中佐が談笑をしていた。
旗艦である巡洋戦艦『ラロモドーイ』の新造艦特有の鋼鉄の輝きを放つ立派な姿を眺めながらアライト艦長は呟く。
「最新鋭の軍艦を持ち出すとはいささか過剰すぎると思うのだが」
「初対面で我らの全力を示すことで我が国を軽んじる国がこれ以上増えるのを防ぐためなのでしょう。二ホンにまで軽んじられたら我が国は完全に詰みです。ただでさえ南側の小賢しい企みで半包囲されているのですから……」
帝國はイロコイニア大陸社会においてほぼ孤立していた。暴発しないように一部の国が行っている仲介政策によって帝国内では自給できない物資と資源を得ているが、帝國海軍が保有する戦艦の排水量、主砲の大きさに制限を与えるのを始めとする軍事に加えられた制限のせいで周辺諸国からの軍事的圧力は年々強まっている。それに比例するように帝國内では南側に対する不満が高まっている。
「それは分かるが……副長、ここだけの話だが上層部の連中は何を考えているのか分からないが、艦隊を差し向けたのは無駄なことだと思うのだ」
「艦長……」
ラトル副長は困った顔をした。どう返せばいいのか分からくなっているようだ。
「尾行している潜水艦の報告によると二ホン海軍の軍艦は主砲一門しか搭載していない貧弱なものらしいではないか。そんな装備では外洋を航行するのは自殺行為だ。必ずや途中で遭難する筈だ」
「気持ちは分かります。ですが、空母もいるという話です。簡単に結論は付けられないと思いますが……」
二ホンから派遣された艦隊は危険な道中なためもしもの場合に備えて本国と帝國に向かって定時連絡を行っていた。
帝國はそれを利用して、二ホン艦隊の陣容を確かめるべく行き先に潜水艦を差し向けたのだ。命懸けとなる外洋での潜水艦の航行は他国の海軍と比べて優れており帝國海軍の得意技となっているからできる芸当であった。
「うむ、副長の言う通りかもしれないな」
また直に見ている訳ではないのに侮ってしまったことを反省したアライト艦長はそう言う。
「報告します。二ホンの艦隊からあと少しで合流地点に到着するとの連絡が届きました」
報告にアライト艦長とラトル副長は驚きの表情を浮かべた。感心しているようだ。
「ほう無事に来るとは……奴らが持つ実力か? ただ運が良かっただけだろうか?」
「合流はいつ頃になる?」
「二ホン艦隊と我が艦隊の速度から換算しますと一六:三〇頃になると思われます」
今から三時間後だ。邂逅のときが近づいてきたことにアライト艦長は年甲斐もなく緊張を覚えてしまった。
「よし!! 乗組員どもの気を引き締めさせろ。二ホン人がどんな連中だろうとも帝國の名誉をかけて奴らの前で恥をさらす訳にはいかんからな」
◇
「報告の通り貧弱な武装だな。単に運が良かっただけなのかもしれんな」
視界に入った二ホンの軍艦四隻の姿を見たアライト艦長は呆れた声を漏らした。地味な色に塗装されているあの艦形は『ラフスヌイ』と比べて威圧感が欠けており武装の貧弱さも加わって弱く見えた。よくぞここまで来たな、強運の持ち主だなと変な感心をしてしまった。
そのなかに空母らしき艦がいる。帝國が保有している空母と比べてまるで鉄の塊から一から削り上げて作り出されたような洗練された姿であった。格納庫に隠しているのか搭載している航空機の姿は甲板上にはなかった。
「しかし見事な陣形ですね。乗組員の練度は相当高いように見受けられますね」
「うむ。彼らのいた世界ではあれで十分だったのかもしれない。だとしたら我々の世界と違ってとても平和だったんだな」
諍いとは無縁で気楽にいられた連中が羨ましいなとアライト艦長は思う。
二ホン艦隊の面々が知らないことをいいことに好きなことを散々言って思っていると、凶報が入ってきた。
「『チュヌイ』から緊急連絡!! 『本艦のソナーが艦隊に接近しようとする巨大海棲生物一体を捉えた。要警戒されたし』とのことです!!」
駆逐艦一隻からの報せにアライト艦長は目を剥いた。艦橋内の空気は緊迫したものとなった。長年にわたり船乗りたちから畏れられ出会ったら生きて帰ることができないと伝えられてきたのだから船乗りたちの巨大海棲生物に対する恐怖は相当なものである。
「何だと!! 推進音につられて来たな。総員、戦闘配置につけ。いつでも主砲が撃つようにしておけ」
「了解!!」
しかし彼らは栄えある軍人であった。アライト艦長はすぐに動揺収めて艦長としての判断を述べる。それを受けてラトル副長は部下たちに指示を機関銃の如く指示を飛ばす。
「巨大海棲生物を発見!! 方位北北西、距離本艦から一.八ヴォル(約三キロメートル)!!」
見張り員からの報告に、アライト艦長は視線を向ける。そこには体長二〇メートル超の両手両足のない細長いまるで蛇のような姿をした生き物が海面から飛び出しすぐに海の中に消えていった。
この生き物は船乗りたちからは蛇蝎の如く嫌われている死神であった。身体と体重を生かした巻き付きと突進、鋭い牙による噛みつきが脅威だ。
「……オオウミヘビ!! しめたぞ。あの大きさなら大した脅威にはならん。落ち着いて対処しろ!!」
「主砲発射完了しました」
「よし!! うて――――」
自慢の一一ドン(二八センチ)主砲で海中に潜むオオウミヘビを粉々にしてやると意気込みながらアライト艦長が指示を下そうとした瞬間――――。
空気を切り裂くような音が響き渡った。
何ごとかと、音がした二ホンの軍艦らがいる方角に顔を向けると音の意味を即座に理解した。甲板上に煙と炎が吹き出しそれらが一瞬のうちに収まると何かが二つ矢のように飛び出し飛翔した。
それらは空に軌道を描きながら目にもとまらぬ速さで高く飛ぶ。途中で一部が切り離されてパラシュートが開く。さっきと比べゆっくりとした足どりで海のなかに沈む。
しばらくすると水柱が二つ立つ。それらが消えると海面にバラバラとなったオオウミヘビであったものが浮かんでいた。辛うじて原形を留めている頭部が恨めしそうに鋼鉄の艦たちを睨んでいた。
「……」
「……」
アライト艦長とラトル副長は茫然する。何が起こったのか分からなかった。さっきまでの騒ぎは一体何だったのだろうか? と思える位に艦橋内は静まり返っていた。
「大型のロケット弾か……それにしてもオオウミヘビに向かってしかも正確に命中していたぞ。何なんだ? あの艦は?」
アライト艦長は単独でオオウミヘビを難なく撃破した二ホンの軍艦に畏れに近い感情を抱いてしまった。少し前まであった侮りは消え去っていた。
日本が転移してから十一日目。
オオウミヘビ、日本側ではシーサーペントと呼ばれている巨大海棲生物を撃破したのは、外交使節団を乗せた護衛艦『かが』を旗艦とする第4護衛隊所属の護衛艦『いなづま』の対潜ミサイルのよる攻撃であった。
遣帝國艦隊は出迎え艦隊の案内のもとイロコイニア大陸最北端の港であるノーラストクに寄港した。『かが』から降りた外交使節団の面々は帝國の首都、帝國国民からは帝都と呼ばれているアインリアに向かうこととなった……。