表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
98/375

青天の霹靂

挿絵(By みてみん)

Ginranさんからお祝いを頂戴しました♪

ありがとうございました!!!!!


 仮面の魔術師が、小結界の外へと退出する。PTが解消され、ユーナとアルタクスのみが表示に残された。

 それに合わせて、視界に『PvP』『mode Duhel』『misit victoria』という幻界文字ウェンズ・ラーイが浮かんでは消えていく。続いて、三、二、一、とカウントダウンが開始された。


 ――初手は、譲る。


 ユーナの目の前で、とんがり帽子の魔女は既に杖を構え、指先を術式刻印に当てていた。彼女が術句ヴェルブムを口にするだけで、それは発動するだろう。

 雷の魔術について、ユーナは想像の範囲でしか知らない。一度も幻界ヴェルト・ラーイではお目にかかったことがない代物だ。だが、火の魔術で水が出ないのと同じように、その特性は他のゲームのものと、そう違いはないと思われた。

 直進、拡散、貫通、麻痺。

 要するに、当たったらおしまいというわけである。

 ゴム製品など幻界ヴェルト・ラーイに存在するかどうかは知らないが、少なくとも所持はしていない。ユーナはいくつかの手札を脳裏に描いた。

 森狼が、僅かに身を屈める。いつでも飛び出せる体勢、というよりも、ユーナの読みと同じように「回避」を想定した動きだ。


 は言った。

 何でも、使えと。


 〇が消えた瞬間、とんがり帽子を揺らし、ソルシエールは術式マギア・ラティオを解き放っていた。


「――雷の矢(グロム・ヴェロス)!」


 初級魔術の中で、最も詠唱が短い初歩中の初歩、属性魔術の矢である。威力操作を加えたり、複数出現させたりと術式に手を加えることにより、初歩の魔術にもバリエーションが生まれる。ソルシエールが仮面の魔術師から教わった、大切な基本だった。

 ソルシエールが放った初手の魔術は、スピードに任せた、直線的な雷の矢だった。ほんの少し左に避けるだけで、ユーナの横を走り抜けていく。ユーナは、魔術の発動の軌跡を目で追わなかった。魔女は内心で舌打ちをしながら、第二手として回避地点を狙い、もう一本、雷の矢を飛ばす。


雷の矢(グロム・ヴェロス)!」


 術句ヴェルブムに向かって無造作に投げられたのは、一本の短剣だった。

 見覚えのある形が、雷を受けて床に落ちる。

 ――初心者用短剣、である。


 もう、かなり前に放り捨てた品だ。

 売ることもできない、使えない短剣。

 邪魔だと、確か、言い捨てて。


 ソルシエールの心が、揺れる。

 それでも、指先は術式刻印を撫でた。どれだけ繰り返したかわからない、指に馴染んだ感覚。

 とんがり帽子の魔女が握っている短杖スタッフは、普段彼女が使っている武器ではない。かつて、仮面の魔術師が作ってくれた、とても大切な思い出の品である。シンプルな三つの術式が、威力操作の術式を組み込めるように彫られており、彼女が仮面の魔術師を「師匠」と呼び始めるに至ったきっかけでもあった。


 森狼が、走る。

 最後の跳躍で魔女に飛びかかろうとする、タイミングに合わせて。

 もうひとつの術式マギア・ラティオが放たれた。


雷光網トゥルエノ・レーテ


 その名の如く、雷の光が彼女の視界に広がり、瞬く間に森狼を包み込んで捕縛した。全身を貫く電撃に、アルタクスは吠えた。詠唱速度を最優先にしたそれは、威力こそ小さかったが、体に麻痺を残す。

 痺れのために顎を大きく開き、舌を出したまま、森狼は瞬きもできず、その場に横たわった。


 数拍だけでいい。時間が欲しかった。

 最も厄介な相手を封じ、更にソルシエールは三つ目の術式マギア・ラティオを放つべく、杖を撫でる。あのころ、これが彼女に撃てる、最大の魔術だった。短杖スタッフに刻まれた、最も長い術式刻印は、もうかなり薄れかかっていた。


 右手に短槍を構え、ユーナはソルシエールを見据えている。

 魔術を、武器で払う気か。


 とんがり帽子の魔女は笑みを佩く。

 もう逃げ場などない。これで、終わる。


天雷撃ブリッツ・ルンマーナ!」

「満たせ純粋な水(ナキ・アーグァ)!」


 樹枝状の電光が、魔女の杖から放たれるのと同時に。

 ユーナの左手が一瞬、青に輝き、宙に水の霊術陣が浮かんだ。

 視界を覆うほどの水量が、その霊術陣から湧いて重力のまま、地面に流れ落ちる。


 それはもう、滝だった。

 豊かな水量を誇る、雨の後の日本の滝を思い起こさせる流れ。

 違いは、この上もなく清らかな水であることか。

 綺麗な白い飛沫と共に、その水面で、雷は拡散され消えていく。

 その時、ソルシエールにも、僅かな飛沫が飛んできた。


 そして、それで十分だった。


「ぃっう!」


 水飛沫を浴びたソルシエールは、己の魔術の破片をその身に受け、悲鳴を上げて体を震わせた。

 痺れる感覚はごく一部だったが、慣れない痛みに耐えるべく、杖を両手で強く握りしめてしまう。


 受け手のない水は、訓練場の床を濡らしていく。

 水飛沫の立った音が、一際大きく、聞こえた。

 唐突に水の霊術陣は消え失せ、同時にユーナのマルドギールの穂先が現れる。

 そして、ソルシエールを一閃した――。




 真っ黒なとんがり帽子が、床に落ちる。




 ――The battle is over.

   Winner Yuna!

   Congratulations. It was a good fight.


 


 打ち上がった幻界文字ウェンズ・ラーイに。

 マルドギールを振り抜き、床に膝をついていたユーナは、安堵の溜息をついた。

 その視界に靄がかかり、急激に意識が遠のきかけた。不思議に思うよりも早く、その体は地面に投げ出される。頭の中にクエスチョンマークが複数浮かぶ。わけのわからない喪失感に、首を傾げることすらできない。

 真っ赤な術衣ローブが、近寄ってくる。


「ガス欠だな」


 ことばと共に、救いの手が伸びた。ユーナは身体を地面から起こされ、次いでMP回復促進薬(ポーション)が差し出されたので、ありがたく口に含んだ。少し楽になった気がする。完全に赤になっているMPバーと疲労度に、ユーナは溜息をついた。明らかにやりすぎである。

 すると、ペルソナの口から小さく気合の声が発され、ユーナの体が宙に浮く。目の前に仮面があり、ふらふらする頭のままで彼女は尋ねた。


「え……と?」

「MPを使い切るほどの精霊術を使ったせいで、動けないだけだ。そのうち治る。

 ……楽しませてもらったからな。宿まで連れていくから、お前も来い」


 ようやく痺れが抜け、何とか起き上がった森狼へと魔術師は言い放ち、結界の外へと歩き出した。

 森狼は頭を振り、それからユーナのマルドギールを口に咥えて後を追う。


 ソルシエールは、地面に落とされたとんがり帽子を拾い上げる。

 どんどん離れていく後ろ姿に、泣きたくなった。


「あたしっ……」


 続かないことばに、彼はそれでも振り向いてくれた。

 仮面の奥の朱殷の瞳は、楽しそうに魔女を見る。


仮面の魔術師(おれ)がお膳立てした模擬戦(PvP)だろう?

 気にすることはない。

 ああ――一つの無駄もない、撃ち方だったな」


 彼にとって、勝敗などどうでもいいとでも言いたげに。

 誇らしげに、紅蓮の魔術師はソルシエールの戦いぶりを評し、それだけ言い置いて、従魔使い(テイマー)たちと去っていく。


 彼女の手の中に残されたものは。

 ひしゃげたとんがり帽子と、使い込まれた思い出(スタッフ)だけだった。





「……ホント、勝てたっていうだけのような気がします……」


 紅の魔術師の肩に頭を乗せたまま、ユーナは呟いた。

 即、彼は同意を示した。


「そうだな。これが訓練場でなければ、目もあてられないだろうな」

「ですよね……」


 一段一段、地下からの階段を昇りながら。

 訓練場より薄暗い足元に注意しつつ、彼は少し息を乱していた。


「疲労度やMPが失われたところで死にはしないが……身動きが取れなくなるのは命取りだ。どれくらいMPを精霊に捧げるのか、よく考えて使うべきだな」

「どれくらい捧げたら防げるのか、わからなかったんですよ」

「だろうな」


 ユーナの使用した水の精霊術は、本来、飲み水を出すというだけの代物である。術式マギア・ラティオや法杖の話を聞いて実践したが、効果としては成功したものの結果としては失敗してしまった。MPが枯渇するほどの術は、融合召喚ウィンクルム以来で、all or nothing的にしか扱えていない事実には頭が痛む。


「……炎よりも、雷のほうが発動は早い。当たれば全てが終わる。それを理解した上で、よくあれだけの手数を打てたな。――大したものだ」


 最後の呟きは、階段を昇り切ったところでもたらされた。


 ――認めてもらえた、のだろうか。


 ふーーーーーっと息を吐く魔術師に、ユーナは自分のステータスを確認する。MPは未だに濃い赤だが、数値的には多少回復しているようだ。疲労度も同様だが、歩けないほどではないと思う。


「え、っと、たぶんもう大丈夫だと……」

「そうか」


 服を握るユーナにわかったと頷き、ペルソナは昇ってきた森狼の背に彼女の身を移した。代わりに、短槍を引き受ける。森狼の背中は心地よく、ユーナは頬を擦り寄せた。


「あいつも、これで少しは焦るだろう。いい薬だ」

「……そういえば、置いてきちゃいましたけど、いいんですか?」

「問題ない。勝ち負けでどうするっていう話もなかったからな」


 言われて、確かにそうだったと思い出す。

 本来、勝敗を問うのであれば、その際の条件を予め決めておくものだ。だが、そのあたりはまるっと抜けていた。


「ユーナは、攻略組を目指すんだろう?」


 それは、静かな問いかけだった。

 ごく自然に、ユーナは頷く。


 誰でも、そうではないのだろうか?

 最前線で、道を切り拓いていくことを、望まないのだろうか。


 だが、そんな一般論より。

 ユーナの心に去来するものは、ふたつの約束だった。

 違えるつもりはない。


「すぐに、追いつきます」

「――そうか。待っている」


 口の端を上げて、仮面の奥の目を細め。

 紅蓮の魔術師は、その日を楽しみに、心から微笑んだ。

トップの看板を作成して下さったGinranさんの作品はこちら!

「ピカレスク・ニート ~汝、暴虐なれ」https://ncode.syosetu.com/n9683cw/

私もレビュー書かせていただいております♪

ファンタジー好きな方におススメです♪♪♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ