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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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戦う理由


 訓練場の、巨大な結界の魔術陣。仮面の魔術師はその巨大な円の中央にある魔術具に石を嵌め込み、手を翳した。ごく普通の、そのへんに転がっていそうな黒灰色の丸い石が、徐々に赤へと色を変えていく。完全に深紅へと変貌した魔石は、そのまま魔術具に呑まれて姿を消した。

 巨大な魔術陣に、命を吹き込まれる。

 この内側から放たれた魔術はすべて、この巨大な結界により外部へと影響を与えることはない。

 そして、この結界の魔術陣は二重結界となっていた。小規模なものが更に内側に三つ、同じく石に彫り込まれる形で構築されている。

 紅蓮の魔術師は、そのうちの一つ、唯一既に起動している小規模な魔術陣へと歩き始める。

 その直径上の端に、ユーナと森狼が並び、反対側にソルシエールが立っていた。

 ユーナの右手には白い布が払われたマルドギールが、その刃を訓練場の明かりに晒す。同じように、ソルシエールの手には先ほどとは異なる、術式刻印の刻まれた短杖が握られていた。

 完全に肩が落ちていて、やや猫背気味、気が進まないと全身で語っているユーナに、仮面の魔術師がPTチャットで声を掛ける。


「貸しイチ


 端的な要求に、ユーナは背筋をピンと伸ばす。しかし、どうしても気乗りせず、ペルソナへと視線を向けた。


「……わかってますけど……どうしても、バトらなくちゃいけないんですか?」

「たかが模擬戦(PvP)だ。気にするな」

「気にします」


 PTチャットで切り返すと、不思議そうに紅蓮の魔術師は続ける。


「勝てばいいだろう?」


 そういう問題ではない、とユーナは口にできなかった。

 そもそも、勝てるかどうかも大問題ではあったが。


 先ほど、改めてユーナを目の前にし、たったあれだけのペルソナのことばで、ソルシエールはいろいろ悟っていた。決して頭が悪いひとではない。攻略板を参考にすることからも、多角的にものごとを考えられるひとなのだろうと思う。


 そして、今まであまり旅行者プレイヤーと関わってこなかったせいか、ユーナは知らなかったのだが……巷では「白黒つける時には訓練場」という方程式ができあがっているらしい。それは、例のアンファング~エネロ間のヴェール討伐クエストの影響で、特別依頼がギルド側から出されていた関係だそうだ。神殿帰りしてしまい、討伐隊に参加するにもできずにいた者たちのあいだで揉め事が起こった時、訓練場でのPvP(Player versus player)システムを利用し、模擬戦を行い、事の正否を決したという。

 訓練では経験値は得られない一方、特別依頼ほどではないが熟練度は蓄積することがわかったために、特定のスキルの熟練度をひたすら上げていくためには訓練はかなり有効な手段ということが判明した。しかし、当然魔物を倒すほうが経験値も得られ、効率は良いので、訓練ばかりする者は少ない。

 PvPの利用者の多くはこのように揉め事解決やストレス解消、果ては賭け事に使っているらしい。揉め事を力で解決しようとするのは野蛮なことだろうが、力と富以外に他者を計る物差しのない幻界ヴェルト・ラーイでは仕方ないのかもしれない。


 ユーナがペルソナから求められた「貸しの対価」の内容は、そのPvPシステムによる模擬戦だった。相手はもちろんソルシエールただひとりである。


 眉間に皺を寄せるユーナに、苛立った口調でソルシエールが言う。


「おしゃべりはほどほどにしてもらえませんか? あたし、待ってるんですけど」

「あ、ごめんなさい」


 トントンと爪先で訓練場の地面を叩きながら言われ、ユーナは即、オープンチャットで謝った。いや、そもそもコレ、わたしが希望したことじゃないんですが。

 紅蓮の魔術師が、審判よろしく二人の間に立ち、最後の確認を行う。


「訓練場:模擬戦モードを開始する。

 勝利条件は、互いの攻撃を相手に当てること。いずれかの初撃を体の装備のどこかに被弾した時点で終了とする。武器への被弾は除外だが、武器を取り落とすほどの衝撃の場合にはカウントし、終了だ。従魔シムレースに当たってもカウントはしない。その他の判定は訓練場のPvPシステムに任せる。

 ユーナは何を使ってタコなぐっても構わない。

 ソル、お前のほうがレベル高いから、ハンデとして、ユーナに攻撃を当てたら追撃は中止だぞ。あと、攻撃手段は魔術限定だ。いいな?」

「えー……二対一なのに? あたしめっちゃ不利じゃないですか?」


 むしろ、魔術師なのに魔術以外の攻撃手段があるほうが驚きである。お互いが全力で戦えば、おそらくユーナには勝ち目がないという予測を、彼は暗に示していた。ユーナがそのことに気付き、紅の魔術師のことばに背筋を寒くしていると、不満げにとんがり帽子を揺らして魔女は尋ねた。


「俺達がスキルマスタリーをスキルポイントで上げてきたのと同じように、ユーナは従魔シムレースをテイムしただけだ。

 術式刻印が入っている杖を使っても、負けそうで心配なのか? 相当、お前に有利な気がするがな。

 まあ、気になるなら逆に、魔術も従魔シムレースもナシにするか? 自称・・俺の弟子」

「魔術限定でお願いします」


 魔術師の弟子を名乗りながら、魔術を使わないなんてありえないよな?という、彼からの、耳に聞こえない嘲笑に、ソルシエールはあっさりと条件について同意する。

 そして、彼女はユーナに漆黒の眼差しを向けた。


「ねえ、自分が勝てるって思う?」


 その問いかけに、ユーナの紫の瞳が揺れる。明らかに、自身より格下と見做された口調だった。

 はーっと、魔女は溜息をついた。


「勝てないって思うなら、降参しちゃってもいいよ? あたしの術式マギア・ラティオ、当たればホント痛いから」

「――!」


 ユーナは目を瞠った。


 勝てるって、思う?

 勝てないって、思う?


 ユーナが模擬戦に対して気乗りしない、いちばんの理由――それは、PvPが、かつてのPKと、己に降りかかった暴力を思い出させたからだ。例え、死にはしないとわかっていても、人間を傷つける(・・・・・・・)ことに抵抗があった。

 だが、最初から、負けを認めるという選択肢が、ユーナの中にはなかった。

 「降参」ということばに驚くほどに。


「ソル」


 短く、仮面の魔術師が注意した。

 ソルシエールは頬を掻く。


「やー、だって、かわいそうじゃないですか。死に戻ったこともないんでしょ? 痛いのはつらいんじゃないかなーって」

「いえ」


 ユーナは否定した。

 痛みなら、もう十分知っている。慣れているわけではないけれど。

 幻界このせかいに来てすぐ、アシュアに癒してもらった。身体から急速に、命の欠片を吸い出されたことがあった。身体の奥にまで、魔獣の爪を受けた。動かない体を止めるために、腹部に痛烈な打撃を加えられたこともある。

 現実世界リアルでも、抗えない力を、奪われた自由を、その無力と痛みを味わった。


 どうして、ペルソナがわざわざ何も言わずに「訓練場」に連れてきてくれたのか。ようやくわかった気がする。

 最初から、彼はわかっていたのだ。


 ことばでは足りない、と。


 ソルシエールだけではなく、アシュアの仲間である彼自身も、ずっと、ユーナに問いたかったのかもしれない。


 ちゃんと、強くなったのか? と。


「強がらなくったっていいのに。

 ここであなたがあたしとの勝負で負けちゃうより、いいと思うんだけどな。

 ――あたし、攻略板に書いちゃうよ?

 師匠にお膳立てされた模擬戦で、それでも負けちゃった従魔使い(テイマー)さん、かわいそー。

 せっかく青の神官様に助けてもらったのに、ざんねーん、ってね」


 ソルシエールがふざけた口調で言い募る。どんどん仮面の魔術師のまなざしが鋭くなっているのを知っていて、それでもやめない。

 これは、このひとなりの優しさだと、もうわかっている。

 本当に、師弟揃ってそっくりだと、ユーナは口元を緩ませた。


「あなたが、『自分よりもレベルの低い従魔使い(テイマー)に負けた』なんて、わたしは書きませんから、安心して下さいね」


 まさかのユーナからの切り返しに、魔女は驚きのまま、杖をユーナに刺すように向けて訊ねた。


「……なっ!? あなた、あたしに勝てるつもりなわけ!?」

「負けたくは、ないので」


 それなら、勝つしかないよね。


 口にしなかった後半の台詞は、自分の覚悟にして胸の中に落とし、ユーナは森狼を見る。落ち着いた青と黒のまなざしを返され、彼女は頷いた。

 そして、仮面の魔術師に向き直り、宣言する。


「全力で、がんばります」


 仮面の奥の、暗い赤が。

 ほんの少し、和らいだ気がした。

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