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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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心の、動き


 解散直後、「今日は疲れたから寝る」とフィニア・フィニスは早速部屋を取っていた。それをセルウスが追いかけて同室を希望し、蹴り飛ばされるところまでがワンセットである。そういえば、あの蹴りで警告イエローにはならないのだろうか。


幻界ヴェルト・ラーイでは、旅行者プレイヤーの心理をシステムが理解しているような気がしますね」


 部屋の確保を先にと、受付を済ませたシャンレンが戻る。ユーナがふたりの様子を不思議そうにながめていたのに気づいたのか、彼女の耳元で囁いた。


「ですから、友人同士の少しのじゃれ合い程度なら、警告イエローにはなりません。

 先ほど、ユーナさんの首飾りをペルソナさんが取り上げた時、ウィンドウが出たようでしたが」


 ユーナの頷きを受けて、シャンレンはことばを続けた。


「通報を選ばなかったでしょう? あれが自動的に行なわれるようになるんです。まあ、仲がいい、ってことですね」


 なるほど、とユーナは納得した。

 確かに、男子同士の軽いじゃれ合いで警告イエロー続出では、メインクエストどころではなくなる。同じことが、恐らく性的嫌がらせ(セクハラ)にも言えるのだろう。気持ち的に許している間柄なら、警告は発されることがないということだ。


 シャンレンは手を伸ばした。ゆっくりとした動きで、ユーナの左手を取る。小さく息を吐き、彼は笑みを深めた。


「これくらいなら、ユーナさんも私を拒絶しないみたいですね。よかった」


 途端に、リリリリリ、と警告音アラートが鳴り響き、ウィンドウが開く。


『シャンレンから接触されました。利用規約違反の性的接触行為として通報しますか? はい いいえ』


 ユーナは慌てて右手で「いいえ」をタップする。

 瞬く間にシャンレンの表情が暗くなった。


「――ダメみたいですね。通報しないでいただいてありがとうございます……」

「い、いえ」


 営業スマイルに戻ることもできず、シャンレンが苦笑を漏らす。そして、気を取り直してユーナの左手を持ち上げた。

 胸元の高さまで引き上げられたその手の、中指には、銀色の指輪があった。水を物語る透明な青色の石が煌いている。


「どなたからの、プレゼントですか?」


 問いかけに、ユーナは首を横に振った。


「いえ、これは水霊ヴァルナーの……」


 しかし、シャンレンは答えを待たずに指輪に触れる。彼は大きく目を見開き、反射的にユーナの手を放した。シャンレンの右目には、今も片眼鏡モノクルがかけられたままになっている。「鑑定」されたことがわかったが、その反応にユーナは首を傾げた。


「すみません、こちらも」


 次いで、その指先が、牙の首飾りに触れる。断りを入れられたためか、次は警告が出なかった。

 それも一瞬だけで、すぐに彼はその手もひっこめた。


「ちょっと、メールしますね」


 本来の調子に戻ったのか、シャンレンは営業スマイルを浮かべた。その右手が宙を舞う。

 早速届いた文章を見ると、この上もなく用件のみだった。



 水霊の指輪

  耐久度(百/百)契約解除まで増減なし

  契約者:(隠蔽につき非表示)

  水霊の化身。契約の証。封印中。

  基本MP上昇効果+百

  調整効果:(隠蔽につき非表示)

  特殊効果:(隠蔽につき非表示)


 森狼王の牙の首飾り

  耐久度(百/百)調整済みのため、耐久度回復

  作成者・調整者:ペルソナ

  エーデノウトの革紐・森狼王の牙・ルスキニアの魔石で作られた首飾り

  基本MP上昇効果+五十

  調整効果:敏捷補正+十

  特殊効果:森狼系従魔に対する「回復」「支援」「共鳴」効果アップ



 衝撃的な内容で綴られたメールだった。ユーナは呆気に取られて、文章を二度見する。とんでもない数字と効果が見えているのは、間違いなかった。使ったことのあるアクティブスキルが融合召喚ウィンクルムのみなので、MPの上昇にも気づかなかったユーナである。


「どちらも、絶対に、商人に触らせないように。くれぐれも気をつけて下さい。特に左手は握らせてもダメですからね」


 自分のことは思いっきり棚の上に放り投げ、シャンレンは念押しした。ユーナは素直に何度も頷く。

 そこへ、同じく受付を済ませた紅の魔術師がやってきた。ふとシャンレンの顔を見て呟く。


「そうか、シャンレンと同じ部屋でもよかったな」

「あー、そうですね。今からでも変えてもらいます? たぶん少し安いですよ」

「面倒だからいい」


 惜しいことをしたとシャンレンは残念がる。

 ユーナは首を傾げた。今まで個室以外を使用した経験がない。


「個室じゃないのもあるんですか?」

「もちろん、ありますよ。ログアウトが前提でなければ、二人部屋とか四人部屋のほうが宿代は安く済みます。気にしないひとは男女一緒に寝泊まりしますし、同じPTで男女に分かれて泊まることがいちばん多いかもしれませんね」


 PTで宿を取ったことがないユーナにしてみると、初耳な内容だった。最も、見た目の性別で分かれてしまうとフィニア・フィニスと一緒の部屋になるので、それはそれで困る。

 思考をめぐらせていると、足に軽く森狼の尾が触れた。すっかり空気になっていたが、アルタクスがいた。それなら同室でもいいような、やっぱりよくないような……。


「私はこれから商人ギルドに行ってみます。ユーナさんも先に部屋を取っておくほうがいいですよ」


 そして一礼し、シャンレンは宿を出ていく。

 後を追うように仮面の魔術師も身を翻し……ユーナは咄嗟に、その紅の術衣ローブの端を、握った。

 ピンと張った術衣に、紅の魔術師は足を止める。振り返り、ユーナを見た。不思議そうなまなざしに、彼女は意を決して口を開く。


「あ、あの……ソルシエールさん(あのひと)のところ、行くんですか?」


 ペルソナは、小さく溜息をついた。


「――話すことはないが」


 それは微妙な返事で、肯定か否定か、ユーナには判断がつかなかった。

 困惑が伝わったのか、紅の魔術師はことばを重ねる。


「放置しておいて、これ以上邪魔になると困るからな」


 会いにいくという意思が伝わってきて、ユーナは一緒に行ってもいいかと尋ねた。今度はペルソナが首を傾げた。心底不思議そうな様子に、ユーナもことばに詰まる。実際、気にはなるが、だからと言って会って何を話せばいいのかもわからない相手だ。


 ――わたしが、助かりたいって思ったから……アシュアさんは、善意で、助けてくれたんです……。


 脳裏に浮かんだそのことばが、どれだけ無意味なものなのか。

 自分自身でもよくわかっていた。

 どんなことばであったとしても、ソルシエールがアシュアに対して下した評価を覆すほどのものではないだろう。

 今ここに、死に戻ることなく、ユーナが生きていること……それは事実である。法杖だけではない犠牲をアシュアに支払わせたことに、どれだけユーナが悔いても、もう遅い。

 そして、彼女の行為を、ユーナは絶対に「余計なことだった」とは言いたくないし、言う気もなかった。


 ……ソルシエール(かのじょ)に会って、わたし、何がしたいんだろ……。


 紫のまなざしに切実な色を見つけ、次いでそれが迷い始めるのを見て、紅の魔術師はユーナのことばを待つのをやめた。


「体は、大丈夫なのか?」

「は、はい。もうすっかり。今ちょっと、移動の疲れで疲労度スタミナゲージ黄色イエローですけど」

「そうか。先に部屋を取るといい。……ここで待っている」


 それ以上特に理由を問うでもなく、魔術師はユーナを受付に促した。背中を押され、一つ頷き、ユーナは赤い術衣を手放した。身を翻す彼女を追い、森狼も続く。

 シャンレンがPTを解散しても、アルタクスとのPTは解散されない。ステータス表示も当然、二つの名前が存在している。

 従魔使い(テイマー)従魔シムレースは、基本同一PTでしか動かないものなのかもしれない。今まで一度でもPTを外れたことがない。

 ユーナはぽつりとPTチャットで呟いた。


「ごめんね、疲れてるのに」


 そして、いつも通りに森狼は鼻を鳴らす。気にするなと言われたように受け取り、ユーナは少し安心しかかってやめた。何となく、アルタクスの反応を、自分に都合がいいようにしか受け止めてないだけではなかろうかと思ったのだ。

 もっとちゃんとしないと、と反省しかかった時。


「!」


 不意に、受付に立った彼女の後ろから、アルタクスはユーナの肩へと顎を乗せた。高さ的に可能ではあるが、初めてのことにユーナの体が強張った。受付の女性はもっと怯えている。

 驚いて横を向くと、べろんと肩口から頬を舐められる。


「ぁっ!? もうっ、何してるの!?」


 思いっきり生暖かい感触に、さすがに悲鳴が上がる。

 森狼はあっさりと顎を外し、明後日のほうを向きながら尻尾をぱたぱたさせていた。悪戯が成功したと喜んでいるように見える。ひどい。


「だ、大丈夫ですか?」

「えーと、はい。あれ、たぶんちょっとふざけてみたんだと思いま、す……?」


 頬を手の甲で拭いながら、ユーナは自分で口にして気付く。


 ――ふざける?……森狼アルタクスが!?


 こんなふうにじゃれつくことも初めてで、驚きのあまりユーナは再度森狼を見る。変わらずアルタクスは尻尾をぱたぱたとさせていた。その後ろ姿がカワイイ。

 じんわりと、胸の中にあたたかさが生まれる。


 ようやく、「手懐け(テイム)」できた気がした。


 そして、同時に。

 ユーナの中にあったわずかな不安は、跡形もなく吹き飛んでいた。

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