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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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 彼は即座に扉を閉め、自身は影として窓辺から映らないように棚のほうへと移す。そして、店内のほうへ向けて、仮面に覆われた顔の下、その口元に長い指先をあてた。


 静かに、ってあなたがいちばん賑やかですが。


 ユーナの内心のツッコミなど知る由もなく、紅蓮の魔術師(ペルソナ)はそのまま扉の外を警戒しているようだった。

 しばしの沈黙が流れる。

 扉は閉まっていたが、風通し用に窓が幾つか開いているためか、誰もが息を潜めて音を拾っているせいか、微かに……本当に微かにだが、女の子の甲高い声が聞こえたような気がした。ユーナには、その内容ははっきり聞き取れなかったが。

 それすらも完全に聞こえなくなり、紅蓮の魔術師は小さく溜息を吐いて棚から身を離す。そして、カウンターのほうへと歩き出した。手には先日も見た木製の杖を持ち、顔には紅蓮の仮面、頭から靴の先まで真っ赤な術衣に身を包む魔術師を見て、店主はドン引きした。


「何だあ? 知り合いなのか?」


 やや小声で、ラリクスがシャンレンに問う。あはは、と乾いた笑いをこちらも小さく上げながら、彼は答えた。


「見た目はアレですけど、とても優秀な魔術師ですよ。ペルソナさん、どうしたんですか?」

「――ちょっと、な」


 ぼそりと、低い声が答えになっていない答えを返す。

 カウンターの前に四人も陣取っているため、やや手狭になっていたが、彼は気にすることなくユーナのほうへと足を進めた。あわててユーナは椅子から立ち上がる。


「ふふっ、何だかお久しぶりな気持ちになりますね」

「……ああ」


 紅蓮の魔術師(ぺルソナ)の細い長身を見上げると、何となく懐かしい気分になり、ふんわりと笑みが零れた。

 しかし、ユーナの紫のまなざしを受けながらも、彼の仮面の奥の暗めの赤は、更に下に落ちていく。すなわち、ユーナの胸元を、注視していた。


「どうした?」


 詰問に、ユーナは意味がわからず首を傾げた。息をつき、ペルソナの杖を持たない手が上がる。それがユーナの胸元、牙の首飾りに触れて、ようやく彼女も思い至った。


「え……と、実は、一個使っちゃって」


 牙の首飾りは、ペルソナが作成してくれたものだ。

 森狼王フォレスト・ウルフ・キングの牙二本と、緑色の魔石、アシュアに提供された魔獣の革紐で作られた一点ものである。本来はバランスよく中央に魔石が輝き、両端を牙二本が囲うような作りになっていたのだが、今は融合召喚ウィンクルムの媒介として使用したため、牙は一本だけになっていた。片方が落ち込んでいるような状態になっており、それを見咎めたのだろう。


「そうか」


 納得できたのかできていないのか、よくわからない淡々とした頷きが返された。

 そして、その指先は離れ……ていかず、ユーナの首飾りのトップをまとめて握る。くるりとそれを肩の後ろに回され、そのまま落とされた。重力に従って首飾りは反対側を向く。革紐しか見えない状態となり、ペルソナはその革紐に指をかけた。強く引かれ、一瞬、ユーナの首筋にちりっとした痛みが走る。長く引かれた革紐をユーナの頭の上へと回し、ペルソナは首飾りを奪い取った。

 リリリリリ、と警告音アラートが鳴り響く。


『牙の首飾りを盗まれました。通報しますか? はい いいえ』


 慌ててユーナは「いいえ」をタップした。


 盗むようなひとじゃないし!


 呆気に取られている面々の前で、ペルソナは杖をそのあたりに適当に立てかけ、長い指先で革紐をほどき始める。そして、いきなりその場に屈んだ。ユーナの座っていた椅子の座面に首飾りのパーツを並べ、道具袋インベントリからキリのような道具を出す。

 その手際の良さに、ユーナたちはもちろん、精算の手を止めたままシャンレンも店主も見入っていた。

 再び、革紐にパーツが通されていく。

 まず、森狼王フォレスト・ウルフ・キングの牙を通し、そしてキリのような道具で複雑な形に結び直す。更に魔石を通し、編み込んでいく。牙の真上に魔石が配置される形となり、偏りがなくなった。そして、やや短めの革紐が新たに取り出される。首飾りになるように革紐の端をクロスさせ、二重にして輪の形にする。二重になったっ部分へ、短めの革紐を更に結わえていった。複雑な形に革紐は編まれていき、端を始末する。元々の革紐のほうも両端に玉どめを施し、ようやく作業は終わったようだった。道具を片付けていく。

 首飾りを持って、彼は立ち上がる。

 ユーナの頭に掛けようとする素振りを見て、掛けやすくなるように彼女もタイミングを合わせ、僅かに頭を下げた。胸元に落ちた首飾りのトップはとてもバランスが良いように見える。ペルソナの指先が彼女の髪を払い、革紐の長さを首の後ろで調整する。先ほどの追加の革紐は、長さ調整のための仕掛けだったようだ。ちょうど胸の上あたりで留まるようにしてくれた。


「うれしい……ありがとうございますっ」


 ユーナのはしゃいだ声に、ペルソナの口元が緩む。


「なあ、細工師じゃないのか、あれ?」

「あー、そうですね。確かに、これほどの腕前とは存じませんでした……」


 フィニア・フィニスの問いかけに、シャンレンは苦笑する。まさか、あの首飾り作成者が彼だとは予想していなかったのだ。ただ、考えてみたら、確かに可能性がいちばん高いのも、彼だった。

 魔術師の多くは、詠唱を短縮するために杖に術式を刻み込む。そのためにアンテステリオンの魔術師ギルドで大抵、細工師のスキルマスタリーを得るのだ。そこからどこまでスキルアップできるのかは、個人による。彼の場合、杖に術式を刻み込む以外の細工にも能力が発揮できるということだろう。

 ただ、シャンレンには簡単に予測がついた。彼は、友人のため以外にその腕を振るわない。商売としては成り立たない存在だと。


「よし、これでどうだ?」


 そのタイミングで、戦利品ドロップの精算が終わった。シャンレンはラリクスから代金を受け取り、そのままユーナに手渡す。彼女は手数料としてちゃんと五パーセント分の硬貨を支払った。そして、シャンレンに手元に残しておくようにと言われた魔石や素材は、道具袋インベントリに逆戻りさせる。それでも結構な対価が得られ、ユーナは安堵した。


「それでは、そろそろ出……ても、大丈夫ですか?」


 店主に代理売却の場所代を支払ったシャンレンがその場で問う。特に、仮面の魔術師(ペルソナ)に向けられた問いかけだった。複数の視線を向けられ、杖を握り直して彼は一つ頷く。


「もうこのあたりにはいないはずだ」

「では、どこかで食事でも如何です? 最前線の状況をお聞かせいただけると助かります」

「あ、すごく聞きたい」

「僕も僕も!」


 シャンレンの誘いに、フィニア・フィニスとセルウスも口々に賛意を示す。しかし、ペルソナは口を噤んだ。その間に、交易商は悪魔の囁きを吹き込む。


「あなたも、ユーナさんの従魔シムレースのこと、気になっているのでは?」

「――わかった」


 その一押しに、あっさりと落ちる。

 ユーナは首を傾げた。


「そう言えば、どうしてここに?」


 適当に逃げ込む先にしても、鍵がかかっているかもとか考えなかったのだろうか。そもそも、偶然にしてはできすぎと思っていたユーナの問いかけに、あっさりと彼は答えた。


「でかい看板が座っていた」


 従魔アルタクスが軒先に座っているのを見て、駆け込んだようである。

 なるほどと全員が納得した。確かに、唯一無二の看板である。

 その時、目の前にPT要請が飛んできた。勧誘者はシャンレンだ。


「念のため、ここからはPTチャットにしましょう。特に最前線の事情やユーナさんのことは、機密事項多そうですからね」


 彼の提案に己の所業を思い出し、ユーナは躊躇いなく「はい」をタップする。直後、視界にPTMとして六つの名が並び、何となくうれしくなった。このままクエスト(おでかけ)できたらいいのに、と思うほどだ。


「げ……二十九?」

「もうすぐカンストですね」

「ユヌヤのボス戦で上がったばかりだからな。まだカンストにはほど遠い」


 ユーナと異なり、フィニア・フィニスたちにとってはペルソナのレベルのほうがよほど気になる情報だったようだ。後衛だが、高火力職の魔術師ペルソナが二十九になったばかりとなれば、おそらく他の面々も同じか、それより低いレベルだろう。王都への道を考えた時、多少躊躇うのかもしれない。ペルソナの声は、やや先が思いやられる響きを持っていた。


 まず、シャンレンが扉を開ける。周囲を警戒し、外へ出ていった。大丈夫ですよ、と声を掛けられてから残りのメンバーも外へ出る。既に森狼アルタクスは立ち上がり、ユーナを待っていた。

 まだ、街壁の向こうに、微かに太陽の名残が見えている。それでも、だいぶ暑さは和らいでいた。風が心地よく広場を抜けていく。


「暗いところで見ると迫力あるなあ」


 セルウスの声が、やけに響いて聞こえた。閉門したためか、転送門広場は多くの街灯が灯っていたが、人もまばらになっており、やや閑散としているように見える。当然、露店など一軒もない。商店も殆ど閉まっていたが、食事処や宿屋に見える店は、今も軒先に看板が下がっていた。


『セルウスさん、PTチャットですよ』

『あ、ごめん』


 注意したシャンレンが先に立ち、馴染みだという宿屋へと一同を案内してくれる。広場を抜けた北側、水路に面した大きめの宿は、街壁によく似た石造りの建物だった。三階建てで、一階が食堂らしく、開かれたままの扉からは賑わいが聞こえてくる。


『ここは町ですから、宿の部屋が埋まることもあるんですよ。ちょっと空いてるか確認してきますね。えーっと、ログアウトされる予定の方、いらっしゃいますか?』


 互いが互いの顔を見合わせる。どうやらいないようだ。ユーナも幻界時間で丸一日以上はログインしたままでいられる。その反応を見て、少々お待ちをと言い置き、交易商は一人、店に入っていった。


「みぃつけたぁぁぁぁぁっ! ししょおおおっ!!!」


 後方から湧いた絶叫に、羽交い絞めにされた彼以外の全員が振り返る。

 そこには、仮面の魔術師(ペルソナ)と、その背後から彼をしっかりと抱きしめている、細い二本の腕があった。

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