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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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持ちつ持たれつ

 真っ先に、脳裏をよぎるのは彼らの安否だった。

 恐らく、その質問をシャンレンも見越していたのだろう。小さく首を横に振り、ことばを続ける。


「いえ、我らが青の神官、アシュア姐さんたちはご無事ですよ。討伐クエスト完了後、そのままユヌヤの転送門開放クエストに再度参加していましたから」

「アシュア……って、この前のひとだよな。杖なしで?」

「道理で、手馴れてると思った……」


 フィニア・フィニスたちを意識した発言を正しく理解して、黄金の狩人は愛らしい容貌を陰らせて問う。セルウスは討伐クエストでの連携を思い出したのか、感嘆の溜息をついている。


「とりあえず、各段にランクは落ちますが、別の法杖は都合しておきました。もともとお持ちだった法杖は銀のアルカロット製ですから、まったく同じ品の入手はほぼ不可能でしょう」


 入手不可能。

 そのことばが重く胸にのしかかる。

 ユーナが口を開くより早く、ラリクスが看板を下ろして店に戻る。


「他の客が来ないように、扉は閉めておくぞー」

「はい、わかりました」


 愛想よくシャンレンが応えるのに頷き、ラリクスは商品の整理を始める。乱雑に散らばっている雑貨を、見栄えするように並べ直し始めた。シャンレンは僅かに声音を落として、話を進める。


「王都イウリオスに向かったのは、ユヌヤの転送門開放を最初に行なった先駆者たちです。その王都への道筋でレイドモンスターに遭遇したために全滅した……と姐さんから伺っています。これがクエストなのか、それともイベントなのかは不明ですが……これまでと違い、移動の途中、フィールドでの戦闘になります。

 撃破されてしまった人たちはデスペナルティやランダムドロップで装備も喪失しているので、すぐにユヌヤには戻れません。まず、現実時間リアルタイムで考えても、今夜中の出撃にはならないでしょう。

 ――となれば、あなたがたの駆けつける余地があるわけです」


 軽く言い放つシャンレンに、セルウスは首を横に振る。


「そんな……アンテステリオン、マールト、マイウス、ユヌヤ……どれだけ先だか知ってて言ってるのか?」

「――私は、今回のレイドモンスターの出現に限らず、各地で多発している様々な討伐イベント自体が、運営の意図的なメインクエストへの攻略抑制だと考えています」


 淡々と続けるシャンレンの見解に、あからさまにセルウスは顔をしかめた。


「露骨すぎるだろうに」

「そうですね。でも、攻略組が後ろを大きく引き離しているのも事実です。今ユヌヤには、十人弱しかいないそうですよ。レイドなんて夢のまた夢です」


 全滅したPTは廃人の集まりだったという。

 既に全員がレベルカンスト、現在三十というつわもの揃い。しかも、最前線は現時点最高の装備を持っていたはずだ。それにも関わらず、ただひとりも逃げ出すことができずに全滅した事実を、シャンレンは重く受け止めていた。


「ですから、姐さんはユヌヤに一人残って、クエストボスの討伐に手を貸しています。最前線にはそもそも神官が少ないですから、どのPTでも大歓迎されるでしょう。

 シリウスさんから、話は聞いていますか?」


 若葉の瞳に問われ、ユーナはゆるゆると首を横に振る。そもそも、今日ログインする際にも何の連絡もしていない。てっきり、王都にたどりついて転送門開放クエストに突撃していると思い込んでいたのだ。


「攻撃職は経験値を吸われるかもしれないと、通常のクエストボスでは敬遠されがちです。ですから、シリウスさんたちはレイドボスのアルカロットを狙うと」


 そこにある意図を、ユーナは簡単に予想できた。できれば、法杖を得たいのだ。今のアシュアにふさわしい、ランクの高い法杖を……。


「他の開放済みの方々も、似たようなことを考えているはずです。レイドボスの撃破は、レベル上げにもアルカロット狙いでも美味しいですからね。そうなると、今の各地の転送門開放は楽になるわけです」


 攻略組の面々が、ボス撃破に力を貸す。

 それはとてつもなく、魅力的な状況だった。

 ヴェール討伐における彼らの活躍は、おそらく参加してなくてもいつかは倒せる程度のものだったかもしれない。

 だが、いなければ、どれだけ時間がかかっただろうか。

 どれだけの犠牲が生まれたのだろうか。

 レイドに対する経験というものは、それだけ得難いものだと、ユーナは身を以て知っていた。


「各転送門開放クエストで必要な戦利品ドロップは、すぐに集めます。お金で解決できることは解決してしまいましょう」

「……アンタに、それ何の利点メリットがあんの?」


 心底不思議そうに、フィニア・フィニスが問う。待っていましたと言わんばかりに、シャンレンは営業スマイルを浮かべた。


「もちろん、give-and-takeです。ここからユヌヤまで駆け抜けていく中、皆さんは恐らく多くの方々とすれ違うでしょう。そこで、商人や薬剤師、鍛冶職人、細工師など生産を本職にする旅行者プレイヤーがいたら、私に教えてほしいんです。

 名前とID、どこで見かけたかをできるだけ早くメールしていただけると助かります」

「あー、だからフレンド? その程度ならいいけど」

「たったそれだけ?」


 フレンド登録要請のウィンドウが現れたのだろう。フィニア・フィニスの指先が宙をタップする。一方でセルウスは疑いのまなざしをシャンレンに向けていた。営業スマイルが怪しさ爆発なのは、ユーナも何となくわかる気がした。

 シャンレンは指先を頬にあて、少し傾けて考える素振りを見せた。


「そうですねー……アルカロット産でご不要な装備があれば、適正価格で引き取らせていただけるともっとうれしい、ですかね」


 そのことばを聞き、セルウスは小さく溜息をつき、フィニア・フィニスと同様に宙へ指先を走らせた。礼を言うシャンレンに、口元を引き結んでセルウスは言う。


「――目のつけどころがすごいな、交易商って。今、後続組でいちばん目立ってるのが姫とユーナだって、ちゃんとわかってる……」

「お褒めに預り光栄です。まちがいなく、生産職は後続組にいます。あなたがたに接触してくる可能性が最も高いのも、織り込み済みですよ」


 ただの善意と誤解していたユーナは唖然とした。

 そうだ、シャンレンってこういうひとだった……。

 にこやかに営業スマイルを振り撒き、彼はカウンターの上の戦利品ドロップを小袋に片付けていく。三つ用意されようとしていたのを見咎めて、セルウスが口を挟んだ。


「ああ、僕の分はいい。アンテステリオンはクリア済みなんだ」

「え、クリアしてるのに、つきあってくれてるの?」

「姫がいるんだから当たり前だろう」


 セルウスのことばに、改めて彼の最優先事項を思い出す。

 ごもっともです。


 シャンレンは二つの袋をそれぞれ、ユーナとフィニア・フィニスに手渡した。代金を支払う。

 その精算作業を終えると、彼は改めて複数の貨幣をユーナに差し出した。


「こちらは、先日の精算分です。また代理売却がご入用なら、今引き受けますよ?」

「え、でも、もう閉店していますよね?」


 テイマーズギルドで多大に散財したユーナにとって、たいへんありがたい申し出だった。ここまでの道筋で得られた戦利品ドロップを換金できれば、今後の旅費としてゆとりができる。

 店内にはいるものの、もう閉店作業に取り掛かっている店主を見て、ユーナはシャンレンにできるの?と首を傾げてみせた。彼はにこやかに店主へ声をかける。


「ラリクス、売却したいんですがいいですか?」

「お前が頼んでくるなら何でも引き受けるぞ!」

「だ、そうです」


 交易商のコミュニケーション能力ってすごい。

 道具袋を腰から取り外しつつ、ユーナは改めてシャンレンの存在の大きさに感じ入っていた。そして、間に合ってよかったと思った。

 もしユーナに会わなければ、きっと、アイテムとお金を置いて、シャンレンはあてどなく生産職探しにひとり奔走していた気がする。

 その、生産職探しをする理由も、恐らくアシュアのためだろう。

 ランクの低い法杖を使いながら、それでも今、彼女は誰かを守り、癒し続けている。

 早く、行かなければと、気ばかり急いてしまうのは仕方なかった。


 ――バン!


 唐突に、商店の扉が力強く開かれた。

 その音に驚き、店内の視線がそちらに向く。

 飛び込んできたのは、目にも鮮やかな……紅蓮の、魔術師だった。

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