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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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隠蔽

 声のほうへ振り向くと、木漏れ日の下に、人影を見つけることができた。

 同時に、地図マップ上に、緑と淡い青の二つの光点が出現する。緑はNPCノンプレイヤーキャラクター、淡い青は旅行者プレイヤーだ。


「マジありえねえ。同類のくせに、俺らのこと気づかなかったのかよ……」


 右手に革の鞭を輪にして持ち、反対側の手で紫色の髪を掻き上げる。深々と溜息をつく仕草で、彼が心底うんざりしているとわかった。紫紺の袖なし長衣から伸びる腕は細く白く、薄暗い周囲とのコントラストが眩しい。黄玉の瞳を細めて睨みつけている少年……そう、彼は、ユーナよりどう見ても年下の男の子だった。いいところ、中学生ほどに見える。

 状況が読めず、ユーナはとりあえず困惑を表に出さないように気をつけて視線を合わせる。今はNPCであっても、いつレッドに変わるかはわからない。彼女の警戒心を感じ取ったのか、森狼がユーナの傍に身を寄せた。


「うわー……旅行者プレイヤーだよねぇ?」


 場の緊張感を打ち砕いたのは、少年の影に身を伏せていた、もうひとりの声だった。

 感激を表して両手を前に組み、立ち上がる。大きな碧玉のまなざしと、たゆむソレにユーナは息を呑んだ。


 ――第一印象は、胸だった。



 アシュアも自分もまあ、普通なほうだとして。

 フィニア・フィニスは幼いのだから仕方ないとして。(そもそもアレだし)

 グラースはスレンダーさがかっこいいわけで。

 よって、今まで関わってきた女性の中で、アニマリートが最も……だったのだが。



 それ、オーダーじゃないと売ってないサイズですよね?と問いたくなるほどの豊かなバストは、それだけを支えるためにあるような肩丸出しの革鎧に支えられ、下は真っ白のホットパンツからすらりとした足が伸びていた。薄い緑色の髪は長く、腰まで流れている。


 ユーナは言いようのない敗北感を感じ、恐怖すら覚えていた。


「狼さんと一緒ってことはぁ、ひょっとして、この前の討伐クエのぉ!? やだぁ、アタシ超ラッキー♪」

「どこがラッキーなんだよおめえはよ!? もう何日このへんうろついてんのか忘れたのか!!?」

「あはははは~♪ 忘れてないよぉ。えーっと、三日くらいかなぁ?」

「お前待ってるあいだ込みで十日は経ってんだぞ!」

「そう言えばそうだったねぇ」


 アルタクスとユーナを見て、木製の腕輪に包まれた両手でガッツボーズを取りながら喜んでいる女性に、少年は心の底から怒鳴っていた。怒られて、誤魔化すように彼女は笑う。

 その和み具合に、ユーナはかえって頭が冷えた。タイミングを見計らい……今なら、と身を屈めた。


「拾うなよ。まだお前が敵じゃないって、俺は認めてないからな」


 手がマルドギールに触れるより早く、少年の注意が飛ぶ。ユーナはそのまま動きを止めた。

 しかし、再度女性の声が上がる。


「何言ってんのよぉ。どう見ても通りすがりじゃん。隠蔽してたアタシたちに気付くなんて、よっぽどの高レベルの索敵でもないと無理無理ぃ。仕方ないよねぇ。いいから拾ってぇ」


 隠蔽、同類、何日も惑わす森に……。

 いくつかのキーワードが組み合わさり、ユーナは蒼白になる。


 これ、従魔シムレース探しだ……っ。


 ちらりと少年に目を向けると、舌打ちはしたものの、顎で武器を指し示す。拾っていいという許可を得、ユーナはマルドギールを握り、立ち上がった。


 先手必勝。

 脳裏に過ぎった四字熟語に、ユーナは従った。


「本当にごめんなさい! お邪魔しちゃうなんて思わなかったんです……っ」

「……あー、もういい。別にあれ、俺らの獲物って名前書いてたわけじゃねえしな……」


 謝罪したユーナに、小さく溜息をついて少年が言う。いろいろ諦めが入った声音に頭を上げると、既に彼はユーナたちに背を向けていた。


「ほら、奥行くぞ」

「え~~~!? もっとお話しようよぉ」


 超絶不満げに声を上げる彼女に、足を止め、再度少年は怒鳴る。


「俺はいい加減帰りたいんだよ! おしゃべりしたけりゃ先に依頼キャンセルしろっ!」

「やだよぉ。すんごく高かったのにぃ、あきらめられるわけないじゃん~。絶対ゲットするんだからぁ……あー、しょうがないかぁ。んじゃ、前で(・・)会いましょうねぇ~」


 軽く手を振って、彼女もまた身を翻す。が、数歩進んで、ユーナへと顔を向けた。その表情は先ほどまでの笑みはなく、至って真剣なものになっている。


「――ソロで行くならぁ、索敵は取っておくほうがいいよぉ。これはおねーさんからのぉ、ちゅーこく、ねっ」


 潤んだ口元に指先を置き、軽く片目を閉じ。

 口調と真逆の忠告(投げキッス)を残して、彼女もまた森の奥へと消えていく。


 比喩ではない。

 今、まさに。

 地図マップから、緑と淡い青、二つの光点が消失した(・・・・)


 完全に視認もできない隠蔽スキルの存在に、ユーナは戦慄した。もし、敵が不意打ちで初撃を当ててきたら……それはおそらく、致命傷となる。ユーナであれアルタクスであれ、同様だ。今のは敵意がなかったから気づかなかったと思いたいが、どこまで認識できるかはわからない。


 モラードと、ルーファン。


 ユーナは二人の名を意識に刻む。ルーファンのIDまで記憶することはできなかったが、あの外見アバターはとても忘れられそうにないので、問題ないだろう。むしろ、名前のほうをあっさり忘れてしまいそうだ。

 森の奥へ消えた二人の痕跡を探すように動かないユーナの背中を、森狼が小突く。


 ひょっとして、アルタクスなら。

 警戒スキルである程度、二人の存在を感知していたのかもしれない。

 同じPTであっても、意識的に相手に地図マップを表示しなければ、当然光点も表示されない。融合召喚ウィンクルムを使うことでお互いのスキルも自在に使用できる気がするが……使えないスキルを使ったとしてと仮定することがそもそも虚しいと、自嘲する。

 試す価値はある。ユーナはまず頼んでみることにした。


「アルタクスの警戒って……わたしにも見せられる?」


 尋ねると、森狼は不思議そうにユーナを見た。

 ユーナを見ている。

 ……やはり、ユーナを見ている。

 意図を汲もうとしてくれているのはわかったが、そもそもよくわからなかったようだ。ユーナはあっさりとあきらめた。


「やっぱり、警戒は感知系スキルなのかな……いいの、ありがとね」


 ぽんぽんと森狼の背を叩く。

 そもそも、従魔シムレースのスキルを簡単に扱えるのであれば、従魔使い(テイマー)はもっと世の中に蔓延はびこっていていいはずなのだ。ふと、「共鳴」ということばを思い出した。テイマーズギルドで幾度か聞いた、「召喚」の次のスキルである。感覚を共有できるとか、それ系かもしれないと思えば、楽しみが増える。

 ユーナが思いを巡らせていると、森狼は身を屈めた。乗れと示され、一つ頷く。

 バイクに乗る要領とは多少異なるが、二点で体を支えて飛び上がるところは同じだ。ユーナは軽々と身を躍らせ、アルタクスの背にまたがる。次いで、森狼は首をユーナのほうへ向けた。その口元に何かをくわえているようだ。手を差し伸べると、小袋が載せられる。


 ――カリディアの実。食用可。


 先ほどの森栗鼠フォレスト・スクァーレルの、戦利品ドロップのようだ。

 表示された文字を見ながら、小袋の封を少し緩めた。中には、きちんと乾燥した木の実がいくつか入っている。一つ取り出すと、森狼は横からそれをくわえて奪う。

 軽い音を立てて、殻が割れる。

 割れた木の実を吐き出すように、ユーナの手に戻してきた。器用だなあと感心しながら、割れた木の実を見る。匂いといい、形といい、胡桃そのものである。大きめの中身だけを摘まんで、改めて森狼に差し出すと、美味しそうに食べ始めた。残りの小さな破片をユーナも自身の口に入れる。炒ってもいない、生の胡桃だったが、優しい味に感じられた。おやつにいくらでも食べられそうだ。

 殻だけが残り、これは森に帰していいよね?と地面にポイする。そのうち、所有権が消えて消滅するのでごみ問題は発生しない。


「じゃあ、行こっか」


 ちょうどいい小休止になり、森狼も機嫌よく駆け出す。ユーナはその背に揺られながら、先ほどの旅行者プレイヤーに思いを馳せた。彼女によく似合う、装備だった。胸も何とかおさまっていたし、デザインも良い。アルカロット製だろうかと考えていると、不意に自分の服装も気になってくる。


 見下ろせば、いつかの制服でバイクよりもひどいありさまだ。ファンタジーなのだから、多少は許容できるし、今は森の中だから、誰かに見られることはまず、ない。

 が。

 外套を翻しているものの、ユーナが着用している服は、あくまで短衣である。すなわち、脚衣などの装備はなく。


 アンテステリオンに到着する前に、森狼からは降りよう。

 そして、ホットパンツっぽいのを探そう。


 ファンタジー世界なので、あの胸殆ど丸出しに比べれば、足丸出しは気にしなくてもよい気がするものの……リアルの知り合いが二人もいる関係上、身だしなみには注意したいユーナだった。

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