特別依頼
食事を終えたユーナの前から、食器が片付けられてすぐ。
テーブルには巻物と武器がいくつか並べられていく。
巻物をとじている紐の色は赤と青の二種類あった。じっと凝視すると、赤い紐の巻物には『スキルスクロール』と書かれていた。内容はそれぞれ、『スキルマスタリー:従魔回復』、『スキルマスタリー:従魔支援』、『スキルマスタリー:調理師』、『スキルマスタリー:細工師』、『スキルマスタリー:調剤師』とある。青い紐の巻物は『スペルスクロール』だった。こちらは『初級精霊術:水』、『初級精霊術・火』、『初級精霊術・地』、『初級精霊術・風』とある。
スクロール?
ユーナが首を傾げると、それらを並べた本人が向かい側に座った。アニマリートが巻物の一つを指先で突っつくと、ユーナのほうへ転がっていく。紐の継ぎ目で、それは一周して止まった。
「ギルドに所属しているギルドメンバーは、ギルドランクが上がることで、ギルドから様々な恩恵を受けることができるようになるの。ユーナの場合はギルドランクが五だから……まあ、ちょっとこれ見てくれる?」
アニマリートの説明に合わせて、ウィンドウが開いた。
ギルドランク一から順に、解放されている項目が順次表示されている。
ランク一(到達条件:ギルドの仲介によりテイム取得後、従魔を得た従魔使い)
・ギルドホールでギルド所属者専用受付利用可(無料)
・ギルドから直接依頼を受けることができる(無料)
・ギルドに従魔を預けることができる(有料。数に制限あり)
・ランクに相当する装備・道具類の売買可(相応の対価要)
ランク二(到達条件:ギルドに対する貢献度アップ。もしくはギルドの仲介に寄らず、自力でテイム取得後、従魔を得た従魔使い)
・訓練場利用可(無料)
・訓練場利用時、訓練場に指導教官がいた場合のみ口頭指導を受けられる(無料)
・訓練場付属の宿泊施設利用可(有料)
・ランクに相当するスキルの習得、装備・道具類の売買可(生産系スキルスクロールを含む。相応の対価要)
ランク三(到達条件:ギルドに対する貢献度アップ。もしくは公的機関からの感謝状を贈られた従魔使い)
・支部内保管室利用可(有料)
・訓練場利用時、訓練場に指導教官がいた場合のみ実技訓練を受けられる(無料)
・相性の良い従魔候補を紹介する(有料。テイム失敗時も同額必要)
・ランクに相当するスキルの習得、装備・道具類の売買可(相応の対価要)
ランク四(到達条件:ギルドに対する貢献度アップ。もしくは従魔の宝珠の呈示)
・ギルドへ直接依頼を発注することができる(有料)
・指導教官から教練を受けることができる(無料)
・ギルドに従魔を預けることができる(無料)
・ランクに相当するスキルの習得、装備・道具類の売買可(従魔系スキルスクロールを含む。相応の対価要)
ランク五(到達条件:ギルドに対する貢献度アップ。もしくはギルドマスターの独自の判断によりギルドへの多大なる貢献が認められた場合、認定可)
・本部支部間銀行利用可(有料:最大金一枚。一回の出し入れにつき銅一枚)
・ギルド内宿泊施設利用可(無料)
・ランクに相当するスキルの習得、装備・道具類の売買可(各種スクロール含む。相応の対価要)
「……すごいですね」
表示された内容はランク五までであったが、それでもユーナには十分すぎる内容だった。
ギルドランクを意識したことすらなかったので、この充実ぶりには脱帽するしかない。ユーナが内容を確認したことを受けて、ウィンドウが消える。
「本来だったら、ランク五に到達するまで、相当時間がかかるんだけど……ユーナは星の巡りがいいのね。あっという間だったから」
アニマリートは苦笑して、巻物の一つを手に取る。
「これは、スクロールと言ってね。スキルや術式を覚えるための魔術具なの。ただ、作成にお金がかかる上に、通常このランクに到達しているひとは教練とかでも身につけていたりして、あんまり売れないのよね。でも、ユーナなら」
「ほ、欲しいです!」
「でしょ?」
得たり、とユーナの返答に微笑み、アニマリートはテーブルの上を見回す。
「ここにあるスクロールは、あまり補充とかしてなくって種類が少ないの。……売れないから、仕入れもしてなくって。
スキルマスタリーの意味わかる?」
「熟練度、とかですか?」
質問に質問を返すと、アニマリートは小さく頷いた。
「まあ、そんなものかな。ここにあるスキルスクロールは全部スキルマスタリーで、そのスキル系列を身につけるためのきっかけ、ね。
例えば、スキルマスタリー:従魔回復のスクロールを使用したところで、神術とか精霊術みたいに即、従魔を回復できるようになるわけじゃないの。
従魔のステータスが減少しても、私たち従魔使いの傍にいれば回復が早くなるのには気づいてた?」
「えっと、あれは限定なんですか? すごく早いなーって思っていました」
「ええ。あの回復速度が更に早くなる、って言えばわかりやすいかも」
従魔回復のスキル系統にも即時に影響の出るスキルがあるが、それはパッシブで従魔回復を使い続けた先に、熟練度が上がることによって取得が可能になるそうだ。まさに、きっかけでしかないスキルである。他のスキルマスタリーも同様だが、スキルマスタリーによって取得できるスキルの可能性が広がる、要するにスタートラインが変わるということはかなりのアドバンテージではなかろうか、とユーナは考えた。
「武器は使い続けることでスキルマスタリーが得られるけど、それ以外のスキルマスタリーは取得条件がわからないものが多いの。例えば、従魔系のスキルマスタリーの取得にはテイムが必須なのは当然だけど、どれくらい従魔と過ごせば取得できるのかは全く不明、とかね。まあ、それでもレベルが上がればそのうち取れるんだけど、運次第なところもあるから、待ってられないじゃない? それで手っ取り早くギルドの教練かスクロールで身につけられるようになってるの。スクロールはお金かかるけど」
一方のスペルスクロールは、それぞれの系統の中で初級精霊術に分類される全ての術式が込められているという。ただ、こちらは通常、従魔がその精霊術を扱えるかどうかが鍵になる。従魔が精霊術を扱うことができる場合、主である従魔使いも同じ系統の精霊契約は必ず成功する。従魔が精霊に願うことで可能になるという従魔使いならではの特権だった。ただし、契約が成功しても精神系のステータスが足りなければ、術式が発動しない。また、従魔に精霊術に通ずる者がいない場合、従魔使いは精霊使いではないので、精霊契約が成功するかがわからない。精霊契約したものの成功しなかったり、成功してもステータスが足りず、「買ったけどすぐには使えませんでした」という可能性があるので、ほぼテイマーズギルドで購入する者はいないそうだ。今どの系統の精霊術であれば適性があるか等はエレメンタラーズギルドに行けば視てもらうことができるので、無駄のないようにそちらにまで出向く。
ユーナは説明を聞いて、アルタクスを見た。凝視すると、森狼のステータスウィンドウが開く。レベルが十一にあがっている。おそらく、ヴェール討伐の際だろう。気付かなかった。属性は森・地属性と書かれている。しかし、精霊術に関係するスキルはおろか、アクティブスキルが何一つない。常時発動型スキルとして警戒があるだけだ。興味はあったが、精霊術はあきらめるべきかも、と思った。
「私とイグニスがいますので、火と水の精霊術なら契約を成功させられます」
「え? 主じゃないのに、そんなことできるんですか?」
「今回は、アニマリートの願いだからな」
グラースの申し出に驚くと、イグニスが特別だと言い添える。
アニマリートに視線を向けると、彼女は頷いた。
「ええ、二人は強力な精霊術の使い手だから、この場で精霊契約を行なえば間違いなく成功するでしょう。
――もちろん、条件があるけどね」
アニマリートはグラースから書類を一枚受け取った。それをユーナに差し出す。
特別依頼と銘打たれた内容に、ユーナは目を瞠る。
<特別依頼>
依頼者:テイマーズギルド・マスター アニマリート
内容:森狼との融合召喚の特性を研究する。
達成条件:融合召喚の利点と弱点を検証し、記録水晶へ報告する。
注意事項:完全に融合召喚を使いこなすまで、本部支部を問わずテイマーズギルドへの立ち寄りを禁じる。依頼受注者が意図的に注意事項に反した場合、本依頼は自動的に破棄される。
例外条項:依頼受注者が死亡もしくはレベル五十到達、融合召喚可能であった従魔の死亡もしくは三体以上の従魔との融合召喚が可能になった場合、依頼内容の成否を問わず、即、報告する。依頼者であるギルドマスターの死亡、もしくはテイマーズギルドによって特別依頼の一方的破棄があった場合、特別依頼は達成されたものと見做される。
報酬:金五枚及びギルドランク六への上昇。依頼受注後テイマーズギルドへの立ち寄りができなくなるため、別途前払い分としてスキルマスタリー従魔系二種を教練する。
ユーナが最も衝撃を受けたのは、「本部支部を問わずテイマーズギルドへの立ち寄りを禁じる」の部分だった。ギルドに所属しながら、一切ギルドからの支援が受けられない状態になる。ユーナの融合召喚のデータを記録水晶に送らないため、と理由はわかるが、駆け出し従魔使いでしかないユーナにしてみると、厳しい内容だった。
そして、もう一点。
「レベル五十って、今、旅行者のレベルキャップ、三十なんですが……」
「神殿からの通達、見てないの? 命の神の祝福が旅行者の能力上限を解放するっていう内容なんだけど」
アニマリートが小首を傾げた。
あわてて視線を動かす。メールのアイコンに意識を向けると、今までとは異なる、優美な便箋が開かれた。運営からの通知である。
――五月一日、レベル五十までレベルキャップ解放を行なう。詳しくは公式サイトを参照されたし。
シンプルな文面に息を呑んだ。
今、ユーナのレベルは十八である。先日話したシリウスのレベルが二十七、ユヌヤの転送門を開放した今は、もっと上がっているのは確実だ。このままでは更に――引き離される。
「このまま、ユーナをアニマリートの子飼いの従魔使いとして保護することも考えたが、命の神の祝福を受けし者を無闇に繋ぎとめるべきではないと判断した。特別依頼が気に食わなければ受注せずとも良い。裏門を開けるのでそこから逃げ出すもよし、ギルドホールの正面から旅立ち……人の欲の餌食になるのも、そなたの選択だ」
感情を押し殺したようなイグニスの声音と語られた内容に、ユーナは身を震わせる。
この依頼の受注が必要かどうか、という意味合いでは、必要なのだろうと思う。受注をしなければ、ギルド所属の際の誓約に違反してしまう。テイマーズギルドからの除名は避けたい。
そして、テイマーズギルドに立ち寄ったところで、NPCとの余計なトラブルが生じる可能性があるなら。
今はただ、前に進みたい自分にとって、これは最高の餞なのではないか。
森狼を見る。
アルタクスはユーナの足元に伏せていた。彼女の視線を受けて、そのまなざしが返される。静かな双眸に全幅の信頼を感じ、ユーナは頷いた。
「わかりました。この依頼、受けます」




