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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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閑話 流れ星


 明日提出の課題や予習を済ませると、五時半を回っていた。結名は明日の時間割を確認しながら、授業準備を整え始める。今日はもう先にシャワーを浴びてしまったので、思ったより早くログインできそうだ。クリアファイルを引き出しながら、結名は幻界ヴェルト・ラーイへと思いを馳せる。

 この高度情報社会の今もプリントを配るのは、世界史の授業である。クリアファイルの中には三枚ほど入っていて、それをスキャンしてデータとして取り込んでおく必要があった。そこで、クリアファイルの中にはさまった、プリントとは異質なメモに気付く。


 ……忘れてた。


 拓海のアドレスである。

 結名は携帯電話を取り出し、まずプリントを読み取り、データをタブレットに転送した。メモは携帯電話と一緒に置き、先に明日の準備を手早く済ませる。

 それから、携帯電話とメモに向き直る。

 開くと、とても綺麗な読みやすい文字が綴られていた。彼の名前、十一個の数字、@マークで区切られたメールアドレス、最後の一行に星の名前があった。SSシューティングスターのIDだ。念のため、と、電話番号とメールアドレスを携帯電話に登録し、結名は迷った。


 わたしのも、伝えないと、だよね……?


 連絡先を教わったからと言って、当然、教えなければならない義務はない。

 だが、伝えておけば、幻界ヴェルト・ラーイのイベントとか、彼が先に気付いたらきっと連絡してもらえるし、幻界ヴェルト・ラーイにタイミングを合わせてログインすることもできるしーと内心言い訳をする。


 初めてなのだ。

 男子のアドレスをもらったことが!(家族や皓星を除く)


 胸を高鳴らせながら、結名はSSシューティング・スターの画面を開いた。意を決して、拓海の星を登録する。


 ――Sadalsuud


 打ち込むと、相手の星が煌いた。これで、こちらのほうも相手に認証されたはずである。

 そして、流れ星(メッセージ)を打ち込む。


 ――こんばんは、ユーナです。

   わたしもSSしてるので、基本的にはこちらで連絡しますね。

   よろしくおねがいします。


 一応本名は避け、かなりバレバレではあるがキャラクターネームを入れる。

 メッセージの最後には携帯電話番号やメールアドレスをつけて、更にゲーム内での連絡にも使えるほうのアドレスも載せた。

 ちなみに星に表示される個人名は「Yuna」なので、どうとでも読める優れものだ。

 星を流しておいて、結名は達成感に満たされた。


 わたし、がんばった。


 次の瞬間、携帯電話の画面が着信を知らせた。

 表示名は、シャンレン、である。本名で登録しないあたり、結名自身も個人情報管理には気を遣っているつもりでいた。

 慌てて結名はウィンドウのバーをスワイプする。


「は、はい!」

『あ、藤峰さん? 小川です。連絡ありがとう!』


 少しくぐもって聞こえる、拓海の声。何か、ジュージュー、焼いているような音が混ざっている。


『今、晩御飯作ってて……スピーカーで話してるから、ちょっと聞こえにくいかも。ごめんよ』

「晩御飯?」

『うち、母子家庭だから、夜は基本、おれが作ってるんだよね。今日も母さん残業らしくてさ、とっとと作ってログインしようと思って』


 あっけらかんと家庭事情を暴露され、結名は反応に困った。

 流れた沈黙に、拓海が焦った声で続ける。


『いやっ、ちゃんと父さん生きてるからね!? ほら、よくある価値観の相違での離婚だから、気にしないで!』


 気にする。

 普通は気にする。


 結名は返答に困り、更に沈黙が流れた。しばし混ぜるような音が響き、パチン、とコンロの火が消える。


『――えーっと、藤峰さん? 聞こえてるかな?』

「う、うん」


 スピーカーから切り替えたのか、クリアな音声が届いた。

 結名が返事をすると、拓海の吐息が聞こえた。


『変な話したから、引かれたかと思った……』

「引いてないっ、引いてないから!」

『じゃあ、気を遣わせちゃったかな。ごめんね。

 うちの両親、離婚はしたけど仲良くて、おれそっちのけで毎月一度は絶対会ってるからさ。ちょっと普通じゃないというか……おれのほうはあんまり父さんに会いたくなかったりするからいいんだけど』

「えええっ!?」


 更にヘビーな会話が繰り広げられて、しかも父親には会いたくない発言に思春期を感じ、結名は思いっきり声に出して驚いた。

 一方で拓海は明るく返した。


『前、シャンレンでナイフの躱し方見せたの、覚えてる?』

「う、ん」


 いきなり話が変わったような気がして、結名は首を傾げながら返事をする。全部躱されて自分だけ疲れていたことまで思い出し、落ち込みそうになってきた。

 しかし、拓海はそんな結名に気づくはずもなく、ことばを続ける。


『あれ、親父の仕込みなんだよねー……ナイフだけじゃなくて、不死伯爵ノーライフ・カウントに使ったつぶても実はそうなんだけど』

「え……」

『会うたびに腕がなまってないか確かめようとするんだよ? それがウザくてさ。超笑顔なんだけど、マジ怖い。本気出して何とか逃げ切るって感じ。あれはたぶん、おれと野球のキャッチボールやってるような気でいるんだよ、きっと……』

「お、お父さん、自衛官とか?」

『医者だけど?』


 複雑すぎる家庭環境に、結名は絶句した。自分の父親がそうだったら困る。皓星なら喜んで修行しそうだが……。

 拓海の声はたいへん機嫌よく感じるので、これ以上は踏み込まないようにしようと結名は心に決めた。

 無理でも何でも話題を変えよう。


「お父さんがお医者さんってすごいねー。

 あっ、そういえば小川くん、晩御飯って何作ったの?」


 絶句したあとの唐突な質問に、さすがに拓海も面食らったようだった。

 少しの沈黙のあと、答えが返ってくる。


『――とりあえず、鰤買ってきたから、照り焼きにしたんだ。あとは春菊の白和えと、にんじんとごぼうのきんぴらと、油揚げと大根の味噌汁……普通だよ?』


 スペック高いよ!?

 晩御飯の支度は母と伯母任せな結名は、女子力に危機を覚えた。たまにオムライスを作って父親を大喜びさせる程度で、そのたまねぎも何だかみじんぎりにはちょっと大きめになるくらいなのに……。

 聞くんじゃなかったパート2に、結名は打ちひしがれる。

 もうHPが残り少ない……幻界ヴェルト・ラーイにログインしていないのに。

 メニューを聞き、大ダメージを受けたが、それでも結名は何とか素直な感想を返した。


「お、美味しそう……」

『母さん譲りのレシピだから、きっと美味しいと思うよ。今度レシピ渡そうか?』


 トドメがきた。

 クリティカルヒットである。

 HPの残量がゼロになった結名は、神殿に帰ることにした。


「あ、うん、ありがとー……あーっ、そろそろわたしもごはんかも!」

『そっか。アドレス、ホントにありがとう。じゃあ、また』

「またあとでねっ」


 終話、を押して、結名はベッドに体を沈ませた。


 教訓。

 気軽にリアルトークはやめましょう……。

 

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