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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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今、ここにあるしあわせ


 揃って爆笑され、結名は目を据わらせて睨む。

 その頬がリスのように膨らむのを見て、余計に笑いが止まらないふたりだった。


「もー、先帰るよ?」

「ごめんごめん」

「いや、そこまで否定されるのもアレだよね……」


 肩を未だに震わせているが、笑い声は止む。

 皓星はメットインから予備のヘルメットを取り出した。それを見て、結名は慌てる。


「ちょっ、皓くん、わたし制服だよ!?」


 思いっきりスカートである。あり得ない。


「あー、そっか。じゃあ歩いて帰るか?」

「バイクを押していくのは、たいへんでは? ユーナさんなら送っていきますよ」


 呑気に提案する皓星に、普通二輪を押して帰るという無謀さを指摘する拓海。

 その口調に、結名の表情が凍る。

 皓星は提案した拓海の顔を見つめていた。拓海はいつもの営業スマイルで視線を返しながら、問いかけた。


「おおいぬ座α星、ですよね?」

「小川くん……」


 おおいぬ座α星――太陽を除き、地球上から見える最も明るい恒星。別名、シリウス。

 彼の指摘に、結名は皓星の顔を見た。正しく訊かれた内容を理解した皓星は、眼鏡越しにもわかる冷たいまなざしを拓海に向ける。


「……誰だ(・・)?」

「いつもごひいきにしていただいております、商人ですよ」


 そして、鞄を足元に落とした。

 右手を握り、左手を皿のようにして胸の前で受け、彼は一礼する。

 ブレザー姿で見ても、そのしぐさは洗練されたものだった。

 皓星が息を呑む。


「ユーナさんの傍に、シリウスさん(あなた)がいることは存じておりましたから。こんなに早くお会いできて、光栄です」


 幻界ヴェルト・ラーイから現実リアルに出張してきた商人シャンレンは、にこやかにあいさつした。

 皓星は、結名の前に一歩踏み出す。彼女を背に庇うような動きに、拓海はうれしそうに目を細めた。


「ずっと……黙っているつもりでいたんですが。すみません。ついさきほどバレたばかりでして、浮かれています」

「小川くんは、クラスメイトなの。あの時、庇ってくれて、今日も……」

「今日も? 何かあったのか? 大丈夫なのか?」


 警戒感を露わにする皓星に、結名は背後から言い募った。聞き捨てならない話に、皓星が振り返る。大きく結名は頷いた。どこか墓穴を掘った気がする。


「うん、今日も庇ってくれたの」

「どうやって気づいたんだよ、こいつが……シャンレン(あれ)だって」

「えーっと……み、見てたら、何となく……」

「はあ?」


 激しく顔をしかめる皓星に、結名の視線が泳ぐ。具体的に訊かれると困る。拓海は楽しそうにこちらを見ているだけで、助けてはくれない。

 身じろぎすると、右肩にかけた補助カバンが少しずれた。

 結名は体操服を持っていたことを思い出す。


「あ、そっか。体操服、下に着てくるね。それならバイクに乗れるし」

「え……」

「ちょっと待ってて!」


 あとは男子同士で話をつけてよ、と言わんばかりに結名は鞄だけ皓星に預け、正面玄関へと駆け出す。待合室あたりにトイレがあった。そこで着替えよう。






 残った男子ふたりは、互いに視線を逸らした。


 ――下に着てたら、いいのか……?


 脳裏をよぎる疑問は、共通だった。






 拓海は、慌てて視線を戻し、正面玄関の奥へと姿を消す結名を見る。後を追うべきだろうと判断し、一言断りを入れようとした時、皓星が止めた。


「来客用正面玄関は原則、生徒立ち入り禁止だし、警備員の往来も監視カメラもある。今は大丈夫だろ」


 話は終わっていないというニュアンスを感じ、拓海は皓星を見る。

 幻界ヴェルト・ラーイのシリウスはかなり身長が高いが、皓星は自分よりも少し高いくらいで、それほどの差は感じなかった。殆ど正面に眼差しを受け止められる。

 結名によく似ている、と思った。

 皓星は小さく溜息をついた。


シャンレン(おまえ)が結名のクラスメイトとか、何かの冗談みたいだな」

「――私は、幸運だと受け止めていますよ」


 拓海のことばに、皓星は漆黒の眼差しを向ける。その冷たさは、まごうことなくシリウスのものと同一だった。彼は、最も大切なことを、端的に確認した。


「で、ちゃんと味方なのか?」

「もちろん」


 一瞬の躊躇いもない返事に、皓星の眼差しが融ける。安堵の色を見つけて、拓海は再度頷いた。


「今回の件は、私のせいでもあります。責任もって、対処します」


 その強い物言いに、皓星は怪訝そうに首を傾げた。


「土屋の件で? あー、別荘誘ったから?」

「実は、それだけではなくて……」

「土屋が結名を引きずって外に連れ出そうとした時、割り込んだ男子ってのが小川おまえなんだろ? 叔父さんたちが感謝してた。オレも――感謝してる」


 皓星は結名の鞄をメットインに入れ、ヘルメットを脱いだ。

 脇に抱え、頭を下げる。


「ありがとう。おかげで、結名が助かった」


 心からの感謝が、胸を締め付けた。

 拓海は唇を引き結び、首を横に振った。


「……っ、いえっ、間に合わなくって……」


 音を聞いた。

 結名が打たれた、音だったと思う。

 階段を駆け下りながらでも、彼女の名を呼べばよかった――。


 後悔に苛まれる拓海に、皓星は頭を上げて言う。


「思いっきり間に合ってるよ。

 結名が学校に来られたのも、幻界ヴェルト・ラーイに行きたがるのも、ちょっとした打撲程度で済んだからだろ。

 おまえのおかげだよ、ありがとな」






 結名が暴行を受けた、と聞いて。

 最悪の事態まで覚悟した家族にとって、今がどれだけしあわせな状況なのか。

 きっと、結名自身にも、彼にも、わからない。

 わからなくていいと、皓星は思った。






 結名が戻った時には、張り詰めた空気は完全に霧散していた。

 携帯電話を取り出して、穏やかにアドレス交換までしていて、その仲のよさげな様子に結名はまた膨れた。男子ってこういうところズルいなあ、と思う。

 皓星がこちらに気付き、声をかけてくる。


「おかえり。……それで乗るのか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと履いたし……一応、スカート、巻き込んで座ればいいんじゃない?」


 見た目は変わらないが、スカートの中は体操服の下である。見られても大丈夫と結名は胸を張った。拓海は視線を泳がせながら、言いよどむ。


「あの……一応、ここだと警備員から注意くるかもなので、乗るなら校門を出てからのほうがいいかと……」

「だな。行くか」

「うん。……小川くんも?」


 スタンドから下ろし、皓星がバイクを押して歩き始める。別れを言おうとして振り向くと、小川がちゃっかり後からついてきていた。結名の問いかけに、拓海は笑顔を見せる。


「すぐそこまで、ね。おれも帰るから」


 またあとで、お会いしましょう。

 シャンレンのことばで付け加えられた発言に、結名も笑みを浮かべて頷いた。


 また、あとで――幻界ヴェルト・ラーイで!

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