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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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諸刃の剣

 前髪が風に揺れている。見慣れた黒の色合いは、現実世界リアルな自分を思い出させた。陽に透かすと少し濃い緑が見えて、森狼の影響をまともに受けているとわかる。

 グラースの癒しが体に満ちる中、ユーナは今まで二人分あったステータスのPT表示が、今は一人分しかないと気づいた。状態には「融合召喚ウィンクルム中:アルタクス」とある。すべてのステータスが結合されており、高い値を示していた。しかし、癒しを受けて瞬く間にHPが緑へと変わっていく中、一方でMPと疲労度スタミナゲージが減少していくのは止められない。


融合召喚ウィンクルムっていうのは、本来従魔使い(テイマー)が主体になるんだけど……従魔使い(テイマー)従魔シムレースのステータスバランスによっては、従魔シムレースの精神が主導になってしまうこともあるの。今はたぶん、ダメージを受けてアルタクスが弱ったところでユーナが呼ばれたから、森狼かれが気を失っている状態……かな」


 客観的に言うアニマリートを、癒し終えたグラースが睨む。本日二度目の睡眠を邪魔された上に、他人事のように言う彼女に憤りを覚え、口を開く。


「そういったことを、予め伝えておかないからこうなったのでは? どうせ、森狼王フォレスト・ウルフ・キングの牙に浮かれたんでしょうが……イグニス、あなたがいながらこんなことになるなんて……」


 低いグラースの声音が冷気を纏う。

 イグニスの腕の中で、ユーナは目を閉じた。確かに、心のどこかでアルタクスを感じる。丸まった森狼は眠っているように思った。泣きたくなるほどの悲哀や後悔が湧き上がる。これは、自分のだろうか、それとも……。


「大丈夫か?」


 イグニスの問いに目を開く。ユーナの眼差しは、ほぼ紫に変化していた。痛みが完全に消えていることに気付き、彼女は慌ててその腕から起き上がる。


「だ、大丈夫です!」


 勢いよく大きく尻尾が地面をはたき、土埃をあげてしまう。イグニスは苦笑を漏らし、彼女の手を取って一緒に立った。続けて、服や尻尾に纏わりついた土を払ってくれる。ちゃんと触れられている感触があり、何だかくすぐったかった。


「慣れぬだろうが、最初だけだ。繰り返せば馴染む。

 問題は、ユーナが融合召喚ウィンクルムを扱いきれるかどうかだな」

「ユーナの素質の高さばかりに着目して、レベルの低さを甘く見た結果です。森の眷属も驚いたことでしょう」


 グラースの手がユーナに向けられ、目を細められる。口の中だけで術式が唱えられ、その音は聞き取れたものの、理解はできなかった。何かを見られているようだが、ユーナにはわからない。

 アニマリートは強く頷いた。


「すぐ戦闘態勢を取ったから驚いたけど……本来は、褒めるべきよね。ちゃんと訓練ってわかってたもの。賢い子よ」

「せめてユーナの装備を整えてから出るべきだったな。身体にまたダメージが残っている」


 イグニスの言は正しかった。起きたばかりには全快していた数値が、今また融合召喚ウィンクルム中にも関わらずペナルティを示している。たったの一撃だが、かなりのダメージを負ったようだ。身体の重みを感じるほどで、ユーナは溜息をつく。


融合召喚ウィンクルムがどこまで使用可能なのか、確認しておくべきですが……これ以上は負担でしょう。一旦解除すべきです」

「相性は抜群みたいだから、従騎も問題ないはずよ」


 手を下ろし提案するグラースに、アニマリートも同意を示した。

 解除、と心の中で意識すると、目の前に「融合召喚ウィンクルム解除レリーズ」の幻界文字が現れた。指先で触れると、ユーナの全身が光に変わる。


 引き剥がされるような感覚が、つらかった。


 目の前に伏せたままの森狼が姿を現す。

 視界に、薄い栗色の髪がちらつく。戻ったとわかるや否や、ユーナは立っていられなくなり、その場にくずおれた。地に倒れるより早く、ユーナの体を屈強な腕が支える。回復したはずのHPはもちろん、MPも疲労度もほぼ赤に近い。融合召喚ウィンクルムの反動だろうか。


「ステータスが足りなかったみたい……」

「とにかく、部屋に戻そう」

「アルタクスは私が診てるから、グラースはユーナを」

「かしこまりました」


 慌ただしい会話が繰り広げられる。

 イグニスに抱き上げられる直前、森狼が身じろぎをした。うっすらと開かれた目がこちらを向いていた気がする。しかし、確認することもできず、ユーナは宿泊施設のほうへと移されていった。できるだけ揺らさないようにと気遣われたのか、かなりの早さで歩いているにも関わらず、殆ど振動はなかった。

 部屋に戻った途端、グラースの手が、ユーナに触れる。


すす清き水(レケンス・アーグァ)


 水色の霊術陣が広がる。全身を水で覆われたような感触。それはすぐに流されていき、残ったのは爽快感だった。覚えのある感覚に、おそらく、昨夜眠る前にも使ってくれた術式なのだろうとユーナは悟る。

 グラースがカリガを脱がせると、イグニスはユーナを寝台に横たえさせてくれた。すぐに彼女はユーナの手を握りしめ……唇を噛み、その手を寝台へ戻す。


「このまま、少し眠るといいでしょう。命の神の祝福があなたを癒します」


 ユーナのステータスウィンドウは、回復術式の更なる追加を受け付けない、状態異常を示していた。先ほどの癒しの効果が続いているためだろう。手の施しようがないと悟り、ひとつユーナは頷いた。


 タイム・オーバーだ。


 現実時間リアル・タイムでの夜十一時を回った。

 今日はここまでとあきらめて、グラースに頼む。


「すみません、少し……長く眠ることになると思います。アルタクスのこと、おねがいします」

「承りましょう」

「おやすみ、ユーナ」


 森狼のことは気になる。だが、アニマリートが診てくれているということばを、ユーナは信じた。

 意識するだけで、システムはログアウトのウィンドウを手元に呼び出す。

 その指先がログアウトを選ぶ時、ユーナは森狼のかぼそい鳴き声を聞いたような気がした。

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