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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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わたしとあなたの、形

「これが、融合召喚ウィンクルム……召喚契約コントラクトの先、従魔シムレースとの合一よ。従魔シムレースの力を己の中に取り込み、扱うことができるようになる……」


 酩酊しているかのように言うアニマリートの瞳は、いつの間にか金色に輝いていた。

 髪の色も、赤毛からやや茶色みが強くなっている。

 彼女の翼が羽ばたき、自在に宙を飛ぶ。太陽と、その絆の眩しさに目を細め、ユーナは空を見上げた。一方で、イグニスは口元を押さえ、そっと視線を地面に落とす。


「……アニマリート、服……」


 呟きを、ユーナの耳も拾い上げる。空を舞っていたにも関わらず、アニマリートにも聞こえたのだろう。彼女の身が光に包まれ、空中で光が砕けた。アニマリートが落ちてくるのを、見事に大梟が掬いあげ、首筋を宙づり状態で降りてくる。彼女の両手は短衣の裾をしっかりとひっぱっていた。


「――何でもっと早く言わないの……」

「まさか、すぐに使うとは思わなかった」


 恨みがましく見上げる彼女から、視線を逸らしたままイグニスは言う。

 太陽が眩しくて、ユーナは全然気づいていなかった。森狼は大梟に気をとられていて、今にも追いかけたそうに立ち上がっている。


 ――空を飛ぶのって憧れるけど、難易度高いかも……。


 少なくとも、相応の服をゲットしてからにしようと、ユーナは心に決めた。

 大地に降りたアニマリートは、軽く裾を払ってユーナを見た。頬が赤いが、ここは言わぬが仏である。


従魔使い(テイマー)の召喚スキルは、従魔召喚シムレース・プロスクリスィになるわ。離れた場所にいる従魔シムレースを召喚する……それだけで、こちらの戦力が上がる。日常的にたくさん引き連れているわけにもいかないし、ストレスにもなるから、従魔シムレースになるための条件に掲げる魔物もいるくらいよ」


 この子とかね、とアニマリートは両手を天に差し出す。

 大梟ブレーザはくるりと体を丸め、殆ど落ちる状態でその中へ飛び込んでいく。柔らかな羽毛の玉になった大梟を、うれしそうに彼女は受け止めた。そして頬ずりし、すぐさま空へと放つ。再び、大梟は空へと飛び立った。


「会えてうれしかった! またね、ブレーザ!!」


 アニマリートが金の腕輪を撫ぜると、召還陣が宙に描かれた。訓練場の空をもう一周してから、大梟はその中へ還っていく。


融合召喚ウィンクルムはテイマーズギルドでも使えるものが限られる、特別な(レア)スキルなの。召喚スキルを有する従魔使い(テイマー)が、心通わせる従魔シムレースからすべてを委ねられ、その種族の最上位にあたる契約触媒を使う。ここまでしてようやく得られるスキル……」


 光の破片が消え去るまで見送りながら、アニマリートは語る。

 ごくり、とユーナの喉が鳴った。胸の鼓動がうるさいほどで、目の前に道が開かれていくような気分だった。


 どれだけ長い間、悩み続けたんだろう。

 自分に合う武器スキルを探して、それでも、どうしても思い切ってスキル振りができなかった。

 人生と同じで、幻界ヴェルト・ラーイもまたやり直しがきかない。キャラクターの削除リセットなんて、考えられなかった。同じ時間は二度と来ない。

 繰り出されるアクティブスキルを見るたび、心のどこかで、いつも羨ましく思っていた。

 傍にあるぬくもりが、ただ救いだった。


 ユーナは森狼アルタクスを見た。

 森狼アルタクスは主を見た。


 アニマリートは口元を緩めた。その紅玉がユーナに向けられる。

 いたずらっぽく目を細めて、彼女は問う。


「……召喚スキル、欲しくない?」

「欲しいです!」


 間髪入れずユーナは答えた。ついに、声を上げてアニマリートは笑った。その隣で、イグニスは感慨深げに目を閉じていた。


「あ、でも……融合召喚ウィンクルムってどれくらいスキルポイントが必要なんですか?」


 強力なスキルだから十とか必要なのだろうかと心配しながら訊く。アニマリートは指先で〇を描いた。


「基本的に召喚スキルだから、それさえあれば大丈夫よ。あとは、森狼かれの気持ちね」


 アニマリートが森狼を見ると、アルタクスは鼻を鳴らした。当然、と言いたげな素振りだが、尻尾がぶんぶん振られている。おそらく、融合召喚ウィンクルムを楽しみにしているのは、ユーナだけではない。

 念のため、ユーナはアルタクスの前に立ち、視線をもう一度合わせる。


「アルタクス……いいの?」


 答えはわかりきっていたのかもしれない。

 それでも聞かずにいられなかった。

 今までどれだけ、この森狼に甘えてきたのだろう。

 覚悟はいつも彼の中にあり、自分の中にはなかった。


 だが、強さを求める気持ちは違う。

 それは誰よりも自分の中にあったもので、きっと森狼はその気持ちすら悟っていたのだ。

 成長するためにノンアクティブな魔物を自発的に倒すほど、共に進める道をいつも先に歩んでくれていた。そして、共に戦おうとその背に乗せてくれた……。


 紫と黒のまなざしが、互いへの信頼を確かな自信に変えて交錯する。

 まっすぐな肯定を、ユーナは受け止めた。


 ユーナは森狼王の牙の首飾りを、己の首に掛けた。

 一対の牙が中央の緑の魔石を囲うように配置され、太陽の光に煌めく。

 そして、スキル・ウィンドウを開いた。

 「召喚」の幻界文字ウェンズ・ラーイを細い指先が叩く。彼女の残りのスキルポイントはゼロとなった。


 彼女の脳裏に、召喚契約コントラクトの術式が刻み込まれる。

 静かに両手を開くと、地面にユーナを中心とした契約陣が描かれていった。紫色の光は初めて見るもので、ユーナも目を瞠る。己の瞳の色、そのままの輝きの中へ、森狼が迷わず足を進めてくる。

 ユーナは首飾りの牙のひとつを、握りしめた。

 森狼王フォレスト・ウルフ・キングの牙を――使う。

 彼女の意志に応えて、牙が砕け散る。同時に、力あることばが胸に浮かんだ。


「……融合の誓約ウィンクルム・ユーラティオ


 誓句に契約陣が発動する。

 紫色の光の柱がふたりを包み込み、光の粒子へと変えていく。


 太陽の日射しよりも、強い光。

 ただ、おぼえのあるぬくもりがユーナを埋め尽くす。




 アニマリートとイグニスは、新たなる力を得た従魔使い(テイマー)の姿を見守っていた。

 薄れていく紫光の中から、目を閉じた黒髪の少女が現れる。

 ピンと先の尖った三角の黒い狼耳、ふさふさとした、どこか緑を帯びた黒い尾、うっすらと開かれた少女の口元からは鋭い牙がちらりと見えた。


 少女が、ゆっくりとその目を開く。

 限りなく黒に近い、紫の双眸が、二人に向けられた。


 そこには、何の感情も浮かんでいなかった。


「……訓練……」


 呟きは、少女のものでありながら、彼女のものではなかった。

 イグニスがアニマリートを庇うように立つ。少女の口元が笑みに歪む。今まで見たことのない、愉悦を称えた形に、アニマリートが目を大きく見開いた。イグニスの手の中に、焔槍が出現する。少女の姿が、アニマリートの視界から消え……イグニスは槍を構えた。


 鈍い、衝突音が響く。


 少女の両手の爪が、鋭く太い長さのそれと変わっていた。一瞬でイグニスのところまで踏み込み、黒々とした狼爪を振るい……焔槍がそれを受け止めていた。軽く焔槍を払うと、少女も手を引き、跳んで体を後退させる。


 アニマリートは頭を抱えて呟いた。


「……言うの忘れてたぁ……」

「説明不足すぎるっ」


 イグニスが言い捨てるのを聞き終えるより早く、少女は地を駆けた。

 その呼吸に合わせ、彼もまた強く足を踏み込みながら、手首を返す。

 焔槍の柄が少女の腹に打ち込まれ、地面に転がる。どこもかしこも土埃に塗れ、打ち伏せた痛々しい姿に、アニマリートは顔をしかめた。


 ……全身に響くダメージに、起き上がることができない、はずだった。

 だが、イグニスの読みを外すと言わんばかりに、その体が起き上がる。痛みなどを無視していても、相応の衝撃が動きを鈍らせる。


 今ならば届く。

 イグニスは確信した。


「ユーナ、目覚めよ!」


 激高した炎のことばに、びくりと少女は身を震わす。

 その見開かれた瞳の色が、紫を帯びていく。指先の爪が消え、再び少女は地に伏せた。

 安堵の溜息を吐き、イグニスも焔槍を仕舞う。そして、倒れた少女の身を抱き起こした。黒髪を撫でつけ、埃を軽く払う。

 ユーナ(・・・)は、痛みに息を詰まらせながら、謝った。


「――ごめん、なさい……動け、なく……て……」

「要らぬ。すまなかった。こちらの落ち度だ」


 本日二度目の、氷の使い手(グラース)が必要に思えた。イグニスは苦々しく思いながら、その名を呼ぶ。真上にあるはずの太陽の熱を嘲笑うような冷気が、背後から生み出された。


「あなたがたは……いったい何をしているんですか!?」


 当然、彼女は怒りを炸裂させるのだった。

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