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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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召喚

「……とりあえず、そろそろ食事にしたほうがいいかも。おなかすいて気が立ってるみたいだし」


 アニマリートに言われ、まずイグニスはユーナを下ろした。ちなみに、まだアルタクスは食らいついたままである。ユーナが地面に足を着いたのを確認し、更に森狼は顎を振る。


「痛っ! お前、何を……」

「それはこちらの台詞です。さあ、得意のお茶くらい入れて下さい。私は眠いのです」


 こちらも目が据わっている。グラースは口元へ手をやり、そっと欠伸を漏らした。そういえば、いつも夜番の彼女である。今の時間帯は睡眠時間ではと思い至った。

 ユーナが謝るより早く、彼女は優しくユーナの背に触れ、アニマリートを促して一緒に部屋を出る。後ろでイグニスが何か怒鳴っているのが聞こえた。そして、森狼を止め忘れたと今更気づく。


「あ、あの、止めなくて大丈夫ですか?」

「噛まれるとわかっていての所業です。放っておきましょう」

「アルタクスのほうもおなかすいてるでしょうし、すぐ来るんじゃない? イグニスは硬いから、そう簡単に食べられないはずよ」


 食べるの?

 どこか論点がずれている気がしながら、ユーナは流されていく。目の前に、美味しそうな食事が並んでいたらなおのこと、意識がそちらに向いた。先に食べるように勧められ、あっさりとテーブルにつく。イグニスが呼びに来て少し時間が経っていたが、未だにスープもパンもあたたかかった。


『ぐるぅ』


 PTチャットで、森狼が鳴く。正気に戻ったのか、ユーナがいないことに気付いたようだ。


『ごはんだよー』


 軽く言うと、応えがあった。爪が床を掻く軽い足音が奥から飛び出してくる。ユーナのほうへ、アニマリートが盆を差し出した。肉野菜炒めに、水が並んでいる。ありがたく受け取り、ユーナはアルタクスのために床に並べた。と同時にアルタクスが食事に突撃する。


「危うく森の眷属の食事になるところだった」


 脚衣の一部がぼろぼろになったまま、不満げにイグニスが言う。ユーナの隣に陣取りながら、グラースが顎で小さな台所を指した。「お茶がまだですよ」

 返事はせずに、素直に準備を開始する。グラースとは反対側に座ったアニマリートは、さりげなくテーブルに放置された首飾りに視線を向けた。


「食べながらでいいから、ちょっとだけ話をさせてね。

 ユーナ、さっきのだけど……同じようなことがなければって言ってたよね? 旅で戦闘なんてザラだけど、大丈夫なの?」


 スープをすくい、口元に運ぶ途中で、ユーナは手を止めた。


「ほら、食べながらって言ったでしょ」


 アニマリートに促され、スープを口に入れる。甘い、カボチャのような味がした。

 喉を通っていく優しい感触とは真逆に、頭の芯が冷えていく。


「――大丈夫かどうかは、わかりませんが……今後、近接戦闘を選ばなければいいんじゃないかな、とは思います」


 気落ちした声が出てしまうのを、ユーナは止められなかった。

 剣ならともかく、もう短剣は危険すぎる。以前シャンレンとも組み合ったが、簡単に腕を取られてしまうのだ。また悲鳴があがり、恐慌状態になれば敗北しかないだろう。そんな状況を想定しているうちに、ようやく初心者用短剣を装備していないと気づいた。おそらく、鎧と同じ場所に置き去りにしている。


 グラースは頷いた。


「賢明な判断だと思います。少しでも危険性を削ぐのは、基本ですから」


 テーブルに新しい木製のマグが並べられた。あたたかな湯気が見えるそれは、かなり熱そうだ。

 残る一つの椅子に、イグニスが座る。


「従騎を前提とするなら、長物ながものか……」

「槍なら、イグニス、教えられるじゃない」


 ふーっと湯気を吹き飛ばしつつ、アニマリートは紅玉の瞳をとなりへ向ける。ふむ、と彼は頷いた。


「私でよければ、教えることは吝かではない。だが、重いぞ?」


 おもむろに、その手がテーブルサイドに上がる。

 腕に巻かれた金のブレスレットが煌き、光が燃え上がる。それが集結した時、彼の手には一本の巨大な槍があった。

 火を体現する彼にふさわしい、炎を象ったような穂先を持つ、紅蓮と黄金の……槍。


「これぞ、我が槍――焔槍インフィジャール


 口元に狂気じみた笑みを佩き、彼は厳かに名乗りを上げた。

 ユーナが口をぽかーんと開けたまま、その勇壮な姿を眺めているのを横目に。

 熱さなど全く気にならない様子で一気にお茶を飲み干し、タン、と音を立ててマグをテーブルに置くのは、氷の美女である。


「無駄に室温が上がります。片付けて下さい」


 淡々とした口調で指摘する。

 一瞬で槍は霧散した。

 グラースは席を立ちながら、ユーナに告げる。


「着目点は悪くないと思います。私はこれで下がりますが、とりあえず武器よりも従魔シムレースとの連携かと。まず、従騎訓練前に従魔召喚シムレース・プロスクリスィを得るといいでしょう。従騎スキルの熟練度が融合召喚ウィンクルムの相性に応じて上がれば、さほど訓練を要さないはずです」


 次々と専門用語が飛び出してくる。

 意味は何となくわかるが、できれば説明がほしい。

 ユーナの内心の希望など意識が飛びかかっているグラースに悟れるはずもなく、氷の麗人はアニマリートへ華麗に一礼した。


「失礼いたします、マスター」

「うん、ありがとうね。ゆっくり休んでねー」


 ひらひらと手を振る彼女に極上の笑みを返し、グラースは身を翻す。足音もなく、彼女は階下へと姿を消した。その綺麗な後姿を見送っていると、アニマリートは両手を軽く合わせた。


「ほら、まずは食事! 食べ終わったら、訓練場に出ましょう」


 その声に、ユーナは再度食事を攻略し始めるのだった。既に食べ終わった森狼は、少し楽しそうに尻尾を揺らして、その様子を眺めていた。





 訓練場は一階の奥、馬房の手前の扉から出られた。土が剥き出しの広々とした訓練場だが、雑草などは生えていない。ここだけ荒地が広がっているような感覚である。

 アニマリートは一つ背伸びをして、ユーナへと向く。


「じゃあ、グラースのおススメ通りにやってみましょうか」


 にっこりと笑うと、左側だけにえくぼができる。日射しの下のアニマリートはきらきらとその赤毛を煌かせていて、いつになく楽しそうだった。その理由が、ユーナにはすぐわかった。


「今日はいいかな? いっくよー!

 来たれ我が同胞ブレーザ、従魔召喚プロスクリスィ!」


 両手を十字に重ね、翼のような印を結び、誓句シュヴェーレンを放つ。

 広げられた両手に召喚陣が現れる。その柔らかな光の中で、彼女の従魔シムレースが具現化する。はばたく翼に、見覚えがあった。

 かつて見本で召喚された、大梟である。

 空高く舞い上がり、訓練場の上を一周してからアニマリート目掛けて下りてくる。そのあまりの勢いに激突するのではとユーナは肝を冷やした。

 だが、彼女は更に誓句を紡ぐ。


「うん、一緒に飛びましょう! 融合召喚ウィンクルム!!」


 力あることばが召喚陣をアニマリートの足元へ広げる。

 召喚陣から光の柱が打ち上がり、彼女の姿が包まれた。と同時に、柱に突撃していった大梟もまた融けて消える。

 柱が、砕ける。

 眩しさと共に、ユーナは風を感じた。


 強い羽ばたきが、彼女の髪を乱す。

 視界を確保すべく、首飾りを握っていない、反対側の手で髪を押さえる。

 ユーナが見上げる先に、紅のギルドマスターはいた。

 太陽の真下、巨大な茶色の翼を背に、その影を地に灼きつけ……微笑んでいた。

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