召喚
「……とりあえず、そろそろ食事にしたほうがいいかも。おなかすいて気が立ってるみたいだし」
アニマリートに言われ、まずイグニスはユーナを下ろした。ちなみに、まだアルタクスは食らいついたままである。ユーナが地面に足を着いたのを確認し、更に森狼は顎を振る。
「痛っ! お前、何を……」
「それはこちらの台詞です。さあ、得意のお茶くらい入れて下さい。私は眠いのです」
こちらも目が据わっている。グラースは口元へ手をやり、そっと欠伸を漏らした。そういえば、いつも夜番の彼女である。今の時間帯は睡眠時間ではと思い至った。
ユーナが謝るより早く、彼女は優しくユーナの背に触れ、アニマリートを促して一緒に部屋を出る。後ろでイグニスが何か怒鳴っているのが聞こえた。そして、森狼を止め忘れたと今更気づく。
「あ、あの、止めなくて大丈夫ですか?」
「噛まれるとわかっていての所業です。放っておきましょう」
「アルタクスのほうもおなかすいてるでしょうし、すぐ来るんじゃない? イグニスは硬いから、そう簡単に食べられないはずよ」
食べるの?
どこか論点がずれている気がしながら、ユーナは流されていく。目の前に、美味しそうな食事が並んでいたらなおのこと、意識がそちらに向いた。先に食べるように勧められ、あっさりとテーブルにつく。イグニスが呼びに来て少し時間が経っていたが、未だにスープもパンもあたたかかった。
『ぐるぅ』
PTチャットで、森狼が鳴く。正気に戻ったのか、ユーナがいないことに気付いたようだ。
『ごはんだよー』
軽く言うと、応えがあった。爪が床を掻く軽い足音が奥から飛び出してくる。ユーナのほうへ、アニマリートが盆を差し出した。肉野菜炒めに、水が並んでいる。ありがたく受け取り、ユーナはアルタクスのために床に並べた。と同時にアルタクスが食事に突撃する。
「危うく森の眷属の食事になるところだった」
脚衣の一部がぼろぼろになったまま、不満げにイグニスが言う。ユーナの隣に陣取りながら、グラースが顎で小さな台所を指した。「お茶がまだですよ」
返事はせずに、素直に準備を開始する。グラースとは反対側に座ったアニマリートは、さりげなくテーブルに放置された首飾りに視線を向けた。
「食べながらでいいから、ちょっとだけ話をさせてね。
ユーナ、さっきのだけど……同じようなことがなければって言ってたよね? 旅で戦闘なんてザラだけど、大丈夫なの?」
スープをすくい、口元に運ぶ途中で、ユーナは手を止めた。
「ほら、食べながらって言ったでしょ」
アニマリートに促され、スープを口に入れる。甘い、カボチャのような味がした。
喉を通っていく優しい感触とは真逆に、頭の芯が冷えていく。
「――大丈夫かどうかは、わかりませんが……今後、近接戦闘を選ばなければいいんじゃないかな、とは思います」
気落ちした声が出てしまうのを、ユーナは止められなかった。
剣ならともかく、もう短剣は危険すぎる。以前シャンレンとも組み合ったが、簡単に腕を取られてしまうのだ。また悲鳴があがり、恐慌状態になれば敗北しかないだろう。そんな状況を想定しているうちに、ようやく初心者用短剣を装備していないと気づいた。おそらく、鎧と同じ場所に置き去りにしている。
グラースは頷いた。
「賢明な判断だと思います。少しでも危険性を削ぐのは、基本ですから」
テーブルに新しい木製のマグが並べられた。あたたかな湯気が見えるそれは、かなり熱そうだ。
残る一つの椅子に、イグニスが座る。
「従騎を前提とするなら、長物か……」
「槍なら、イグニス、教えられるじゃない」
ふーっと湯気を吹き飛ばしつつ、アニマリートは紅玉の瞳をとなりへ向ける。ふむ、と彼は頷いた。
「私でよければ、教えることは吝かではない。だが、重いぞ?」
おもむろに、その手がテーブルサイドに上がる。
腕に巻かれた金のブレスレットが煌き、光が燃え上がる。それが集結した時、彼の手には一本の巨大な槍があった。
火を体現する彼にふさわしい、炎を象ったような穂先を持つ、紅蓮と黄金の……槍。
「これぞ、我が槍――焔槍」
口元に狂気じみた笑みを佩き、彼は厳かに名乗りを上げた。
ユーナが口をぽかーんと開けたまま、その勇壮な姿を眺めているのを横目に。
熱さなど全く気にならない様子で一気にお茶を飲み干し、タン、と音を立ててマグをテーブルに置くのは、氷の美女である。
「無駄に室温が上がります。片付けて下さい」
淡々とした口調で指摘する。
一瞬で槍は霧散した。
グラースは席を立ちながら、ユーナに告げる。
「着目点は悪くないと思います。私はこれで下がりますが、とりあえず武器よりも従魔との連携かと。まず、従騎訓練前に従魔召喚を得るといいでしょう。従騎スキルの熟練度が融合召喚の相性に応じて上がれば、さほど訓練を要さないはずです」
次々と専門用語が飛び出してくる。
意味は何となくわかるが、できれば説明がほしい。
ユーナの内心の希望など意識が飛びかかっているグラースに悟れるはずもなく、氷の麗人はアニマリートへ華麗に一礼した。
「失礼いたします、マスター」
「うん、ありがとうね。ゆっくり休んでねー」
ひらひらと手を振る彼女に極上の笑みを返し、グラースは身を翻す。足音もなく、彼女は階下へと姿を消した。その綺麗な後姿を見送っていると、アニマリートは両手を軽く合わせた。
「ほら、まずは食事! 食べ終わったら、訓練場に出ましょう」
その声に、ユーナは再度食事を攻略し始めるのだった。既に食べ終わった森狼は、少し楽しそうに尻尾を揺らして、その様子を眺めていた。
訓練場は一階の奥、馬房の手前の扉から出られた。土が剥き出しの広々とした訓練場だが、雑草などは生えていない。ここだけ荒地が広がっているような感覚である。
アニマリートは一つ背伸びをして、ユーナへと向く。
「じゃあ、グラースのおススメ通りにやってみましょうか」
にっこりと笑うと、左側だけにえくぼができる。日射しの下のアニマリートはきらきらとその赤毛を煌かせていて、いつになく楽しそうだった。その理由が、ユーナにはすぐわかった。
「今日はいいかな? いっくよー!
来たれ我が同胞ブレーザ、従魔召喚!」
両手を十字に重ね、翼のような印を結び、誓句を放つ。
広げられた両手に召喚陣が現れる。その柔らかな光の中で、彼女の従魔が具現化する。はばたく翼に、見覚えがあった。
かつて見本で召喚された、大梟である。
空高く舞い上がり、訓練場の上を一周してからアニマリート目掛けて下りてくる。そのあまりの勢いに激突するのではとユーナは肝を冷やした。
だが、彼女は更に誓句を紡ぐ。
「うん、一緒に飛びましょう! 融合召喚!!」
力あることばが召喚陣をアニマリートの足元へ広げる。
召喚陣から光の柱が打ち上がり、彼女の姿が包まれた。と同時に、柱に突撃していった大梟もまた融けて消える。
柱が、砕ける。
眩しさと共に、ユーナは風を感じた。
強い羽ばたきが、彼女の髪を乱す。
視界を確保すべく、首飾りを握っていない、反対側の手で髪を押さえる。
ユーナが見上げる先に、紅のギルドマスターはいた。
太陽の真下、巨大な茶色の翼を背に、その影を地に灼きつけ……微笑んでいた。




