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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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コーディネイト


 街壁を出た向こう、宿泊施設への階段の手前でふたりは待っていた。

 アニマリートの赤い眼差しが心配げに揺れていて、イグニスはユーナを品定めするように視線を向けていた。

 今なら、イグニスの怒りも、抱かれている懸念もわかる気がした。何も考えず、呑気にテイマーズギルドへ交易商を連れてきた上、従魔の宝珠をただのフラグのように考えていたユーナが、あの話を聞いてどう考えるのか興味がある……といったところか。

 森狼の気配が変わる。警戒を感じて、ユーナは慌てて声をかけた。


「わたしは大丈夫ですから、あの、アルタクスをお願いします」


 できるだけ、今までと変わらないようにユーナは微笑んでみせた。

 アニマリートの口元が安堵の笑みに変わる。続けて、イグニスがアルタクスへと迫った。再度摘み上げられ、連行される。ユーナの言もあり、森狼はとても不満げに身動き一つしない。ぶらーんと宙づりである。


「さあ、きれいきれいしましょう♪」


 どこかで聞いたことのあるような、歌うようなフレーズでアニマリートが言い、イグニスたちを追う。ユーナも階段を上がるべく、足を動かす。まるでひどく重い靴を履いているような怠さが、体中に広がっていく。疲労度スタミナ・ゲージが、また、減ってしまった。


 案内された先は、先日宿泊した部屋と同じ場所だった。

 先に森狼とイグニス、アニマリートが浴室へと消える。ユーナは誘われるように寝台へと座った。やわらかな感触が心地よく、思わず掛布の上へと倒れ込む。


「きゃあああああっ、アルタクス、フリフリするの禁止ー!!!」


 遠くで、アニマリートの悲鳴が聞こえる……。







 抗っても、振りほどけない腕。

 疎ましいと自身を貫く、暗い、眼差し。

 全力で嫌がっているのに、何一つ思い通りにはならない。

 逃れられない。

 掴まれた腕と反対の手が、彼女の首へと手を伸ばす。



 びくり、と体が揺れた。



 真っ暗な視界に、濡れた、冷たい感触が目元を伝う。

 気持ち悪くて、擦る。

 近くで何かが動いた。

 真っ黒で、真っ青なものが、こちらを見る。


「……っ……」


 目を閉じても、また流れ落ちていく。

 寝台に、重みが加わる。

 やわらかな毛並みが肌を擦る。

 生暖かい舌が、頬を舐めた。

 手を伸ばす。

 いつものように鼻を鳴らしながら。

 ユーナの求めるままに、応えた。








 窓から射す日射しが、肌を焼く。頬を掠る熱から逃れるべく、ユーナは寝返りを打った。やわらかな毛皮から腕が離れたことに寂しくなって、意識が浮上する。目の前の壁に外套が吊るされ、その真下の小机にはウェストを守っていた皮鎧が置いてあった。誰かが脱がせてくれたのだろう。素足になっていた。いつの間にか眠ってしまったようだ。体の上には掛布があり、ちゃんと包み込まれていた。

 何故かどこか体がすっきりしていた。髪も肌も暑さにべたついていたはずなのに、いつもと変わらない感覚の目覚めで、不愉快さがない。

 ユーナが反対側を向くと、視界にうずくまった森狼がいた。やけに色艶がいい従魔シムレースは、自分よりもよっぽど洗い粉の効果が出ているようだ。眠っているように目を伏せていたが、ユーナがその顔をよく見ようと体を動かすと、大きな目がぱっちり開いた。


「……起こしちゃった? ごめんね」


 体躯が以前より成長したために、大きな寝台であるにも関わらず、半分以上を森狼が占拠している。以前は寝台の下で寝ていたのに、かなり慣れてきたようだ。ユーナは幼生のころのアルタクスとも眠ってみたかったな、と思いながら微笑んだ。

 森狼は返事もなく視線をほどき、身を起こす。そのまま寝台の下に降り、寝そべって顔を伏せた。まだ眠いのだろうか。


 ユーナが回復状況を気にすると、ステータスバーが拡大表示された。

 ユーナ自身も、アルタクスも完全にHP・MPは全快である。ユーナ自身に課せられたペナルティも完全に解消されているようだ。倦怠感もない。ただ、時間は既に、幻界において翌日の昼前になっていた。二食抜き状態のため、空腹度はMAX、疲労度は緑ではあるが、空腹度に引きずられて減じている状態だった。


 ――わかった。

 おなかすいたんだ。


 寝そべる森狼に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、ユーナもまた身を起こした。

 薄く開いた窓から、そっと風が入る。その心地よさを感じながら、ユーナは外套を見上げた。漆黒の外套は大きく、今のユーナの全身を包み込む。

 今日の従騎訓練ではさぞかしアルタクスから落ちるのだろうと予測がつき、ユーナは着るのをあきらめた。一応借り物だ。不用意に耐久度を下げることは避けたい。道具袋インベントリに片付け、ついでにカリガと靴を交換する。今の服だけならば、カリガのほうが合う。外套をまとうならば、断然靴だが。

 そして、今更、思い出した。

 紅蓮の魔術師(ペルソナ)特製の森狼王の牙の首飾りである。

 ワンポイントとしては良いかもしれない。

 改めて取り出し、ユーナを目の高さにまで掲げ、凝視する。


 牙の首飾り  耐久度(百/百)

  革紐・魔獣の牙・魔石で作られた首飾り

  基本MP上昇効果+五十


 表示された情報に息を呑む。

 ――プラス五十?

 装備するだけで、ユーナの基本MPはほぼ倍に増えることになる。

 その仕様のとんでもなさに、首にかけることすら躊躇う。

 見えない部分に、もっと何か効果があってもおかしくない。


 彼女が迷っているあいだに、やや遠慮がちに、扉が叩かれた。


「ユーナ」


 見張っているのだろうかと驚異のタイミングで、低い男性の声が彼女を呼ぶ。

 ユーナは手に首飾りを持ったまま、扉へと急いだ。鍵を開ける。

 炎を体現したような男性は、片手に木製の盆を持っていた。上には何も載っていないため、軽々と振っている。


「……おはよう。食事の準備はあちらに済ませてあるが、食べられそうか?」

「おはようございます。えと、助かります。かなりおなかすいてるみたいで……」


 振り向くと、未だにアルタクスは伏せたままである。

 特にステータス的に衰弱しているわけではないが、あまり機嫌がよさそうには見えない。


「昨日、徹底的に洗ったからな。拗ねているのだろう。主に褒めてもらう暇もなかった故」


 楽しげな声が言う。

 すると、森狼は億劫そうに立ち上がった。静かな足取りでユーナに近づく。殆ど背丈が変わらないほどなので、この部屋を出るにしても、アルタクス一人で扉をくぐらせて廊下を歩かせなければ、少々窮屈だ。扉の前から動き、ユーナは先に森狼を外へと促した。


「ユーナ、それは……!?」


 その意図を遮るように、イグニスが目の当たりにしたものを確認すべく、室内に押し入る。そのまま、ユーナへと手を伸ばした。森狼はその動きを阻害すべく跳躍する。ユーナの腕を、イグニスが捕らえた。ほぼ同時に森狼がイグニスの腕に飛びつく。が、遅かった。イグニスが触れた、その一瞬で、彼女の脳裏に悪夢が蘇る。


 パチンとスイッチが入った、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。


 ユーナの手元から、首飾りが滑り落ちた。

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