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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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伝承と喪失の物語


 シャンレンは代理売却の仕事までユーナから受注し、テイマーズギルドを辞去する。アルタクスが拾った大量の戦利品ドロップが片付き、ユーナの道具袋インベントリもだいぶ楽になった。次の約束があると思えば心もあたたかくなるものだ。

 くれぐれも早く休むようにと念押しされたことを苦く思い出し、ユーナはお茶を飲み干す。


「イグニス」


 名を呼ばれた従業員は一つ頷き、その場を下がる。

 宿泊施設側へと消えていく姿に、ユーナの部屋の準備かもと思い至る。ありがたい話だ。


「マスター」


 いつの間に現れたのか、氷の美女が水晶を手にテーブルへ近づく。グラースが手にしているものは、記録水晶だ。そういえば、レベルがあがっていたと思い出す。

 アニマリートはそれを受け取り、ユーナに差し出す。手を置くと、以前と同じく水晶の中が一瞬渦巻いて凪いだ。


「あら、もう召喚、できるんじゃない?」


 記録水晶を楽しそうに見るアニマリートのことばに、ユーナの目が瞬いた。そして、スキルウィンドウを開く。スキルツリーと呼ばれる、スキルの系統マップが映し出された。ユーナの場合、「テイム」がまず存在し、その次には「???」があったはずだ。今そこには「テイム」「従騎」「召喚 取得可能 必要スキルポイント八」と三つ書かれていた。


「召喚って、召喚師サマナーのスキルじゃないんですか?」

「まあ、召喚術っていろいろあるから……そのひとたち全部、召喚師サマナーと言えば召喚師サマナーね」


 例えば、精霊召喚、魔獣召喚、幻獣召喚等、召喚術も多岐に渡るという。

 当然、従魔使い(テイマー)が使える召喚術は、当然、従魔召喚である。アニマリートが大きな梟を召喚したことは、ユーナの記憶にも新しい。

 しかし、自分には必要だろうか?とも思う。

 彼女がちらりと足元へ視線を向けると、そこには森狼がくつろいでいる。今のところ、殆ど四六時中ログインしているあいだは一緒だ。行方不明になるのはこちら側で、アルタクスは傍にいる。ユーナは気持ち的に抵抗を覚えた。


 ――スキルポイント八も使って? 離れるなんて、考えたこともないのに?


「結構便利なのよ。ただ、召喚契約コントラクトには最初だけ、触媒が必要なの。種族によって異なるんだけど、森狼なら森狼の牙、百本ね」

「ひゃ!?」


 考え込むユーナにアニマリートが説明を続け、思わず彼女の口から変な声が出てしまった。両手で口を押さえ、口の中で繰り返す。


 ――百本?


 惑わす森の戦利品ドロップなんて、遠い昔に売り払っている。今は手元に一つもない。倒しに行くという選択肢は……ない。森狼アルタクス森狼なかまを倒させるなんて、いくらなんでもあんまりだ。

 今ならば露店が無数に出ている。探して、買い集めればきっと――。


 ユーナが思考の渦に囚われかけた時、イグニスが戻り、報告を上げる。


「アニマリート、部屋は問題ない」

「ありがとう。じゃあ、お話はまた明日ってことにしましょう。とにかくユーナは寝なさい」


 微笑んで促すアニマリートに、ユーナは少し渋る。スキルラインについて押さえておきたい気持ちが寝台への道を遠ざける。どう言えばいいかなと悩む間も与えられず、アニマリートは畳みかけた。


「あ、えーと……」

「具合、悪いんでしょう? まずは体調を整えないと、何もできないじゃない。まだ特別依頼は発行できるんだし、元気になったらそれを使っていろいろ訓練しましょう。従騎スキルとか、ね」

「……はい」


 確かに、今最もユーナに必要なものは、休息である。

 諭されて、ようやく彼女は席を立つ。後に続いて腰を上げる森狼に、アニマリートが声を掛けた。


「アルタクス、今日は私がお風呂入れてあげるわ。ユーナには無理だものね」


 とても楽しそうな口調である。

 ユーナは森狼を見る。鼻を鳴らす様子からは「イラナイ」としか受け取れなかった。しかし、イグニスがその首の後ろを摘み上げる。巨漢が森狼を掴むと、未だに犬に見えてしまう。前は本当に小さかったものだが、対比がだいぶまともになってきた。


「汚れたまま、寝台に近づくことは許さぬ」


 ごもっともである。アルタクスは唸っているが、これはお風呂を嫌がっているだけだ。せっかくの入浴設備があるのだから、堪能してもらうほうがこちらとしてはありがたい。


「せっかくだから、入れてもらったら? 明日まで安静にしてたら治るはずだから、そしたら従騎訓練したいの。アルタクスがきれいなほうが、わたしはうれしい」


 促せば、唸り声が止まる。

 そのまま、先に立ってイグニスが歩き出す。慌ててアニマリートが追いかけていく。


「ユーナの部屋の浴室でいいわよね。綺麗にしてあげるわねー♪」


 完全にコンパスが違うので、アニマリートは殆ど走っている状態だ。ユーナは呆気に取られて、思わず見送る。扉の向こうに消えていくところで、足を動かそうとした途端。


「ユーナ」


 呼ばれて振り向くと、彼女の端麗な容貌が少し翳っているように見えた。

 彼女は冷たい眼差しをユーナに返し、口を開く。


「森の眷属には聞かせたくない、というギルドマスターの判断により、私からお伝えいたします。

 ――従魔の宝珠を狙う者は、これまでも数多くいました。古来より、従魔の命の結晶は強大な魔力を生み出すという伝承が存在し、今も残っているからです」


 唐突な語り口調に、正直面食らう。

 だが、グラースは話をやめない。淡々とした口調でありながら、そこには確かな熱があった。


「その伝承は半分だけ事実です。

 どのような従魔の命の結晶でも、お手軽に強大な魔力を生み出すようになるわけではありません。

 テイムスキルと幼い従魔シムレースを得て、すぐに両方を失った少年の話が最も有名でしょう。伝承を信じた父親が、少年が寝入っている間に従魔シムレースくびり殺し……その後には、ちっぽけな魔石しか残らなかったそうです。まさに、そのあたりの戦利品ドロップよりも小さな石で……父親の凶行を受け、衝撃のあまり、少年は従魔シムレースだけではなく、テイムスキルまで失いました」


 衝撃に、ユーナは知らず、胸元に手を引き寄せる。反対側の手でそれを包み、強く、握った。


「この話から、おわかりいただけるでしょう。

 では、従魔の宝珠を得るための、最も早い手段は何だと思われますか?」


 ユーナの表情が変わった。彼女が正しい答えを悟ったのを理解し、しかしユーナのことばは待たず、グラースは自ら語る。


「……力の強い従魔シムレースを、殺せばいいのです」


 ユーナは首を横に振った。目元に滲むものを振り払うように、二度。

 強く目を閉ざす彼女の肩に、グラースはやさしく手を掛ける。ユーナの動きを止めると、身を寄せ、そっと耳元に囁いた。


「テイマーズギルドはもともと、そのために作られました」


 ユーナの目が見開かれる。

 紫水晶の瞳が、困惑に満ちていた。グラースの細い青玉の眼差しとその光が交錯する。


「な、何でですか? テイマーズギルドは、従魔シムレースを守ってくれるんじゃないんですか!?」


 それはもう悲鳴だった。

 ユーナの口元に、グラースの指先が触れる。

 声音を落とすようにという仕草に、ユーナは口を噤んだ。


「アニマリート様がいる限り、私たちも全力であなたがたを支援いたします。アニマリート様の思い描くテイマーズギルドは、決して従魔の宝珠の製造所ではありません」


 声音は落とされているものの、強い口調で彼女は淡々と述べる。

 それはまぎれもない真実だと、ユーナにもわかった。

 ですが、とグラースは目を伏せた。


「アニマリート様だけが、テイマーズギルドのすべてではないのです。今は……これ以上、お伝えできませんが」

「――ウガァァゥッ!」


 閉まったはずの扉が、蹴破られるように開かれた。

 飛び出してきたのは森狼アルタクスである。ユーナの声に反応したのだろう。まだ体は濡れておらず、上に向かう途中で戻ってきたようだ。

 グラースの手が口元から離れる。そっと、背中を押し出された。


「少しお話していただけです。かなりお疲れのご様子ですから、早く上へどうぞ」


 話を打ち切られ、ユーナはグラースを見返す。彼女は静かに首を振る。これ以上話す気はなさそうだ。未だに唸りを上げるアルタクスの首筋に触れ、ユーナもまた扉へと促す。


「うん……ちょっと、疲れちゃったかも。行こ?」


 あたたかかった。僅かに呼吸も毛並みも乱れていて、イグニスの腕から全力で逃れてきたことがわかる。グラースが、アルタクスにあの物語を聞かせなかったことに、本心からユーナは感謝した。

 黒と少しの青が混じる眼差しが彼女に向けられる。怪訝そうというよりも、何があったと問うような眼差し。

 この眼差しが、グラースのように翳ることは、今、耐えられそうになかった。


 ユーナには、休息が必要だった。

 身体も、心も。

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