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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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従魔の宝珠


 ただ、はっきりと知りたかっただけだった。片翼の従魔の印章(シグヌム)が何を示すのか、想像だけなら容易かった。どうしてこうなったのか、主を失った従魔シムレースはテイマーズギルドに引き取られるのではないのか、訊いてみたかっただけなのだ。

 それをひとは、興味本位という。

 従魔シムレースのためにギルドマスターをしているアニマリートに、これを見せることはひどく残酷なことだったのだと、彼女の様子を見てようやくユーナは自分の考えの足らなさに気付いた。

 これほどまでに、哀しい出来事なのだと、解っていなかったのだ。

 なのに、ユーナはどうしても、宝珠を彼女に手渡すことができなかった。


「すみません、アニマリートさん……これは、わたしのものじゃないんです。預かっているだけなので、お渡しすることはできないんです……」


 震える声で続けるユーナに、アニマリートは首を横に振る。それでも、嗚咽は止まない。イグニスが彼女の肩を抱き、空いた椅子に座らせる。ぼろぼろ零れ落ちる涙を手で拭うが、止まらなかった。彼はそっと唇をアニマリートの瞼に押し当てた。


 アニマリートとユーナの頭が火を吹く。


「い、い、い」

「止まったか」


 安堵したようにイグニスは言い、すぐにアニマリートから離れる。完全に涙が止まったアニマリートは赤い顔のまま、傍に控えるイグニスを睨みつけ、小さく溜息をついてから二人に顔を向けた。


「ごめんなさい、気が動転しちゃって……そちらの方は初めまして、よね。私はここのギルドマスター、アニマリート。みっともないところをお見せして、恥ずかしいわー」

「お気になさらず。初めまして、交易商のシャンレンです」


 先ほども見せた、右手を握り、左手を皿のようにして胸の前で受ける形の礼を取り、シャンレンが名乗る。

 交易商、と口の中でアニマリートは繰り返した。だが、イグニスの時とは異なり、その点を追及はしなかった。ただ、哀しげに宝珠に視線を落とす。


「そう……この宝珠は、従魔の印章(シグヌム)を受け入れた従魔シムレースが、命を落とした時に遺す結晶なの。片翼になっているのは、先に主を失った証。これほどの大きさということは、余程の力を持つ従魔シムレースだったでしょうね。もともと従魔シムレースは主を得て、先天的な力とは異なる能力にも目覚めて、より成長していくから、死後は大きな宝珠を遺すことが多いわね……」


 安らかに眠り給え、とアニマリートの手が命の聖印を刻む。

 ユーナは気になっていたことを尋ねた。


「何故……この従魔シムレースは、引き取られなかったんですか? 討伐クエストの対象が、この子だったんです。ヴェールという名前で、街道で人を襲っていたと……」

従魔の印章(シグヌム)があることがわからなければ、テイマーズギルドとしては対処ができないわ。そもそも、片翼になった従魔の印章(シグヌム)では、もうテイマーズギルドの管轄外で……主を失って、相当時間が経過していたんでしょうね。狂化が進めば、主恋しさに人を襲うことも多いの」


 肩を落として、アニマリートは答えた。

 弱弱しく、続ける。


「この従魔シムレースの宝珠は、とてつもない力を秘めている……私たちも滅多に見ることがない品よ。その価値は王都でなら天井知らずの値がつくほどでしょう。どうか、その子の命を無駄にしないでね。できれば……魔術具とかで、生かしてあげてほしいわ」


 テイマーズギルドが所有権を訴えるのかもしれないと思っていたが、そうではないらしい。

 ユーナはシャンレンに宝珠を差し出す。


「わたしは、この宝珠をシャンレンさんに鑑定していただくために、友人から預かったんです。鑑定料はお支払いしますから、お願いできませんか?」

「私にできることでしたら何なりと。拝見しますね」


 シャンレンは宝珠を受け取り、道具袋から小さな片眼鏡モノクルを取り出した。右目につけて、宝珠を凝視する。


「宝珠――力を秘めた結晶」


 ユーナが見ただけでは、これくらいしか説明のウィンドウに情報が載っていない。

 だが、シャンレンが口にした内容はその倍以上あった。


 ヴェールの宝珠

  森熊フォレスト・ベアの従魔が結晶化したもの

  MVPのスーパー・レア・ドロップ

  素材として分割・使用可(素材ランク☆☆☆)

  地属性


 彼は、その内容をメールにしてユーナに送信してくれた。


「お友達に伝えるのでしたら、こちらのほうがいいでしょう」

「助かります。あ、鑑定料は?」

「……できれば、この情報を攻略板に載せさせていただけると、ありがたいですね」


 ユーナとしては問題ない提案に思えた。念のため、フィニア・フィニスに確認すると断りを入れて、すぐにフィニア・フィニスへとメールの内容と合わせて情報公開に関する了解を取る。羽ばたいていく白い鳥が、宙に消えた。


 シャンレンはユーナに宝珠を返却する。そのまま道具袋インベントリに入れてしまうのはもう気が病んで、彼女は白い布に包み直してから仕舞った。

 すると、すぐに返信があった。素早いだけあって、内容も短かった。


「タダなら情報公開大歓迎」


 身も蓋もない。

 そのままシャンレンに伝えると、アニマリートも笑い転げた。


「討伐って、この前来てた子と行ったのよね?」

「はい、フィニがMVPになったんですよ」

「……フィニア・フィニスですか?」


 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 ユーナがちらりとシャンレンを見ると、眉をしかめて溜息を吐かれてしまう。


「この前の、狩人ですよね。いつのまに……」

「で、でも、その、お金を要求したりとかはされていないので」

「当然です」


 チッと舌打ちまでしている。いつになく商人が荒れているのが見受けられて、ユーナは視線を泳がせた。完全に口を滑らせたこちらの落ち度だ。話を振ったアニマリートもばつが悪そうに、片手を縦にしてこちらに謝罪している。ユーナは首を横に振った。

 シャンレンは椅子から立ち上がり、森狼の前に膝を折った。


従魔シムレース……アルタクス、と呼んでも?」


 声を掛けると、森狼はその黒と青のまなざしを向け、静かに若葉の瞳を見返す。

 拒絶がない様子に、交易商は笑みを佩く。


「あなたのご主人様はとてもお人よしですから、しっかり見張っていてくださいね」

「がぅ」


 一瞬の躊躇いもなく、アルタクスは応、と答えた。


 ――ちょっと待って。


 ユーナの動揺をさておき、満足げにシャンレンは頷く。


「あなたがいれば、安心です。どうかユーナさんが無茶をしないように気をつけて」


 そのことばには、森狼はそっと視線を外す。素直である。一緒になって森熊フォレスト・ベアに突撃していった記憶は新しい。

 だが、交易商はもっと上手だった。

 森狼の頭をくぃっと両手で戻し、片眼鏡をつけたまま笑顔で念押しする。


「無茶しないように、気をつけて」


 ユーナと違って唸られることも、吠えられることもないまま。

 森狼は小さく鼻を鳴らし、了承を示す。


 シャンレンは、自分より従魔使い(テイマー)に向いているのではなかろうか。


 そんなことをユーナが考えるのは、致し方ないことだった。

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