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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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拒絶

 結局、軒先にあったワンピースのような術衣ローブを購入し、店を出た。

 老女は、薄い、身体が透けて見えるような布地の夜着を勧めてきたのだが、いくら暑いとは言え、おなかが冷えてしまう。ユーナがそう主張する前に、シャンレンが表から取ってきてくれたのだ。助かった。

 シャンレンのスキルを使っての割引価格で、小銀貨二枚と大銅貨二枚、銅五枚である。武器よりも服のほうが高い現実に、ユーナは驚いた。


「服は、まだ裁縫スキルを持つひとたちのレベルがそれほど上がっていないのもあるんでしょうが、プレイヤーズメイドの物が殆ど出回っていないんです。ですから、商店で購入するしかありません。服の耐久度はすぐに落ちてしまうので、中古品も出回りにくいんでしょう。武器はクエストの関係で、比較的安価で手に入りますから、その差が目につきますよね」


 高いんですねというユーナの呟きを拾い、シャンレンも商人ならではの視点を口にする。なるほどと頷いて、ユーナは彼に手数料を尋ねた。


「シャンレンさん、上位スキルを手に入れたんですよね? 手数料っておいくらですか?」

「そうですね――タダでも構わないんですが……」


 また営業スマイルを貼り付けられたので、ユーナは顔をしかめた。


「次から頼めなくなります」

「ですよね。では、五%いただきましょう。銅五枚になります」


 予想はしていたのか、あっさりと商人は引き下がった。

 ユーナは道具袋インベントリから硬貨を取り出し、シャンレンに支払おうとした。小銀貨二枚と、大銅貨二枚と、銅五枚に更に銅五枚。そう考えていると、小銀貨を三枚握った手が出てきた。

 あわせて、シャンレンの上位スキルの効果を知る。一万ゲルトを八千五百ゲルトにしてしまうということは……


「十五%オフですか?」

「はい、正解です。上位の『卸値購入』のスキルレベルを、五まで上げたんですよ」


 その金額の大きさに、ユーナは目を剥く。

 銀貨での買い物なら、手数料を含めても小銀貨分ほど浮くということだ。一割は大きい。


「……すごいですね」


 驚きのあまり、ことばが思いつかない。

 シャンレンは誇らしげに微笑んだ。


「『高値売却』よりも利が見込めると思いまして、とっておいたスキルポイントを使ったんですよ。早速お役に立ててよかった」


 パジャマ代わりのワンピースを買うのに使わせるのが申し訳なくなるほどのスキルである。

 術衣ローブは綿のような肌触りで、夜眠るのに最適な生地だった。

 内心下着も替えがほしかったのだが、シャンレンの目の前ではさすがに自重している。

 ゲームの中なので、パジャマも下着も必要ないのだが、こればかりは気分である。懐は森狼のおかげもあって温かみを増す一方なので、許容範囲だ。

 ユーナが礼を繰り返すと、シャンレンは彼女の服装に視線を落とした。


「そういえば、外套はシリウスさんのですよね? その中の装備はアルカロット産?」

「え、わかるんですか?」

「確か、アンテステリオンのレイドボスで手に入れてたものですよ。デザインが良いものは、今のところアルカロットからしか出ていませんから。ああ、新しい装備も、とてもよくお似合いですね」


 欲しかった感想をもらえて、ユーナの顔がほころぶ。

 しかし、シャンレンの微笑みは凍り付いた。その視線が後ろに続いていて、ユーナは振り向く。商店の扉に、老女の影が……。


 あわてて、ふたりは歩き始めた。森狼が後を追う。


 北東に進むほどに露店は減り、次第に人影もまばらになる。こちら側には目ぼしい施設もないのだろう。ユーナにとっては既にマイホームと言いたくなるほどの居心地の良さだが、テイマーズギルドに縁があるものはそう多くないようだった。

 すぐに見覚えのある看板の前にたどり着く。両開きの大扉は、どちらも開かれたままだった。その大きさは、従魔シムレースの出入りのためだと今更思い至る。ユーナが先に入るとすぐ、カウンターに見知った男性の姿を見つけた。客の姿はない。


「ああ、おかえり」


 さらりと返されたことばに、ユーナは思わず反応する。


「た、ただいまです」

「ほぅ、成長したか。よかったな、森の眷属よ」


 後ろに続いた森狼の姿に、目を細める。その柔らかさが、鋭さに変わった。


「客か? ……交易商だと?」


 シャンレンの姿を見て、唸るようにイグニスは呟いた。

 カウンターに片手をつき、いつかのように飛び越えてホールに出る。足早にユーナへと近づくが、何故か森狼がその巨躯を遮る形で立ち塞がった。一瞬のにらみ合いがあり、ユーナは困惑する。視線を先に外したのはイグニスだった。ユーナを見、シャンレンを顎で指す。


「知り合いか」

「はい、友人です。はじめまして、シャンレンと申します」


 ユーナが口を開くより早く、一歩前に出て、シャンレンは右手を握り、左手を皿のようにして胸の前で受けた。形は違うが、アシュアの礼を思い出す仕草に、商人の礼なのかもとその動きを意識する。


「ここは、テイマーズギルドだ。交易商が商うものなどない」


 対して、名乗ることもなく炎の名を持つ従業員は言い放った。

 とげとげしい言い方に、ユーナは瞬く。

 シャンレンは首を振った。


「テイマーズギルドには、仕事で伺ったわけではありません」


 その返答に、イグニスはユーナを睨みつけた。その強いまなざしに、身が竦む。


「ユーナ、仲介する気か?」

「仲介?」


 話がまるでわからない。ユーナが首を傾げていると、吐息で、シャンレンが短く溜息をついたのがわかった。


「……誤解です」

「がぅぅっ!」


 遂に、アルタクスが吠えた。

 視線を動かせなかったユーナも、それで硬直が解ける。

 森狼は、イグニスに対して唸りを上げ、黒い瞳に青い炎を揺らめかせる。その姿勢も攻撃的で、今にもイグニスに飛びかかりそうに見えた。


「アルタクス!?」

「――すまなかった」


 ユーナが驚きのままに森狼を制止しようとすると、あっさりとイグニスは謝罪した。鋭さはやわらぎ、力が抜けたように見える。そして、自嘲気味に口元に笑みを佩いた。


「そうだな。少し過敏だったことは認めよう。詫びに茶でもどうだ? お前には、水だな」


 彼は手近なテーブルを指し、座るように促した。

 呆気に取られながらも、ふたりは席につく。アルタクスはユーナの足元を陣取った。大きさもあって、距離が近く感じる。ふんわりとした毛皮の肌触りが足に感じられた。それに安堵を覚える。

 イグニスはすぐに飲み物の準備をして、戻ってきた。差し出された薬草茶は程よいあたたかさで、いつかの夜をユーナに思い出させた。水の入った木皿は、アルタクスの前に下ろす。自分の分も茶を入れて、イグニスは空いた席のひとつに座り、ふたりに向き直る。そして、ユーナに視線を合わせた。


「以前、魔香アラマートの話をしたのを、覚えているか?」


 誘魔香ラズーズ・アラマートと、幻魔香ヴィッド・アラマート

 イグニスは語った。その二つの魔香アラマートは、テイマーズギルドに所属する従魔使い(テイマー)にのみしか販売されない。だが、従魔使い(テイマー)が購入したものを、転売してはならないという決まりがないそうだ。これはどのギルドでも同じで、ギルドが販売する際には規制があるものの、その後は野放しだという。


「だから、私を警戒したんですね。なるほど」


 シャンレンは納得して頷いた。

 ユーナにその魔香を購入させ、転売して利益を得ようと考える悪徳商人と思われたのだ、と彼はことばを続ける。ユーナは思わずイグニスとシャンレンを交互に見た。


「え、どうして、シャンレンさんが商人さんってわかったんです?」

「あー、それはですね。このベストは、交易商でなければ身につけることができない品なんですよ。やたら目立つので好きではないんですが、一応、商人ギルドからの信頼の証でもありまして……」


 赤に金糸で刺繍が施されたベストをつまみ、シャンレンは苦笑した。まさか、こういった形でマイナス作用があるとは思わなかったのだろう。

 ようやく話が飲み込めて、ユーナは頬を掻いた。


「えと、シャンレンさんは、私の容態を気にしてくださっていて……」

「ああ、その話を聞いた。すまなかったな、交易商」


 森狼を一瞥し、それでもシャンレンの名を呼ぶことはせず、イグニスは謝罪を繰り返した。まだ本心から信用しているわけではないことが読み取れたが、疑ったことに関しては詫びていることがわかる口調だった。

 シャンレンは営業スマイルで応えた。


「いいえ、お茶をありがとうございます。できれば、このままユーナさんとお話してもいいですか? 戦闘で負傷してしまっていて、もう癒しは受けているのですが、まだ本調子ではないので」

「――そうなのか。ああ、このまま使うといい。ご覧の通り、閑古鳥が鳴いているからな。気にするな」


 ユーナの全身を見て顔をしかめ、しかし頭を振って苦い表情を解く。そのあとは淡々と続け、イグニスは茶を飲み干して器を持ったまま、席を立った。カウンターに戻っていく。


「いいひとみたいですね」


 PTチャットで、シャンレンは囁いた。

 森狼はぴくりと耳を立て、商人を見る。そちらにも彼は微笑みを返し、改めてユーナに向き直った。


魔香アラマートの話は、β時代に聞いたことがありましたが……どこが出所なのかはわかっていなくて。確かに、あれは乱用すべきものではないと思います。ユーナさんが騙されているのではと、心配してくださっていたんですよ。相変わらず、良いご縁に恵まれていますね」


 とても楽しそうに笑う様子は、ユーナの知っているシャンレンだった。ユーナは肩の力を抜き、胸を張る。


「ふふ、ここのひとは皆さん素敵なんですよ。えっと、見た目も中身も」


 付け足したことばに、笑い声が漏れた。

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