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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第四章 黎明のクロスオーバー
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お買い物は計画的に

 視界の端で、封筒のアイコンが出現し、点滅した。

 意識を向けると、ウィンドウが開く。何と、シャンレンからのものだった。相変わらずのタイミングの良さに驚く。


『こんにちは。

 今、アンファングに来ています。

 例の討伐クエストは完了してしまったようで、惜しいことをしました。

 どちらにいらっしゃいますか?

 待ち合わせの場所を指定していただければ、すぐに伺います。

 ――シャンレン』


 そういえば、アンファングの転送門ポータルってどこだっけ?

 ユーナが首を傾げると、ウィンドウ操作に気付いていたセルウスが理由を尋ねた。


「メール? どうかした?」

「実は、友人の商人さんがアンファングに来てて……あ、フィニも会ったことあるひとね。そのひとが、会いたいって」

「あれかあ。何だか、マジ、タイミングすごくない?」


 ユーナも思った通りのことを、フィニも指摘する。苦笑いを返しながら、地図マップを開く。町中では、歩いたことのない場所であっても、ランドマークになるものは予め表示されている。アンファングの転送門ポータルは、神殿の裏側にあった。正面にあってもおかしくない施設なのにとユーナは意外に思う。


「ちょうどいいから、待ち合わせるならテイマーズギルドにしろよ。そしたら、そのまま休めるだろ」


 フィニア・フィニスは空になった杯を葉の上にかぶせて置き、立ち上がった。それを見て、セルウスは食べ残したものやゴミなどを手早くまとめて道具袋インベントリに仕舞う。


「じゃあ、一旦解散するか。ボクもアーチャーズギルドに寄ってから、転送門ポータルでエネロに行く。そこから歩いて、アンテステリオンだな。何かあったら連絡しろよ。アンテステリオン(あっち)で会おう」


 言い放つと、PTが即解散された。

 フィニア・フィニスはそのまま木箱の隣を抜け、テントの裏側から出ていく。軽やかな動きに目を奪われていると、完全に見惚れていたセルウスが絶叫した。


「姫、お供しますぅっ!!!」


 むしろ、「置いていかないで」が正解だと思う。

 木箱をひっくり返しながら、にぎやかに追走を始めるセルウスを見送り、ユーナも森狼へと向き直った。アルタクスは立ち上がり、フィニア・フィニスたちが出たほうとは逆、ユーナたちが入ってきたほうからテントを出る。周囲がざわめくが、もう今更だ。

 ユーナは簡潔に返信した。


『こんにちは。テイマーズギルドに今から向かいます。ユーナ』


 白い鳥が飛び立っていく。

 見上げた空の太陽はもう傾き始めている。未だに旅行者プレイヤーで混雑している広場を抜けるため、ユーナは気合いを入れて足を踏み出そう……としたら、目の前にPT要請が飛んできた。シャンレンである。

 承諾をタップすると、PT表示が三名になった。


『こんにちは。噂の従魔シムレース、いいお名前ですね。――割と近くかな』


 耳元に、涼しげな声が聞こえてきた。何だかひさしぶりのような気がする。地図マップにアイコンが表示され、お互いの位置がわかった。シャンレンは広場を北西側に回ったあたりにいるようだ。もう少し早く返事をすればよかったと悔やむ。


「お久しぶりです。シャンレンさんも、討伐クエスト狙いだったんですか?」

『あわよくばとは思っていましたが……姐さんから伺った通り、あまり体調がよくないみたいですね。日陰に入っていて下さい。すぐに向かいます』


 アシュアが暗躍しているようだ。

 確かに、今もまだステータスは回復しない。しばらくおとなしくしていたためか、疲労度は少し回復したが、歩いていたらまた戻りそうなほど微かなものである。

 人ごみの広場で合流は避けたい。ユーナは北東の大通りを目指して歩き出した。神殿の正面広場からは裏側にあたるため、混雑が避けられそうだからだ。

 ユーナの予想通り、北東の大通りまで出ると行き交う人の数はぐっと減った。それでも神殿や転送門に近いため、露店が立ち並んでいる。その軒先の木陰を行きながら、ユーナは露店を覗き込んだ。実際、夜着などの着替えが欲しかったということもある。残念ながら、旅行者プレイヤーの露店の多くは武器や防具、素材やクエストのための戦利品ドロップが殆どで、服らしい服は見当たらなかった。

 足音が、近づく。

 立ち止まって振り向くと、戦斧を手にこちらへまっすぐ走るシャンレンが見えた。服装が、以前のものとは違う。夏向けだろうか。見るからに派手な赤いベストに目が留まる。露店の軒先に入って、彼はようやく足を止めた。


「……お待たせしました」


 軽く息切れまでしている様子に、ユーナは慌てて首を振った。


「いえ、全然! 走らなくてもいいのに」

「今日は安静にと伺っています。でも……できるだけ早く、お会いしたかったんです」


 若葉色の眼差しが、ユーナを心配そうに見下ろす。いつもの微笑みがない。アシュアはいったい何を彼に告げたのだろう。普段と違いすぎて、その居心地の悪さに、ユーナはおどけるように笑ってみせた。


「わたしも、シャンレンさんにお会いしたかったんですよー」


 そのことばに、商人は目を瞠った。そして、いつもの営業スマイルを浮かべる。


「それは光栄です」


 少しその営業スマイルを残念に思いながら、ユーナは笑みを返した。それほど長い付き合いではないが、最近、少しだけシャンレンの営業スマイルと微笑みの区別がついてきているような気がしたのだ。どんな感情でも覆い隠してしまう営業スマイルでは、彼の心境は掴めない。むしろ、何か隠しましたよね?という気もする。

 商人はユーナの隣へと視線を向けた。森狼は唸ってはいないものの、初めての相手を睨みつけ、警戒しているように見えた。


「立派な森狼フォレスト・ウルフですね。従魔使い(テイマー)になったと聞いて、驚きましたよ」

「最初は成り行きだったんですけどね」

「例の、獲物ですか?」


 鋭い指摘に、ユーナは瞬く。その様子から正解を悟り、シャンレンは笑みを深めた。


「立ち話は体によくないですね。テイマーズギルドで、詳しいお話は伺います。……それとも、先に何かご入用ですか?」


 露店のほうを見やり、ユーナに問う。

 今夜テイマーズギルドに泊まるにあたってほしかったものを素直に口にすると、彼は快く頷いた。


「おっしゃっている生活雑貨程度でしたら、私にも在庫がありますからあとでお譲りしましょう。夜着ですが……この先に、服の品揃えのいい商店があります。そこで見繕っては如何ですか? ご一緒します」


 道行きを促され、二人と一頭は歩き始めた。

 テイマーズギルドへ向かう大通りの途中に、彼が言う商店はあった。既製品の服が十数着は軒先に陰干しされていて、服メインの店とわかる。看板には「ハルデニア・ラーデン」と書かれていた。

 吊るされた服の一枚が、以前、アシュアに譲られた術衣に似た形に見える。生成りで、くるみボタンが胸元に一つ付いたワンピースだった。ストンとしたラインが、もうなつかしい。

 少し高いところに引っ掛けられているそれを見上げると、シャンレンは「中にもありますよ」とユーナを奥に導いた。入口は普通の民家並みに扉が小さく、とてもアルタクスが入れるような大きさではない。「ちょっと待っててね」と言い置いて、中に入る。

 しわがれた老女の声が、彼女を歓迎した。


「いらっしゃい。かわいいお客さんだね、シャンレン」

「ご無沙汰しております、ハルデニア。柔らかい生地のもので、おススメはありませんか?」


 入口近くの椅子に腰かけた老女に、シャンレンは完璧な営業スマイルであいさつする。老女は立ち上がったが、殆ど椅子に座っているのと同じくらいの曲がり腰のままである。だが、店の奥に足を向けながら、楽し気にハルデニアは声をあげた。


「女に服を贈るなんて、やるじゃないか。祝いに割り引いてやらなくちゃね」

「ありがとうございます」


 シャンレンの礼が重なり、違います!!!!!とユーナは全力で否定し損ねる。しかも、彼はこちらを向いて人差し指を自身の口元に立てた。老女はヨロヨロとおぼつかない足取りで奥にゆっくり進んでいる途中で、シャンレンの様子には気づかない。


『安く買えそうで、よかったですね』


 PTチャットで囁かれるが、詐欺にあたるのではと心配になった。ユーナが口ごもるのを見て、シャンレンはことばを足す。


『あちらが勝手に誤解しているだけですから、放っておけばいいんですよ』


 シャンレンの声に余裕があったのは、ここまでだった。


「ハルデニア! 結婚式をするわけじゃないんですから、そんなドレスは要りません!」

「なんだい。宴のひとつもしてやらないなんて、お前さん、意外と甲斐性がないんだね」


 奥から取り出してきたのは、目にも眩しい隅々まで精緻な刺繍が施された白の婚礼衣装だった。ユーナはあまりの出来事に、口を挟む。


「あの……欲しいのは夜着なんです」

「はぁ、最近の若いもんは手が早いねぇ」

「ハルデニア!」


 顔を真っ赤にしたシャンレンというのも新鮮だな、と、自身も顔を真っ赤にしたユーナは思った。

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