レア・ドロップ
「討伐隊はこれにて解散となる。門は既に開かれているが、各ギルドでの特殊依頼は予定の期間内継続される。また、討伐報酬は本日中に各所属ギルドに送付するので、一度は立ち寄り、確認願いたい。
協力を感謝する。各々、広場での小宴を楽しんでもらいたい。以上だ」
アンファングの空に響き渡った乾杯の声が、それぞれの酒杯を干すために止んだ瞬間、聖騎士は要件を全て言い終えた。そして、己の酒杯を干し、神殿へ入っていく。その後ろ姿を歓声が追いかけていた。
要するに、広場内での飲食は無料である。金銭面での報酬が出ない分、目の色が変わってもおかしくない。
早速道具袋に串焼きを詰めている者が見えたが、あの中には戦利品が入っていないのだろうか。魔獣の爪とか、巨大ダンゴムシの糞とか……。
ユーナは頭を振った。考えると負けだ。
「これ、美味いな」
「でしょう? 味的には牛っぽいですよね」
いつのまにか大きな葉を皿代わりに、いくつもの料理が地面に並んでいた。気が利く男、その名もセルウスは、打ちひしがれている暇なくフィニア・フィニスに尽くしていた。甲斐甲斐しく皿代わりの葉に、いろいろと取り分けている。
石畳の上なので、露出した地面の上よりはマシである。串焼きだけではなく、ピタパンサンドのようなものや何かの唐揚げ、野菜の素揚げまであった。野菜と肉の串焼きは彩りに見覚えがある組み合わせだったが、中身は違うようだ。アンファングならではの組み合わせなのかもしれない。
「いっぱいもらってきたから、ユーナもどうぞ。そっちのは、何か食うのかな」
機嫌よく食事をしているフィニア・フィニスの笑顔で心が潤ったようで、セルウスは森狼のほうにまで気を配った。人としての評価を一段階上げて、ユーナは礼を口にする。
「ありがと。たぶん食べると思う……けど、ここから取っちゃってへーき?」
「足りなかったらまたもらってくりゃいいだろ。そいつだって功労者だ」
自分でもらってくる気はさらさらないフィニア・フィニスの物言いだったが、確かに間違ってはいない。森狼も立派に攻撃に参加していたのだから、食事くらい恩恵があっても罰はあたらないだろう。
遠慮なく、ユーナも座り込み、手近な葉の上にいろいろと料理を載せた。森狼の前に置くと、彼は貪るように食べ始める。ひょっとしなくても、ボス戦前の食事では足りなかったのかもしれない。
一方、ユーナはあまり食欲がわかなかった。ピタパンサンドっぽいのを手に取ったのだが、一口で気分が悪くなったので、齧ったところを手でちぎり、何とか飲み込んで、残りをアルタクスに託したほどである。
「んー? ユーナ、そこの施療院行くほうがいいんじゃないか?」
殆ど食べない様子に、フィニア・フィニスは顎で神殿を指す。
神官による癒しはもう受けているのだから、必要なものは安静だろう。ユーナは首を横に振った。
「テイマーズギルドで休ませてもらうつもりだから」
「ボクたちに構わなくていいからさ、早く行けよ。ってアンタ、他に羽織るもんないの? それ、上からだといろいろとさぁ……」
フィニア・フィニスが頬を染め、チラチラとユーナを見る。ユーナはその視線の先、自分の胸元を確認して、慌ててシリウスの袖を強めに締めた。座り込んだ拍子に、袖が浮いてしまっていて、下着が丸見えだった。いろいろ危ない。
「普通に、着たらいいんじゃないか?」
「ここではちょっと」
セルウスの指摘通りに外套を取れば、術衣の穴が見えてしまう。一度外さないと着られないのだから、もっとすごいことに……。
ユーナは全力で拒否した。
「無理」
「だよな。まあ、森狼いるのに狼になるバカな男もいないだろうし?」
フィニア・フィニスは肩を竦めて、更に串焼きにかぶりつく。確かに、今なら送り狼など頭から丸かじり可能である。そもそも、町中で性的嫌がらせなど、間違いなく警告行為だ。
「ええっ、お前、剣出たの!? いいなあ」
「俺、魔術師だぞ!? どこがいいんだよ!」
テントの外側でのやりとりが、ユーナたちのところにまで聞こえた。広場でも座り込んで宴を楽しんでいるのだろう。すぐそばにまで人が来ているのがわかった。
「そういえば、レアドロ、何が出た?」
口をもぐもぐさせながら、フィニア・フィニスが問う。
さておいていたのを思い出し、ユーナは道具袋の中身をウィンドウで確認する。視線でスクロールしていく中で、見覚えのないアイテム名があった。
白銅のアルカロット。
道具袋に手を入れ、それを取り出す。掌ほどの、白銅で装飾された小箱だ。
「白銅!?」
セルウスが大声を上げ、あわてて自身の口元を押さえつける。そして、PTチャットになっていたことを思い出して、安堵の溜息をついた。
「銅とかはアンテステリオンのボス戦でも出るけど、白銅って……」
「そういうセルのは?」
「銅でした」
セルウスが差し出したのは、同じ装飾だが色が異なるアルカロットだった。きらめきがない、マットな銅のアルカロットである。
名前は異なるが、銅でも白銅でも、説明書きは同じだった。
――使用すると、ランダムでアイテムが入手できる。取引不可。
ガチャみたいなものだろうか。
ユーナがじっくりと自分の箱を眺めていると、セルウスは自身が取り出したアルカロットの紋様の一部、円になっている場所を押した。箱が開いて光が溢れ、別の何かに変貌していく。光が弾ける。
セルウスの手には、武骨なカイトシールドがあった。
「あ、ラッキー♪」
ライトカイトシールド――防御力八、耐久度百/百の新品である。
耐久度が激減していた盾を早速片付け、セルウスは立ち上がって構えてみせた。サイズ的にも、以前より大きい上、形としても取り回しがよさそうだ。うれしそうにセルウスは盾を振る。
「これ、表が金属で、裏側が木だから、ひょっとしたら彫れるかも」
「彫る?」
「術式だよ。杖がないと威力は落ちるけど、まあ、今は攻撃より防御とか支援メインだからね」
ペルソナのように、細工師のスキルを持っているという。今夜にでも術式を彫ると意気込んでいる。
「希望のアイテムが出るの?」
「いえ、あくまでランダムなので……僕は運が良かっただけですね」
フィニア・フィニスの問いかけに、かぶりを振る。
早速、ユーナも使ってみることにした。
丸い紋様を押すと、箱が開き、光が膨らみ、弾ける。
現われたのは、短衣だった。白を基調にした、銀糸の縁取りのあるボートネックの袖なしで、とても可愛い。腕を覆う手袋や胴回りのみを囲うコルセットのような皮鎧までついている。まさに今の季節にぴったりの一着である。
ユーナが喜びに頬を緩めていると、フィニア・フィニスが弾んだ声で提案した。
「うわ、いいじゃん! 着てみろよ!」
大きく頷き、早速ウィンドウで装備欄を表示する。
「ぐるぅ?」
冷静なアルタクスのツッコミが入った。ユーナにはこう聞こえた。
「マジで?」
危うく、装備変更をタップするところだった。
ユーナはにこにことこちらを見ているふたりを睨みつけ、木箱を指さす。
「回れ、右ー!」
『はいっ』
しっかりと森狼の巨体で外からも身を隠し、男性陣が後ろを向いているのも確認してから「装備変更」をタップする。
着替えは、ほんの一瞬の出来事だった。膝上十センチ近くありそうだが、制服とそんなに差がないと思えば許容範囲である。括りつけられたままの外套をほどき、改めて上から羽織り直す。マントのように長くなっているが、ステータスで見ると防御力はかなり上がった。ぶかぶかの袖口は折り込んでしまえばいいだろう。服装を整えて、許可の声をふたりに掛けた。
「うん、もういいよ」
アルタクスの影から立ち、くるっと回ってポーズを決め、感想を待つ。
が、なかなかことばはもらえなかった。
とりあえず、ふたりとも、顔が緩んでいるのでよしとしておく。
「がぅ」
「ありがとね」
森狼に褒められたので、きっとカワイイに違いない。
そして、ユーナは今更気付いた。
かなり、アルタクスの意思が伝わってきている。
その青と黒のまなざしを見返し、ユーナは森狼の鼻先を撫でた。心地よさげに、森狼はその手に鼻先を更に、すり寄せるのだった。




