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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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成長

 最初の一歩から、すぐさま駆け足となり、アルタクスはユーナに迫る。

 とっさに身を翻したくなったユーナだったが、その前に彼は跳んだ。

 疾風が傍を抜けていく感覚と同時に、ユーナの襟足が強く引かれる。体が完全に重力に逆らい、彼女の目の前に、森狼の背が広がった。


「ひっ」


 アルタクスはユーナの襟足を咥え、力任せに放り投げたのだ。

 顎からその背にぶちあたり、余りの痛みに、両手は黒々とした毛並みを握りしめる。

 すると、目の前にウィンドウが開いた。


『従騎スキルを得ました』


 ユーナは目を瞠った。確認後、即ウィンドウは消える。

 途端、アルタクスは駆け出す。上下に揺れる身体が落とされぬよう、必死で毛並みにしがみついた。森狼の毛は、幼生のころに比べてずっと長く感じた。全体的に大きくなったためだろうが、毛だけではなく、皮まで掴んでいたが、特に森狼は痛みを訴えることもなく走り続ける。両腿は森狼の胴体を挟み込むように力を入れていて、変なところが筋肉痛になりそうだ。足をかけるところなどあろうはずもない。

 風が、ユーナの髪を嬲っていく。

 ジンジンする顎を毛並みに埋めると、あたたかさで多少誤魔化された。何とか周囲を見ようと頭を横にして視線を上げると、見覚えのある白馬と聖騎士が映り、すぐ消えていく。


「なっ……!」


 何か叫んでいたようだが、それすらも遠ざかっていった。

 こちらはもうどこもかしこもガクガクしているので、口を開いたら舌を噛むこと間違いなしである。


『……ユーナ……?』

『ま、まさか! あれ、大きすぎますよ!?』


 恐る恐る、といったようにフィニア・フィニスの呼びかけが聞こえた。セルウスが驚きのままに叫んでいる。ユーナも「信じられないでしょう、わたしも!」と叫びたかった。しがみついている背から顔を上げることもできず、ただ揺さぶられているだけである。視界から見える範囲に、ふたりの姿はない。だが、数名の旅行者プレイヤーが戦闘態勢を取っているのは見えた。

 ……こちらに向かって。

 ユーナはあわてて両手で強く、森狼の背を握る。急にアルタクスは足を止めた。振動が止み、ユーナは顔を上げる。普段よりも高い位置から見回すと、こちらに武器を向けようとしていた旅行者プレイヤーの足も止まった。


「わたしは従魔使い(テイマー)で、この子は従魔シムレースです! 討伐隊に参加しています!」


 攻撃しないでほしくて、全力で叫ぶ。


「ユーナちゃん!」


 よく知る人の声が、戦場に凛と響いた。

 こちらに歩み寄ろうとしていた旅行者プレイヤーの更に向こう。涼し気に白と青の袖なしの術衣を纏い、少し歪んだ法杖を振り、片手を口元に当てて、アシュアは周囲に向かって声を上げた。


「味方が来たのよ! 前方の聖騎士たちもすぐ駆けつけてくるわ!」


 よく通る声が広がる。旅行者プレイヤーから喊声が上がり、アルタクスに向いていた武器の先が別に向く。それに合わせてユーナは視線を巡らせた。


 ヴェールがいた。


 ほうぼうから上がった雄叫びに驚いたのか、後ろ足で立ち上がっている。殆どその様子に変化は見られない。その漆黒の巨体が、こちらへと体を向けた。眼差しが、ユーナを射抜く。


『いい登場の仕方だな!』


 フィニア・フィニスの声に合わせて、名を持つ熊の体に一矢刺さる。微かに身じろぎし、熊は吠えた。巨体であるにも関わらず、すぐに矢が打ち出されたほうへと向く。大きな腕が、振り上げられた。


 爪と、長剣が一瞬交錯し、弾かれた。


 暑さの中でも漆黒の外套を翻し、彼は勢いを殺すことなく腕を翻し、剣を振るう。

 その一撃を避けるべく、熊は僅かに後方へと下がった。

 後衛に近づかせまいと、シリウスは再度剣を構える。その後ろで、全然間に合っていないセルウスが盾を持って立っていた。


 胸が、熱くなる。


「術者、詠唱開始」


 低いながらも、有無を言わさぬ迫力のある声が聞こえた。

 アシュアの近く、叫んではいないのによく声が通ったのは、何か拡声器のような道具を用いているのか。

 紅蓮の魔術師は、いつもとは異なる術杖を天に掲げていた。その手が杖を撫でる。

 ヴェールは再度、シリウスへ肉薄する。


「撃て。炎の矢(ケオ・ヴェロス)!」


 シリウスごと燃やす気なのかと思った。

 だが、術者の詠唱から悟っていた剣士シリウスは、半身を動かすだけでヴェールの体勢を崩し、その背を術式に晒す。

 小さな炎の矢が、まず届いた。

 続いて、ぺルソナに従った複数の旅行者プレイヤーの術式が力を帯び、ヴェールの身を襲う。

 絶叫が響く。

 思いの他、初手が弱かったことに驚いた。


『攻略組は、僕たちの支援に回っているんだよ』


 呆然と眺めているユーナに、セルウスが言った。

 彼女たちは、熊を目の前にした旅行者プレイヤーたちがレイド戦に不慣れであると瞬時に察したらしい。そこで、攻撃のタイミングや防御には入るものの、自身で積極的に攻撃を仕掛けるということはしていないようだ。確かに、ユヌヤの転送門も開放してしまった攻略組が全力で攻撃してしまえば、レイドの経験を積む暇すらなく、ヴェールは砕け散るかもしれない。


『さあ、レイドよ。楽しみましょう……ってマジ耳疑ったよ。一撃でも食らったらボロボロなのに、あのひとの癒しだと、みんなすぐ起き上がるんだ。あり得ないって』


 半死半生で戦闘を生き延びたフィニア・フィニスとセルウスにしてみても、全力でも倒せなかった相手である。歌うように聞こえた台詞は、恐らくアシュアのものだろう。溜息交じりの声音に、ユーナは苦笑いした。


「待たせたな!」


 いつのまにか旗を剣に持ち替え、聖騎士マリスは声を上げて登場をアピールした。まだ、ユーナよりも遥かに後方にいる。しかも、石畳の上に戻っていたので、完全に進行を阻まれていた。

 何しにきたの。


 剣と盾を構えた旅行者プレイヤーが雄叫びを上げ、爛れた熊の背を切りつけた。余りの痛みにのたうち、その腕が戦士を跳ね飛ばす。続けて他の旅行者プレイヤーが槍を手にヴェールへと迫る。

 見知らぬ旅行者プレイヤーもまた、このレイドモンスターに積極的に攻撃を仕掛け始めた。

 

 ただ見守っていたユーナだったが、唐突にアルタクスが動き始めたので、あわてて両手に力を入れた。駆け出した森狼は、どんどんスピードを増していく。少し慣れたかもと顔を上げると、目の前はもう森だった。そのまま突っ込んでいく。


「あ、アルタクスぅ!?」


 ユーナの悲鳴を黙殺し、木々の間を駆け抜ける。

 細かい枝や葉が、時折ユーナの肌に小さな痛みを与えた。森狼が角度を変えて、更に走る。その方角の意味を、ユーナは察した。左手だけで体を支え、右腕で短剣クリスを引き抜く。

 何とか前を見ようと、再度木々に気をつけながら頭を上げる。森の切れ間が見えた。

 そして、その木立の陰に、見知った人物を見つけた。輝く美貌が木漏れ日の中で称えられている。彼自身はまったくそれに無関心で、矢を番えた弓は既に完全にひきしぼられており、タイミングを今か今かと待ちわびているようだった。

 弓手セルヴァだ。


 彼はすれちがいざまユーナのほうを一瞬だけ見やり、視線を合わせてから攻撃対象へと視線を戻した。

 森から飛び出したアルタクスと、ほぼ同時に、彼の強弓が唸りを上げる。


網矢陣フィレ・フレッチャー!」


 森狼をいともたやすく追い越し、ヴェールの頭部で矢が炸裂する。矢の先端が四方八方に分散し、細い魔銀糸で編まれた網がその巨体を捕らえた。完全な盲点からの攻撃に、ヴェールは網を振り払うべくめちゃくちゃに暴れ回る。その爪で網はズタズタに切り裂かれていくが、まだ動きを封じる役目は果たしていた。

 その間で、十分だった。

 ユーナは両足に力を入れた。

 跳びかかったアルタクスが、ヴェールの首筋へと牙を突き立てる。

 彼女の刃が煌く。


炎の加護(フィアンマ・ギベート)

風の加護(ヴェント・ギベート)!」


 二重に掛けられた魔術が、短剣に満ちる。

 ユーナは気合いを込めて、ヴェールの双眸の間へと両手で短剣を突き立てた。


 彼女の目には、片翼になった従魔の印章(シグヌム)と、濃い赤へと急速に変わっていく魔獣の名が映っていた。

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