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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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親子

 現実リアルから、幻界ヴェルト・ラーイにメールを送受信する場合、文字数と内容に制限がある。文字数は全角でたったの百文字、内容は連絡に限られる。文字数はともかく、内容は通信の秘密を侵害する行為ではないかと危惧されるが、システムの負荷を避けるため、という名目の下、システム的に送信されてくる外部のスパムは攻略情報を含めて自動的に削除される仕組みになっている。これは、約款の中にも明記されているので、許容するしかない。


『急におっこちてごめんなさい。家族に起こされて、強制ログアウトになりました。用事を済ませてからまたログインします。待たせていたら、ごめんなさい。気にせずアンファングへ戻って下さい。ユーナ』


 取り急ぎ、フィニア・フィニスへとメールを送り、ユーナはPCをそのままにして、足早に階下に降りた。

 リビングへのドアは薄く開かれている。

 そこから、奥まったダイニングで向かい合わせに座っている両親の姿が見えた。沈んだ表情の二人に、結名の足が止まる。しかし、すぐに両親は揃って彼女に気付いた。


「結名」


 とてもうれしそうに、父が呼ぶ。


「ごはんにしましょうか」


 安堵した声で、母が言う。そのまま、キッチンへと入り、コンロに火を入れたようだ。

 カチン、という音を聞き、誘われるように、結名もまたドアをくぐり、ダイニングテーブルへ向かう。

 いつもの椅子に座ると、あたたかな緑茶が出てきた。


「……ありがと」


 ぽつりと礼を言うと、母は「どういたしまして」とやさしく返してくれた。

 ちょうどいい温度のそれを一口飲むと、喉が渇いていたことを急激に思い出す。くぃっと飲み干すと、すぐに急須から追加が注がれた。父だ。


「落ち着いたみたいだな」

「うん。……ごめんなさい」


 するりと、謝罪のことばが流れ出る。

 何もかもぐちゃぐちゃになっていたさっきとは違い、ちゃんと言えた。

 結名はあたたかな緑茶の湯飲みを手にしたまま、目を閉じる。心配かけてごめんなさい、勝手にゲームしててごめんなさい、偉そうに言ってごめんなさい……。頭の中が「ごめんなさい」で埋まっていく。

 ぽたり、と雫が落ちた。

 声もなく泣く結名の頬を、父はそっと撫ぜた。


「――お母さんと、話してたんだ。覚えてるかい? 自宅でイルミネーション事件」


 ぱちり、と結名の目が開く。

 父親は微笑んでいた。結名は唇を尖らせて、頷く。


 それは、結名が小学二年生の時だった。

 クリスマスツリーを飾るだけでは飽き足らず、父は結名にナイショで自宅の正面をクリスマスイルミネーションで飾ろうと様々な電飾を買い込んできたのだ。リビングでは、結名が皓星から借りた家庭用ゲーム機をテレビに接続し、伝説と言われるRPGのリメイク作品で遊んでいた。彼女がゲームに熱中しているうちにと、父親は全ての配線を済ませ、お試しに電源を入れた。

 悲劇はその時起こった。

 ブレーカーが落ちたのだ。

 過剰なまでの電飾により、家庭用電源は一瞬で安全を優先させた。

 そして、結名の悲鳴が上がった。


「まだセーブしてないのにぃぃぃぃぃっ!」


 原因が父親にあると分かり、彼女は怒り、口をきかなくなかった。

 その時も、翌日遊びに来た皓星が取りなして父親と仲直りしたのだと、結名は思い出す。


「あの時、結名がゲームしてたら絶対邪魔しちゃいけないって、あれだけ思ったのになあ。同じように怒られてからじゃないと思い出せなかったんだ。ダメなお父さんでごめんな」


 慌てて結名は父の手を取り、首を振った。


「違う、違うよ。お父さん、ダメなんかじゃないよ! わたしのこと、心配してくれただけじゃない……!」

「うーん……実は、もうアレ、壊そうかって正直思ってたんだよ」


 握られた手を握り返しながら、父はとんでもない本音を暴露した。

 結名の表情が凍りつく。

 父は小さく首を振り、反対側の手で、結名の両手を包み込むように握る。


「でも、やめた。結名が大事にしてるものを、お父さんが取り上げちゃダメだよな。結名が生まれた時、何があっても結名の味方でいようって、お母さんと約束したのになあ……」


 ゆっくりと、肩に手がかかる。

 見上げると、母が微笑んでいた。

 結名を見ているのに、遠い眼差しに見えて。


「いろんなひとが良いご縁を結んでくれますように、あなたが良いご縁を結ぶきっかけになりますようにって……それで、結名って名付けたのよ」


 なつかしいわね、とそのまま結名の肩を抱く。ふんわりとした、少し甘い母の匂いが鼻をくすぐる。

 耳元で、母が囁いた。


「こんなに大きくなっちゃったものね」

「よし、抱っこだ」

「お父さん!?」


 握りこまれた手が離された。すぐに父親は結名を椅子から抱き上げ、高い高いをしようと腕を伸ばす。


「――重っ」

「やだもー! 離してーっ!」

「恭隆さん、その発言はさすがにちょっと」


 スポーツ(テニス)で鍛えているからか、想像以上の重さでも父は腕をぷるぷるさせながら、結名を掲げた。高校生にもなってと顔を真っ赤にして結名は身をよじる。その頬の赤さは「重い」発言故と誤解した母が、三度めの「父嫌われる」事件を回避すべく注意する。

 二度、高く持ち上げることができて満足した父が、結名を立たせた。

 父も娘も、顔が真っ赤である。


「あら、たいへん」


 沸騰しかかっている鍋の火を落としに、母がキッチンへ急ぐ。

 残された親子は顔を見合わせた。


「だから、結名は好きにしなさい。親は子どものことを勝手に心配して、勝手に大事にして、勝手に期待するだけだよ。いつだってね。……余計な苦労なんて、させたくなかったんだ」


 乱れた結名の髪を、更にくしゃりと乱して、父は苦い溜息と共に吐き出した。

 そっと、結名はスーツのままの父の背に手を回す。

 あたたかな腕が、同じように抱きしめ返してくれる。


 ――お父さんの匂いだ。


 結名は目を閉じた。


「うん……本当に、ごめんなさい……」


 娘可愛さが炸裂し、父親がぎゅーをやめるのには、冷たい眼差しで母が食事の支度をどんどん進めていくのにも関わらず、あと五分の時間を要した。

 当分ぎゅーするのはやめようと、結名は肝に銘じる。


 娘を解放後、妻の機嫌を察した父は、熱い抱擁と頬に唇を落として最愛の妻に応えた。見守る羽目になった結名は、改めて両親のらぶらぶさを思い知りつつ、即「いただきます」とすぐに「ごちそうさま」を済ませた。馬に蹴られる趣味はないのである。


 お風呂から出て髪を乾かした結名がリビングに入ると、さすがに二人も食事を終えてコーヒーを楽しんでいた。


「カフェオレ、飲む?」


 キッチンで水を飲んだ結名に、母が問う。

 結名は少し悩んで、正直に答えることにした。


「ううん……ちょっと遊んでもいい?」


 少し緊張して尋ねたが、逆に、両親は微笑みを返してくれた。


「いいわよ。じゃあ、そのまま寝るのね? おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ、結名」


 リビングのドアを閉めた途端、結名は足早に階段を駆け上がる。

 許された安心感も手伝い、これからの時間を思えば、ゆっくりなんてしていられない。


 ――早く、幻界ヴェルト・ラーイへ!


 心はもう、旅立っていた。

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