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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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黒の魔獣

 街道に出ると、旅行者プレイヤーの頭数が当初考えていた数字よりも遥かに多くて驚いた。出陣式には参加せず、町中に散っていたのかもしれない。今は恐らく、PT単位で集まって移動しているのだろう。数名単位の集合体がそこかしこに分散して、しかし同じ方角へと街道を進んでいく。相当前にいるのか、もう聖騎士の姿も旗も見えない。

 門を出るまではやや早めの行進だったが、今は逆にゆっくりめである。疲労度が回復しない速さでは、いざという時に対処できない。トロトロと団体が進む様子を見ていると、何となく、遠足めいた感覚に陥る。

 ユーナもまたゆっくりと足を進めていた。仔狼は相変わらずマイペースに、爪の一撃で沸いたばかりの草兎グラス・ラビットを砕いている。何の指示もないまま、仔狼が気楽に動くのを見て、セルウスが指さして問う。


「……何か指示出してるの?」

「いえ。完全に自発的行為です」

「あー、普通に話してよ。姫にはタメ口で僕には敬語とか困る」

「それもそう……だね」


 また丁寧に返しかけて、慌てて語尾をタメ口にする。

 セルウスはうんうんと頷いて、フィニア・フィニスに向く。


「姫、何があろうともこのセルウスがお守りいたします……!」

「このあたりは初心者向け雑魚しかいないからな。ちょっと森にでも入るか?」


 些か退屈なようで、既にボルトを充填している十字弓クロスボウを構えて、フィニア・フィニスは下僕の発言を華麗にスルーした。

 ユーナは首を振る。


「魔獣が出るのは街道らしいから……このままエネロまで行進じゃない?」

「……マジで?」


 何を今更。

 ユーナはフィニア・フィニスに肩を竦めて見せる。他に選択肢などない。

 また一匹、仔狼の前で草虫グラス・ワームが砕け散った。


「一応、隊列としては僕とユーナとユーナの従魔シムレースが前で、後衛姫という形でどうかな?」

「ユーナは中衛がいい」

「かしこまりましたっ」


 未だにスキルに関して誤解しているセルウスは、ユーナが訂正をかける間もなく、フィニア・フィニスの発言に了承する。盲目すぎるのも問題あるのではと思っていると、フィニア・フィニスがこちらを向いて首を振った。


 ――まだ言うな。


 どうやら、未だに信頼はしていないらしい。

 とりあえず、頷きを返しておく。安易な考えで盾スキルを振るとも思えないが、確かに、まだ実戦を見たわけではない。口先だけかもしれない、と己を戒めた。


 徐々に汗ばむほどの陽気となり、ユーナもフィニア・フィニスも森と街道の境界ぎりぎりを進み始める。石畳ほど歩きやすくないが、暑さを避ける方法としては木陰を選ぶのは適切だった。フィニア・フィニス曰く雑魚ではあるが、多少の戦利品ドロップも拾えている。行列はたらたらと進み、街道のところどころで暑さに対する怨嗟の声があがっていた。

 昨日も歩いていて感じたことだが、暑さを感じていると、疲労度の回復が遅い気がする。今は目に見えるほどの数値ではないが、戦闘になれば、より早く消耗する可能性が高いとユーナは思った。戦闘行為を繰り返している仔狼の疲労度の減りは目に見えるほどでもなく、普通に歩いているだけでもユーナより疲労度の回復が早いため、彼に関しては心配なさそうだった。


「これ、魔獣出なかったら、ホント時間の無駄だな」

「いいえっ、僕は姫とご一緒できるだけで、今この時この瞬間を最大限生かしていると思っております!」

「セルはしあわせそうでいいなあ。そういえばさ、魔獣って沸くのかなあ。それとも、森から出てくるのかなあ」


 心底うらやましげにつぶやき、街道でゾンビの如く行進している連中を見やり、次いで森の奥へ視線を向ける。その暑さと退屈でトロンとした眼差しが、急に見開かれた。十字弓クロスボウを構える――とほぼ同時、それ(・・)は木々の間をすり抜け、フィニア・フィニスに爪を振り上げた。


「フィニ!」

防御ディフェンシオ!」


 慣れぬ盾を振りかざし、間一髪でセルウスがフィニア・フィニスの前に入り込む。彼の持つ盾が一瞬だけ光を纏い、即砕け散る。そして、二人まとめて街道のほうへ吹き飛ばされた。うめき声も上げられぬまま、倒れ込んでいる。周囲から、短い悲鳴が上がった。

 仔狼が唸りを上げる。ユーナは息を呑んだ。

 眼前に立つのは、森の木々よりも巨大な熊だった。だが、その大きさよりも、よほどユーナに衝撃を与えたものがある。今もなお、彼女の視線はそれに釘付けになっていた。

 本来であれば、森熊フォレスト・ベアーと種族名がある場所に、「ヴェール」という赤い名称と……半分に欠けた翼の紋章があった。


「――ま、魔獣だー! 出たぞー!!!!!」


 誰か、旅行者プレイヤーが声の限りに叫ぶと、それが復唱されて広がっていく。前方にもこのざわめきは伝わるだろう。

 一足早く体制を整えた戦士が、盾を構えながら長剣を翳した。

 ヴェールという名の森熊フォレスト・ベアーは、駆け寄ってきた戦士の前に四つ足をつくように倒れ込み、そのついでにぺしっ、と盾ごと簡単に払いのけた。軽い一振りで戦士は木に叩きつけられ、彼が衝撃に耐え顔を上げた時には、ヴェールの喉の奥までを見ることとなった。


 砕け散る。


 周囲でタイミングを計っていた旅行者プレイヤーが、完全に足を止めた。ざわめきが遠く感じる。ご丁寧に咀嚼する音まで入っていて、想像力が仕事をしてしまい、気持ち悪くなる。ユーナは頭の中に浮かんだ光景を、実際に頭を振ることで振り払おうとした。意識を戦闘へ向け、ショートスピアの先の布を取る。

 ユーナの視界の端には、ステータスバーが表示されている。HPは黄色に染まっているが、まだ生きている。うまくセルウスの盾スキルが発動したのだろう。衝撃で身動きが取れなかったようだが、ゆっくりと身じろぎしているのが見えた。


「フィニ」


 安堵を込めて呼べば、いきなりセルウスが蹴り飛ばされた。


「ったく、重たいんだよっ」


 起き上がりざま、一瞬で定まった照準。十字弓クロスボウの引き鉄に力が入る。一本のボルトが空を裂き、勢いを殺すことなく熊の巨体を貫いた。名を持つ熊(ヴェール)は一瞬吠え、次いで唸り始める。


「セル、前」

「痛ぅ……御意」


 盾に顔面をぶつけたらしいセルウスが、起き上がりながらもけなげに盾を構える。その影に入り、十字弓クロスボウに矢を装填する。非力な者でも撃てる十字弓クロスボウの、最大の欠点がこの装填作業の手間だ。通常の弓矢よりも遥かに時間がかかる。

 そして、その隙を熊が見逃すはずもなかった。

 追撃が来ないと理解すると、フィニア・フィニスに向かって駆け出す。しかし、ほんの数歩で足を止めた。熊の鼻先を、仔狼の爪が掠めたのだ。ちょうど熊の向こう側に降り立った仔狼は、こちらへと体を向ける。


「アルタクス!」


 フィニに近寄らせないで、という願いを込めて名を呼べば、応えるように彼は吠えた。

 熊もまた、フィニア・フィニスを意識から外し、仔狼に狙いを定める。鼻先を抉られ、その部分には深い傷が見えた。血まで滴っており、相当のダメージを与えたことがわかる。

 再度、二頭の獣が交錯した。

 次に撥ね退けられたのは、仔狼のほうだった。

 森の木立の中へと、その小さな体躯が叩きつけられ、まぎれてしまう。辛うじてマップ表示で位置が分かった。

 HPは、たった一撃で半減し、黄色になっていた。攻撃力の高さはこれまでの被害者の状況からもわかっていたことだが……実際にここまで削られると、ユーナにはもう「退却」以外の選択肢を仔狼に与える気にはなれなかった。

 熊が吠えた。再度、フィニア・フィニスのボルトが背に生えている。


 まだ、無傷の精鋭が後ろにはいる。

 ある程度のダメージを与えたらチェンジすればいい。


 ユーナは冷静に判断し、そして視線を巡らせて絶句した。

 そこには、ガタガタ震えたり、立ち尽くしている旅行者プレイヤーたちの姿があった。

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