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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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出陣式

 天幕を出ると、例の男性がしぶとく待ち構えていた。

 思わず溜息が零れる。その様子を見咎めて、彼は顔をしかめた。


「同じ討伐隊に参加するんだから、そんな顔しなくてもいいじゃないか」

「PT参加の件でしたらお断りします」

「そこをなんとか」


 初対面の男性に、さすがに自分の抱えている事情をすべて語る気にはなれない。

 ユーナはゆるゆるとかぶりを振って、街灯のほうへ行こうと男性の横を足早に抜けようとした。途端、仔狼が唸り始める。ユーナに手を出そうとした男性は、びくりと身を震わせた。行く手を遮るのはあきらめ、後を付いてくる。

 街灯の下で、腕を組んでこちらを見ているフィニア・フィニスと目が合う。露骨に舌打ちされた。


「ま、まさか、あの子が……」


 震える声が、後ろから聞こえる。その熱のこもった声音に背筋が寒くなった。

 恐る恐る振り返ると、目を少し潤ませ、頬を染めた成年男子が体をくねらせている。ちょっと待ってお願い。

 すたすたとこちらに歩み寄るフィニア・フィニスに、何と言えばいいのか。

 動揺するユーナのことなど視界にも入れず、フィニア・フィニスは男性に詰め寄る。


「アンタ何? つきまとい? 通報するよ」

「いえっ、トンデモナイ。できればPTをぜひご一緒にと」

「悪いけど無理」

「そこをなんとか」

「しつこい」

「あなたのしもべでいいですから。どうぞ壁にでも使って下さい」

「よし、いいだろう。入れてやれ」

「何でっ!?」


 いきなりの加入許可である。あんまりな展開に、ユーナは開いた口がふさがらない。

 フィニア・フィニスは不思議そうに瞬きをした。


「下僕なら何人いても便利じゃないか」


 どうしよう。あの男性ひと、くずおれて泣き始めた。

 ……え、喜んでるの?

 無言で片膝を立て、両手を組み、空に捧げているように見える。

 フィニア・フィニスはにこにこと機嫌よく笑う。


「ボク、こういうの欲しかったんだ」

「まさかのボクっ娘! 神様ありがとう!」


 彼のしぐさは、感謝の祈りだった。

 価値観の相違を壮絶に感じる。

 ユーナは仔狼を見た。どうでもよさそうに、仔狼は欠伸している。助けてよ。

 かつて話に聞いた、まさにフィニア・フィニスの理想がそこにいるのだろう。

 わかるけれどもわかりたくない事実があった。


「えーっと、セルウス? 長いな。セルでいいな」

「あの、犬って呼んでもらってもいいですか……?」

「あっちと間違えそうだからイヤだ」


 うちのは犬じゃありません。

 っていうか、名前の長さは人のこと言えないよねっ!?


 名前を確認し始め、呼び方まで考えている。もじもじする男性から視線を逸らしたまま、ユーナは膝を落とした。仔狼がこちらを向く。


「どうすればいいと思う?」

「フン」


 鼻を鳴らされた。どうでもいいそうである。

 そこで、前向きに考えることにした。仔狼が反対しないということは、要するに戦闘上の問題は発生しないのだろう。ユーナの精神衛生上の問題が続出しているが。

 少なくとも、フィニア・フィニスには尽くすと思う。

 自分にとっての仔狼のようなものなら、別に入れてもいいか。ひとだけど。


「ちゃんとしつけるからさ、いいだろう?」

「姫と呼ばせて下さい……!」


 よし、言質は取った。

 ユーナはPT申請を出した。即受理される。PT表示の一番下に、セルウスの名が増えた。レベルは十八である。ユーナより高い。

 セルウスの目が輝いた。


「おお、僕のほうがレベルが上! これならお守りできます、姫っ」

「そうだな。せいぜい励め」

「御意!」


 もうPTなんだから、オープンチャットやめて……。

 その感激の大声に、衆目を集めている。とても楽しそうに見ているひともいるが、冷たいまなざしも混ざっていたり……あそこのひと、指咥えてるんですが、ねえ、何で。


「実は魔術師だったんですが、今から盾買ってきます。スキルポイント余らせておいてよかった……!」

「急げよ。出陣式終わったらすぐに行くから、置いてくぞ」

「Yes,Your Majesty!!!!」


 あれ? 女王陛下にまで格上げされてる。

 呆然としているあいだに、セルウスは露店へと駆け出していった。片っ端から盾はないか大声で聞き回っている。


「掘り出し物だったな」


 いい買い物をしたと言わんばかりに、フィニア・フィニスが胸を張る。こちらもオープンチャットである。ユーナも今のPTチャットでこの話題をする気にはなれず、オープンで返す。


「ホントに、大丈夫……?」

「当然。このためにボクはこの世界に来たんだからな。それよりもさ」


 自信たっぷりに言い放ったあと、ことばを切り、頬を少し染めて視線を逸らす。そして、上目遣いにこちらを見て、小声で告げた。


「フィニ、って……呼んでも、いいんだからな?」


 名前を呼ばないこと、気にしてたんだね。

 長い名前すぎて呼びにくかったのは事実だった。ありがたく頷く。


「ちょっ、さっき、小銀貨一枚だったよ!? 今倍にしただろ!」


 広場の向こうでも戦いが繰り広げられている。応援すべきかどうか、ユーナは迷った。

 鐘の音が、町中に鳴り響く。二の鐘だ。


「始まるぞ」


 PTチャットでの呟きに、天幕側へと顔を向ける。

 神殿の扉の左右には、白い神官服を纏った神官がずらりと並んでいた。巨大な扉の前には、一人の聖騎士が立っている。

 白銀の聖騎士は両手を広げ、口を開いた。


『勇猛なる旅の者よ――!』


 拡声器を使っているような、大音量が広場に響き渡る。そのあまりの大きさに、場が静まり返る。

 思わず顔をしかめると、しばしの間を置いて、少し声量が抑えられてことばが続いた。


『私は聖騎士マリスだ。魔獣討伐への参加、多大に感謝する! 既に被害は多数出ており、旅の者の中には命を失った者さえいると言う。今この時より街道へと赴き、にっくき魔獣を退治しようではないか!』


 そして、広げられた手が下りる。すらりと腰から長剣が引き抜かれ、天へ掲げられた。その美しい刃が、太陽の光にまぶしく煌く。


『いざ行こう、我が友よ!』


 広場が雄叫びと歓声に包まれる。

 その熱気にあてられ、ユーナは自身の気持ちもまた高揚するのを感じていた。


 階段を駆け下りながら、聖騎士は剣を鞘に収める。次いでその手甲が光を帯び、階段下に白馬が出現した。高らかに嘶き、まるで主を呼ぶかのようだ。既に馬具は身につけており、聖騎士は鞍に手を置くと、ひらりと飛び乗った。乗騎した彼の右手には、いつの間にか旗が握られている。白地にハートと十字がくっついたような紋章が赤で染め抜かれているものだった。身の丈よりも大きなそれを振り翳し、聖騎士は広場の外周を反時計回りに進み始める。


『討伐隊、出陣!』


 更に雄叫びが高まる。

 広場に集まっていた旅行者プレイヤーは、我先にとその後を追う。フィニア・フィニスが駆け出したのを見て、ユーナと仔狼も向かった。

 広場の周囲や大通りの両端には、いつのまにかNPCが居並んでいた。まるでパレードのような賑わいの中心に、自分たちがいると思えば気恥ずかしい。


「勝たないと、だね!」


 ちゃっかり追いついてきたセルウスが、ユーナを追い越しがてら声を掛けていった。その背中がすぐフィニア・フィニスに並ぶ。彼の胴体ほどの大きさの盾を片手に持ち、もう反対側には杖を握っているのが異様だ。その背中に、ユーナは頷く。

 足早に、決して離れまいと仔狼が続く。その姿を確認して、前のふたりに引き離されまいとユーナも更にスピードを上げた。

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