露店
本来なら、これから連携の超特訓なのよ、と言いながら、アニマリートはふたりを送り出した。看板を上げつつ、イグニスも視線だけで見送ってくれる。グラースは交替なので、休むと言っていた。
既に町は目覚め、朝の清々しい空気が、刻一刻と熱を帯びてくる時間帯になっている。
歩きやすい石畳を町の中央のほうへと進む。最初に訪れた時には、この北東の地区には全く足を向けなかったため、とても新鮮だった。既に人も行き交い、看板が下がっている店も多く、神殿前の広場に続く道なので、ところどころに露店も出ている。
町中では、仔狼のほうがユーナの後ろに付き従うように歩いていた。その様子を見て、通りすがりが指を指して話題にしているのも、耳に入る。
「犬がついてってるぜ。エサでもやったのかな」って、犬じゃないから!
よく考えたら、まだ犬サイズの仔狼である。魔獣と口にするのはNPCだけかもしれない。石を投げられなければ何でもいいかと、ユーナは前向きに考えるようにした。仔狼も気にせず歩いているようだし。
背後を気にしながら、足早に進む。
神殿に近づくにつれて、露店の数が増えていく。敷物の上には、必ず一枚の羊皮紙が置いてある。あれが露店許可証だろうか。並べられているものは様々で、戦利品が多い。たまに、武器が一つ二つあるくらいだ。
その店先をちらりと見やって、思い出した。
そういえば、武器スキルを選ぶつもりでアンファングに来たんだっけ。
腰に佩いた短剣たちは既に馴染みすぎていて、もう重さも感じない。双剣を操りたい、なんて思ったこともあったが、「テイム」スキルの次が気になる。よって、スキルポイントを他に割り振ることなどできない。そのスキルが、仔狼のためになるものだと良いなと思う。
スキルポイントがなくても、自分に使えて、仔狼の邪魔にならない武器。
考えてもなかなか答えは出なさそうだ。短剣は相当近づかなければならないので、ヒッドアンドアウェイが基本となる。スキルも体術もなしに、ボス戦で使うのは自殺行為だろう。襲われた時の自衛用と考えておく。リーチがあるものを勧められたので、そちらに思考が進む。弓矢はスキルなしだと仔狼に当たりそうだ。他には……。
露店にある武器は、どれも耐久度がある程度減っている代物に見えた。どことなく歪んでいたり、刃が鈍っているものまである。よく手入れされていたセルヴァの短剣と比較することもできない。セルヴァの短剣は攻撃力が十三、耐久度は九十/百だった。初心者用短剣が六であるのを考えると、かなりいい装備を譲ってもらえたのだとわかる。露店の品は、おそらく旅行者の武器の買い替えで、不要になったものを二束三文で売っているようだった。長剣が多い。
「よー、そこのおねーちゃん! 安くしとくよ、どうだい!?」
威勢よく声掛けまでしている旅行者までいる。
声音とは対照的に、どこかの事務所系アイドルのような面立ちの旅行者だった。その店先にも武器が二本と、戦利品系が並んでいた。ふと足を止めて、武器を凝視する。鑑定スキルはなくとも、名前だけではなく、攻撃力と耐久度程度の情報は読み取れる。
一本はショートスピア、攻撃力が十五、耐久度は七十/百だった。長さ的には一メートル強といったところで、柄が長い短剣のような代物だった。もう一本はショートソードで、攻撃力が十四、耐久度は五十/百である。肉厚で、刀身はユーナの肘から手先ほどのものだった。どちらも大銅貨二枚の値がついている。
安い。
エネロの商店で見かけた武器は、いずれも小銀貨一枚以上するものばかりだった。当然、そちらは新品で、耐久度は百のものしかなかったが、これほど差が出る理由がわからない。
ユーナが凝視したまま動かないので、露店の旅行者は更に値を下げた。
「おねーちゃん、かわいいから大銅貨一枚でいいよ」
「えっ……って、安すぎませんか?」
「まあ、大銅貨一枚は安いわな。けど、大銅貨二枚なら、周りにもいっぱいあるからなあ……」
その視線が周囲に向く。ここは通行人よりも、露店商のほうが多い。隣の店先をちらりと見やると、確かに違う武器だが同じ値段がついていた。
「アンテステリオンで買ったんだけど、今、割とリーズナブルな中古品が出回ってるから、そっちに乗り換えたんだ。マイウスで、NPCとの市街戦があったらしくてさ。その戦利品が、結構いいんだよ。あ、大事に使ってたから曲がったりはしてないし、ちゃんと拭いてあるよ?」
今ならショートソードは鞘もサービス!と付け加える。
使ったことのない武器だから、使用感がわからないのだ。
なら、使ってみればいいんじゃない?
ユーナは大銅貨二枚を差し出した。
露店商は目を瞠る。
「え、おねーちゃん、両方のスキル持ってんの?」
「あははは……」
「あ、ゴメン。スキル振りなんてむやみにバラせないよな。こっちも助かるからいいや! まいどありーっ!」
何もないです、とは言えず、笑って誤魔化そうとすると、違うほうに誤解してくれた。ありがたく武器を二本調達する。とりあえず、初心者用短剣は道具袋に片付け、短剣は反対側に佩く。そしてショートソードを左側に吊り、ショートスピアは手に持つことにした。
「おねーちゃんも、討伐隊に参加するんだろ? 俺はちょっと手持ちが心もとないから、ちょっとだけ商売して、午後から参加のつもりなんだ。一緒になったらよろしくな!」
笑顔で頷き、その場を後にする。
ショートソードは腰に重量がかかっているので、それほど気にはならなかった。ショートスピアは傘よりも当然重い上、穂先に鞘がないため、持ち方が難しい。穂先を下に向けると仔狼に当たりそうで怖い。上に持つと、誤って目を突きそうだ。ユーナは手近な露店で革紐を見つけ、例の別荘産布で穂先を包んだ。戦闘時は引き抜けば良い。
レベルが上がっているからだろう。歩く程度ならば疲労度の消耗は僅かで、問題なさそうだった。
神殿の正面に、天幕が一つ立っていた。討伐隊受付とわかるように、幻界文字の垂れ幕がかざられている。露店禁止区域となっているようで、少し離れたあたりから露店が林立していた。多くの旅行者が参加すると思っていたが、集まっている数は十数人ほどに見えた。思ったよりも少ない。
あ、フィニア・フィニスに連絡しないと、と思った時には、もう相手からメールが届いていた。
『神殿前の受付近く、街灯下で待ってる』
用件のみだったが、それでフィニア・フィニスが退院を許されたのだと知ることができた。さすがに抜け出してまで討伐隊参加は危険すぎる。
ユーナは受付の垂れ幕から、街灯へと目を向けた。一番近くの街灯の下に、確かに金色の髪が煌いている。相手も周囲を見回していたので、ショートスピアを振ってみた。気付いたようで、そっぽを向く。何故。
振り返り、仔狼を確認する。思ったよりも足元に近いところにいた。
「行こう、アルタクス」
声を掛けると、フン、と鼻を鳴らす。
黒い毛並みが微かに緑を帯びて、陽の光に照らされていた。
明日の更新は遅れても行う予定でしたが、土日は休むことにしました。
次の更新は月曜になります。ご了承くださいませ。




