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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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夜明けの来襲者

 大急ぎで服と装備一式を身につけ、部屋を出る。イグニスが顎を階段のほうへ向け、早足で歩き出す。後を追うユーナのほうは足の長さが違うため、殆ど走っている。仔狼はあっさりとユーナを追い抜いて、イグニスとの間にいた。その道すがら、彼は現状を説明してくれる。

 テイマーズギルドだけでなく、どのギルドでも、夜の間は看板は下げるが、ギルドホールの扉には鍵を掛けず、開けているそうだ。毎晩、緊急時に対応するため夜番が待機する。そして、昨夜から今朝にかけて、テイマーズギルドではグラースが夜番を担当していた。今はその彼女が、フィニア・フィニスの相手をしているとのことだった。


「わっかんないやつらだな! いいか? ボクはここにユーナっていう女の子が来たかどうかを訊いてるだけなんだ! いるかいないかの二択だぞ? 答えられないはずがないだろう!」

「ですから、個人的な質問に関してはお答えできません。したがって、こちらに来たかどうかもお答えできません。ご了承ください」

「ご了承できないから訊いてんの! アンタもしつこいな!」


 いえ、しつこいのはあなたです。

 聞き覚えのある少女の甲高い声は、ギルド中どころか近隣に響いていそうなほどの大音量だった。対するグレースは淡々とあしらっていて、ひどく対照的である。ユーナは街壁の小門を抜けてすぐに、その声を聞いて苦笑してしまう。しっかりと後ろではイグニスが閂を下ろしていた。


「本当に、すみません」

「いや、知り合いならいい。あれでも心配しているのだろう。たぶん」


 いささか自身に言い聞かせるような口ぶりである。

 ユーナの謝罪に首を振りながら、イグニスはギルドホールへの扉を開いた。


「あっ……いたのか……」


 散々騒いでいたフィニア・フィニスは、ユーナが扉から出てきたのを見て、力が抜けたように呟いた。左腕の状態は見た目ではわからないが、服は変わっている。緑から黄緑になっているだけで、相変わらず可愛い。神殿で治療してもらえたのだろうかと気になった。


「えーっと、うん、泊めてもらってたんだよ。で、どうしたの?」


 左腕からフィニア・フィニスの顔へと視線を移し、問う。

 すると、フィニア・フィニスはぷいっと顔を背けて腕を組んだ。


「べ、別に、ちゃんとたどり着けたか、確認しにきただけだ!」


 神殿での治療はうまくいったようだ。そのことに安堵すると同時に、嬉しくなる。朝一番で、様子を見に来てくれたのだ。てっきり何か文句でも言いにきたのかと心配していたユーナは、二重の意味でも胸を撫で下ろした。


「そっか、心配してくれてたんだね。ありがとう」

「心配なんかしてない!」

「うんうん。あ、お騒がせしてすみません、グラースさん」


 謝るユーナに、グラースもまた首を振った。硬い表情が僅かに緩む。


「いえ、お知り合いならよかった」


 イグニスと同じことを言う。少し可笑しくなりながら、ユーナは視線を巡らせた。カウンターの内側で、赤い髪のギルドマスターは欠伸をしている。


「鐘が鳴る前から来るんだから、知り合いじゃないほうがおかしいじゃない。まあ、その子連れてるんだから、気になるわよねー」


 話題の仔狼はフィニア・フィニスとユーナの間に立ち、唸っていた。

 フィニア・フィニスは苦い顔をして、仔狼を見下ろす。


「よく、コレ連れて入れたな」

「いろいろ事情を説明したら、入れてもらえたの」


 朝早いせいか、ギルドの人員とふたりと一頭の他に、当然人影はない。フィニア・フィニスは仔狼の唸り声を放置して、手近なテーブルの椅子を引く。そして座ると片手で頬杖をつき、ユーナを見上げた。


「まあ、座れよ」


 あなた、ここのギルドメンバーじゃないよね?

 この態度のでかさには微妙に見覚えがあり、ユーナは素直に座りながら反応に困った。人差し指で頭を突っつく様子に、フィニア・フィニスが鼻白む。


「何やってんだ」

「えーっと……何で座るのかなーって」

「話があるからに決まってるだろう」


 カウンターのほうを見ると、グラースは相変わらずそこに立っていたし、イグニスとアニマは何か話し合っているようだった。思いっきり聞かれていそうだが、フィニア・フィニスは気にしていない。


「施療院で治療してもらった時、神官の卵とかが結構いてさ。で、話を聞いたわけだ。例の討伐依頼の件だよ」


 ユーナの表情から笑みが消えるのを見て、フィニア・フィニスは口元を歪ませた。可愛い顔が台無しである。

 フィニア・フィニスは仔狼を見て、言い放った。


「よかったな。そいつのことじゃない。何てったって、相手は森のくまさんだからな。森熊フォレスト・ベアのでっかいのだとよ」


 改めてユーナのほうへ向くように座り直し、両手で頬杖をついた。


「聖騎士様とやらは神殿に到着して、昨日、各ギルドに通達を出したそうだ。今日の二の鐘に討伐隊の第一陣は出陣だとさ。閉門の鐘までに探索して帰還を繰り返すやり方で、黒い魔獣を倒すか、期限到来まで続く。討伐隊の出陣に間に合わなくても、神殿で登録手続きさえすれば、後からでも合流は可能って話。条件はレベルが十五以上であること、神殿で討伐隊に加入すること。報酬は各ギルドへの貢献度が上がる感謝状だけってシケてるよなあ。けど、狙いはソコじゃない――レイドボスだ。運がよかったら、相当なレア・ドロップにありつける」


 レイドボスとは、一PTだけでは討伐し得ない、複数のPTが勢力の垣根を越えて協力し合わねば倒せないボスモンスターのことである。

 攻略の最前線におけるレイドボスでは、通常、旅行者プレイヤー同士で声を掛け合ってPTを編成し、更にそのPT同士で手を組むために人脈と交渉力と時間が必須となる。今回のクエストは、その旅行者プレイヤー側の手間を大幅に省き、幻界ヴェルト・ラーイ側で舞台を準備していた。討伐隊に加入さえすれば、全員がレイドボスに立ち向かえるのである。問題は、手間を省きすぎたために、PT間の協力が相談なしの臨機応変であることだが。


「昨日から話が出回ってるなら、ネットにももう上がってるはずだ。現実世界リアルは夕方だから、これから続々面子も集まると思う。ただ、痛いのはユヌヤの転送門ポータルが開いていないことだな」


 攻略最前線からの応援が望めない、とフィニア・フィニスはぼやいた。特別クエストを知っていれば、すぐに戻りたがるだろう。だが、ユヌヤからマイウスまで戻るにも、ほぼ一日かかるそうだ。

 一方、各ギルドは閉鎖中に別途特別依頼を出して、条件に当てはまる者も当てはまらない者も利益があるように配慮している。例えば、訓練場にて高レベル者がギルドから紹介された低レベル者と修練すると、高レベル者には貢献度が認められ、低レベル者には熟練度が上がる仕組みになっているとか。他にも、アンファング内でのトラブル解決に関する依頼や地味なお使い、お手伝い系の依頼も出ている。

 たった一晩でかなりの情報を集め、ぺらぺらと話すフィニア・フィニスを、ユーナは感心して見入っていた。その眼差しに気付き、ようやくフィニア・フィニスは口ごもる。


「な、なんだよ」

「え……すごいな、って思って」

「はあ? こんなのフツーだろ。アンタの頭、平和だなー」


 頬を少し赤らめながら、顔をしかめ、ケッと吐き捨てる。


 その見た目でやめて。いや、どんな見た目でもしないでほしいけども。


 ユーナは金髪ふわふわな美少女の一挙手一投足、更にその口調まで含めても残念な溜息しか出ないような気がした。

 当然フィニア・フィニスは全く意に介さず、ユーナに問う。


「で、アンタは?」

「……わたし?」

「そう」


 何を問われているのかわからず、ユーナは首を傾げたままである。

 フィニア・フィニスの空色の目が据わる。


「とーぜん、討伐に参加、だよな?」


 その問いかけに、ユーナの胸に重たいものが落ちた。


 行きたい。行きたいけど。


 視線を仔狼に向ける。フィニア・フィニスと同じテーブルについて以降、アルタクスは唸るのをやめている。しかし、テーブルのすぐ傍で、こちらを見つめたまま伏せていた。いつでもフィニア・フィニスに飛びかかることができる位置なのは、きっと気のせいではない。仔狼が仔狼なりに考えて動いていることを、もうユーナは疑っていなかった。アルタクスは意思を持っている。それは、NPCと同じものだった。

 ユーナの視線を受けて、アルタクスはまっすぐに見返してくる。しかし、今のユーナに、それだけで仔狼の意思は計りかねた。

 黙る彼女の様子に、フィニア・フィニスは言い募る。


「その小さいの、結構強いじゃん。絶対イケるって」

「うーん……」


 迷うユーナの声を聞いてか、仔狼が立ち上がる。

 爪が床を叩く音が、ギルドホールの外に向かう扉へと向かった。そして、足を止める。

 ユーナに振り返り、「がぅ」と一声鳴いた。


 ――行こう。


 アルタクスの気持ちに、ユーナは大きく頷いた。

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