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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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遠い場所から

 妙に肌触りのいいタオルでしっかりと水分を拭うと、やや髪がきしきししているような気がした。ひょっとして、あの洗い粉って標準が従魔なのかもと思い、今度人用のも探してみようと心にメモをする。ついでに、このタオルがどこで売っているのかも教えてもらわねば。

 軽く素足で靴をつっかけて、下着のまま、装備や服は持って浴室を出る。さすがに埃っぽい服のまま、この柔らかそうな寝台に入るのは抵抗があった。購入予定のものに着替えだけではなく、パジャマも追加である。仔狼ものそりと起き上がり、後についてきた。だいぶ慣れたようだ。アルタクスが出てから、浴室の扉を閉める。

 仔狼は寝台のそばに身を伏せた。疲労度は未だにオレンジのままである。相当疲れたのだろう。

 寝台傍の小机に全て置き、ふんわりした布団にユーナは体を滑り込ませる。下はふかふかで、上は薄手の綿布団のようだった。心地よい感触に、すぐ眠気がきそうだ。どこに明かりのスイッチがあるのだろうと視線を巡らせる。

 と。

 視界の端に、封筒のマークがあった。

 気づくとすぐに、それは開くようなグラフィックで表示され、文面が映し出される。


『ログインしてるのか? 大丈夫か?』


 シリウスからのメールだった。

 日時を確認すると、幻界ヴェルト・ラーイ時間にして……夕方ごろのようだ。慌てて返信する。


『大丈夫。今アンファングに着いて宿にいるよ』


 短いが、まあ良いだろう。

 送信を押す。文面が丸まるのと同時に、グラフィックで白い鳥が現れる。その足元の筒に収納されて、鳥は数回羽ばたいて消えてしまった。そう言えば、返信するのは初めてだったと思い至り、次のメールが楽しみになった。

 そして、明日は何時起床にするべきか悩み始めた時、メールの送信からさほど間を置かず、視界の端に受話器のマークが現れた。触れるとウィンドウが広がり、まるで携帯電話の画面のように相手の名前と、その下に右へフリックできる通話開始ボタンが出現する。シリウスの名を見て、すぐにユーナはフリックした。通話開始のボタンが大きなスピーカーのマークになり、下に通話終了のボタンが現れる。


『ユーナ?』

「ぇ!? こ……シリウスさん?」

『いや、今更もういいよ。シリウスで』


 思わず本名で呼びそうになり、ユーナは慌てて言い直す。何、この電話。思いっきり現実リアルの声なんですけどっ。

 しかし、相手はその呼び方のほうが気になったようだ。

 音声が『フレンドチャット』になっている。オープン、PTだけではなく、こういった使い方もあるのかと改めて驚いた。


『で、例のグランドとニアミスしなかったか?』

「あー……思いっきり会っちゃったよ」

『なんだって!?』


 そういえば、全く報告していなかった。

 ユーナは、エネロを出てから、グランドに会うまでを簡潔に話した。未だによくわからない彼女セリアのことは、見た目程度の触れ方にしておく。


『……いや、まさかこんなに早いなんて……』


 シリウスにとっても計算外すぎたのだろう。

 アンファングでなら会っても仕方がないと思っていたが、まさか街道の、しかも取り込み中のまっさなかに出てくるとは、誰も思わない。きっと本人グランドも想像していない結末だっただろう。想像していたら回れ右のはずだ。

 と思っていたら、そちらではなかった。


幻界ヴェルト・ラーイでのトラブル解決がやけに早いとは聞いたが、昼に送った問い合わせで、もう動いてるとはな。大した運営だ』


 とりあえず、ユーナが無事ならそれでいいの一言で括られた。土屋のことなどどうでもよさげだ。まあ、もう二度と会うこともないからいいかとユーナも納得することにした。


「あ、それでね。わたし、従魔使い(テイマー)になったの」

『テイマー!?』


 以前助けた森狼フォレスト・ウルフの幼生が、罠を仕掛けた狩人を襲っていたところに出くわし、その流れでスキルポイントを十も使うことになったと言えば、沈黙が流れた。


『……本当に、それでよかったのか?』


 心配そうな口調で問われ、ユーナは視線を巡らせた。今、仔狼ほんにんは寝台の傍にいる。ユーナの声が聞こえるはずもないのに、体は起こさず、顔だけをこちらに向けていた。蒼い双眸がじっと見ている。

 あれ? とようやく気付いた。

 もう、吠えない。


「うん、アルタクスって名付けたんだよ」

『アルタクスぅ? ってあれだろ? アデライードの……ホントあの小説好きだな』

「咄嗟だったから……まあ、こっちは真っ黒だけど」


 もともと、皓星の部屋にある、シリーズものの小説に出てくる銀狼の名である。当然、皓星もその名は知っている。時折読み返したくなって、よく借りているのだ。たぶん、持ち主よりも読んでいる。


『へぇ……楽しみだな』

「ふふん、名前負けしないくらいには賢いよ。勝手に魔物狩っちゃうくらい。でも、触らせてくれないけど」

『はぁ? 何だよそれ』

「まだそこまで懐いてくれてないみたい。これから鋭意努力予定なの!」


 シリウスと話していて、不意にユーナは思い出した。

 アンファング閉鎖の件と、特殊な討伐依頼のことである。時間限定なので、間に合わないかもしれないという前置きをしてから話すと、それを先に言えと怒られた。


『今夜……あ、リアルタイムでだけど、とにかく夜にユヌヤのボス倒そうって思ってたんだよ。で、今準備終わって宿取ったとこ。隣の部屋にはアシュアもいるんだ。けど、それ特別クエストだろ。絶対おいしいから、行く』

「えー」

『とにかくサクッと倒してからだな。転送門ポータル使えないんじゃどうしようもないし。まあ、セルヴァたちは後からまた手伝えばいいとして、うん、何とかなるだろ。とにかく行くから。じゃあ、またな』


 あっさりと通話終了の文字に切り替わる。

 今からボス戦……?と思えば頭が痛くなる。アシュアはもう眠っているのではなかろうか。本当に申し訳ない。次会ったら謝ろう。

 目覚ましを夜明けの時間にセットし、寝台傍の壁にあった魔石で明かりを消してから、ユーナは布団に肩までしっかり潜り込んだ。少し冷えたようだ。


「おやすみ、アルタクス」

「フン」


 おやすみのあいさつの返答に、鼻を鳴らしてくれた。こんな小さなことで嬉しくなるのだから、従魔使い(テイマー)になってよかったのかもしれない。

 目を閉じたと思ったら――目覚めはすぐにやってきた。



「がぅっ」


 耳元で吠えられ、一瞬で完全に目が覚める。

 ほぼ同時にセットしていた目覚ましが鳴り、広がったウィンドウはすぐにフリックして黙らせた。遠く、鐘の音が聞こえる。


「フン」


 前足だけ寝台に載せて、仔狼は鼻を鳴らす。そして、顎で扉を示した。もう薄っすらと室内が明るい。窓から差し込むのは、夜から朝に変わる色合いの不思議な光だった。

 コンコン、と扉を叩く音と共に、声が聞こえる。


「――ユーナ、起きたか?」


 イグニスだ。返事を待たずに、彼は続けた。


「フィニア・フィニスという少女を知っているか? すごい剣幕でギルドに怒鳴り込んできたんだが」


 ユーナは布団を跳ね上げ、飛び起きた。あまりの恰好に、まず服を取り上げながら叫ぶ。


「す、すぐ行きます!」


 既に仔狼は扉の前へ移動している。疲労度もHPも完全回復しているようだ。

 ふたりで迎えた最初の朝は、非常に慌ただしいものになりそうだった。

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