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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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心に沿う

「仲良くなれてよかったよかった! じゃあ、入りましょう。もうアルタクスも入っていいよ」


 仔狼の食事が終わったのを見て、アニマリートが促す。途端に、アルタクスが低く唸り始めた。その様子ににんまりと笑う。


「ユーナ、いらっしゃい」

「は、はい」


 戦利品ドロップを拾い集めたユーナが、アニマリートに従って立ち上がる。すると、アルタクスは短く吠えた。

 アニマリートとアルタクスの間に挟まれ、どうすればいいのか迷ってしまい、ユーナはそのまま立ち止まる。

 そう。

 「行くな」と言っているように感じたのだ。

 そのことに気付いて、ユーナはアルタクスを見た。当たっているようで、足を止めたユーナに吠えない。


「森の眷属よ。お前も一度主を定めたのなら、共に在ることくらい易きことだろう。それとも、主よりも森を選ぶか」


 低い声は、火の名を持つ男性のものだった。

 小門から半身を現しているが、こちらを見るためにかなり身を屈めているのがわかる。

 その問いかけに、アルタクスは一声鳴く。どう答えたのだろうかと想像するよりも早く、仔狼はユーナの足元に近寄った。そして、彼女を見上げる。夜の闇に融けたような眼差しは、この上もなく静かに見えた。

 何となく、許された気持ちになる。

 ユーナが小門のほうに歩み寄ると、同じように仔狼も付き従った。

 すごい。


「あまり長時間、開けないほうがいい。早く」


 イグニスのことばに追い立てられるように、慌てて小門に入る。ユーナに続き、仔狼も中に入った。特に吠えることもない様子に、ユーナはアルタクスを凝視する。背後で閂が下りた。


「じゃあ、こちらへどうぞ」


 街壁側の小門ではなく、右の通路のほうへ案内される。手前に上への階段があり、奥は厩舎のようで、柵で区切られた馬房が幾つも連なっていた。赤の後ろ姿はその階段の上へと消えていく。ユーナは後を追った。このギルドでは明かりが壁に配置されているため、暗さを感じずに済む。きちんとアルタクスはついてきている。

 高さをしっかりと取っているようで、二回ほど折り返すとようやく二階に着いた。

 小さめだが台所があり、テーブルセットが二つ置かれている。居間から建物の奥に向かう、また別の通路も見えた。アニマリートがお茶の支度を始めたのを見咎めて、後ろから来ていたはずのイグニスがユーナたちを追い越し、ポットを取り上げる。


「部屋を貸すのか?」

従魔の印章(シグヌム)のない従魔シムレースを泊めてくれる宿なんてないでしょう」

「順番が逆だろう」

「う……」


 茶葉の缶も取り上げ、イグニスはユーナのほうを顎で示した。アニマリートは唇を尖らせながら、示されたほうへ足を向けたが、視線がユーナに戻った時にはもう笑顔だった。手近なテーブルにいざなう。

 ユーナが席に着く。


 と。


 何とユーナの足元にアルタクスが寝そべった。

 そのくつろいだ様子に、ユーナはガン見してしまう。

 アニマリートは声を上げて笑った。


「くっくっくっ……やぁね、ユーナったら。『アルタクスかわいー!』でしょ。そこ」

「え、あ、はい……触っても大丈夫なんでしょうか?」


 ユーナの問いかけには、アルタクスが応えた。

 倒していた頭がぐるりとユーナを向き、じっとこちらを見て低く唸った。

 曰く、「触るな」である。


 え、自分が近づくのはいいけど、おさわりはダメなの? どんな苦行?


 見るからに小汚い毛皮だが、べったりとした毛並みでも撫でてみたい衝動は確かにある。

 ユーナは無理やり手を出すべきか否かで逡巡してしまう。


「そうねぇ。あとでお風呂入れてあげたら? あんまり綺麗じゃないし」

「お風呂あるんですか!?」

「うちは特別ねー」


 湯船で蛇口をひねるとお湯が出ると言われ、感動する。

 アルタクスは意味がわからないようで、特に反応しなかった。これはいい。

 そこに、イグニスが入れてくれたお茶が全員の前に出された。仔狼には水の深皿が提供されているようだが、口にはしない。

 ユーナが礼を言ってお茶を口にすると、ギルドホールで飲んだものとはまた違う芳香が鼻をくすぐった。


「ユーナ、彼に水を勧めてはもらえないか」


 彼?

 イグニスの視線はユーナから仔狼に向けられている。

 ユーナは、唐突に理解した。


「え、やっぱりアルタクスって雄……?」

「むしろ性別知らずに名付けたの!?」


 アニマリートのツッコミに、頬を掻く。

 何ていうか、確信はしてなかったというか、たぶん雄とは思っていたけれど確認もしてなくてというか。

 仔狼もアニマリートの声の大きさに反応してか、こちらを向いていた。


「あの……咄嗟だったので、知っている狼の名前を付けたんです。千年以上生きる、とても賢くて心優しい、物語の中の銀狼なんですけど」


 ユーナのことばの前半部分で、明らかに仔狼は目を細めて牙を剥き出しにしていたような気がするが、後半の付け加えを聞くや否や、ぷいと違うほうを向いて頭を落とした。

 その様子を一部始終見ていたイグニスが笑う。


「名前負けせぬようにな」


 唸り声が響く。

 やけにコミュニケーションが取れている気がするのは、気のせいではなさそうだ。これもテイマーズギルドならではかもしれない。

 ユーナは水の深皿を仔狼へ押しやった。


「アルタクス、飲める?」


 返事の代わりに、長い舌が水を舐めた。

 その様子に、イグニスが満足げに頷く。


「最初から従魔シムレースとしてうまく行くはずもない。しっかりと主の言を聞き、心に沿うがいい」


 仔狼への忠言に、改めてユーナはイグニスを見た。頭の上の文字は緑、これはアニマリートやグラースも同じで、NPCを示している。中には人が入っていそうなほどのあたたかみのある対応に、幻界ヴェルト・ラーイという世界の深さを感じた。よほど、こちらのほうが浅慮で、ぎこちない気がする。

 視線を感じて、イグニスがユーナを見る。眼差しが絡まったのは一瞬で、すぐに彼はアニマリートへと向いた。


ギルドマスター(・・・・・・・)、仕事をしろ」

「それ、全然敬ってないよね!?」


 淡々と言い放たれた口調と、その切り返しよりも。

 内容がとんでもなかった。


「――ギルドマスター?」


 ユーナの問いかけに、アニマリートは一房だけ落ちた前髪に、指を絡める。そして、唇を尖らせた。


「い、一応ねっ。見えないかもしれないけど!」

「ギルドマスター、仕事」

「もー、わかったってば!」


 両手を腰に当て、頬を膨らませる様子は、見た目の年齢よりも子どもっぽく見える。

 アニマリートはこほん、と咳払いを一つして、ユーナに向き直った。


「ユーナ――あなた、従魔使い(テイマー)にならない?」


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