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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第三章 生命のクロスオーバー
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旅は道連れ

 前を歩いていた黒い仔狼が、急に駆け出す。

 爪を唸らせたり、牙を剥いたり。

 一瞬で、街道沿いの草兎グラス・ラビット草虫グラス・ワームが蹴散らされていく。

 その場を動かず立つアルタクスの傍まで行けば、その足元にある戦利品ドロップを爪先で叩いて知らせてくる。拾い上げるより先に、また前を歩き始める。索敵し、獲物を確認すると走り出す……。


「便利だな」


 左腕をぶらぶらさせたまま、フィニア・フィニスは評価した。緑の短衣チュニックの袖や左側は血染めで、既に黒く変色しかかっている。腰には十字弓を吊るし、やや重たそうに見えた。HPは殆ど回復しているというが、部分欠損状態に陥っているらしい。神官の癒しが必要なので、エネロではなく、アンファングへの街道をゆったり歩いていた。

 勝手に同行されている状態ではあったが、ユーナも血塗れの子どもを放置する気にもなれず、歩みを揃えている。

 そんな同行者の発言を受け、ユーナは悲しげに首を振った。


「テイムモンスターってああいうものじゃないと思う……」


 名を呼んでも振り向かない。

 触ろうとしたら唸る。

 勝手に先に行く。

 指示もしていないのに魔物を倒す。

 いったいどのあたりが「手なずけ(テイム)成功」なのか、一度運営とは膝をつきあわせて話し合う必要性を感じる。

 システム的に、ユーナには何の貢献もなしに、倒した魔物の経験値がぽこぽこ入ってきていた。恐らくテイムスキルの影響だ。PTで割られている。


「いらないんなら、ボクにくれ。って言いたいトコだけど……アレ、アンタにしか懐かなさげだなあ」

「あれのどこが懐いてるの!?」

「貢いでるじゃん。経験値とか戦利品ドロップ


 それは懐いてるっていうんだろうか。


 テイムの選択肢が出た時、感じたのだ。

 「いいえ」を選べば、森狼幼生(あれ)は間違いなくユーナの喉笛を噛み切っていただろう。そして、彼女は神殿帰りしていたはずである。


 スキルポイントが丸ごと残っていたユーナだからこそ、テイムスキルを取得できたと言える。レベルがひとつ上がるごとに、スキルポイントをひとつ取得できる今、レベル十六のユーナでも十六しかポイントはなかった。今それが残り六ポイントになっている。レベルが二十台に上がれば、これが倍の二ポイントを取得できるようになるそうだ。その分、上位スキルは当然必要スキルポイントが増えている。

 ユーナの視界の半分に広がっているウィンドウには、スキルツリーが表示されていた。つい先ほどまでは真っ白だったそこに、今は「テイム」があり、続く先には「??? 必要SP(スキルポイント)八」という表示がある。


従魔使い(テイマー)、か」


 仔狼を視線で追いかけながら、フィニア・フィニスは呟いた。

 フィニア・フィニスの目の前に、テイム取得についての選択肢は出なかった。そもそも余っているスキルポイントがなかったので、取得しようもなかったのだが。

 狩人として、テイムできなかったことを恥じるべきかどうか、フィニア・フィニスは考えていた。


「テイマーって、魔物使いとか?」


 名前だけなら、既存のRPGやファンタジー小説で聞く職業である。

 ユーナの安易な問いかけに、フィニア・フィニスは一つ頷いた。


「この世界では、手懐けた魔物は従魔シムレースって呼ぶんだ。テイマーズギルドならアンファングにもあったよ。アンタ行ったことないの?」


 ユーナは頷いた。とっとと最初の町(アンファング)を出て、アシュアたちに助けてもらったことは記憶に新しい。

 フィニア・フィニスは言葉を続ける。


「テイマーズギルドがあるのは北東の街壁近くだから、まあ知らないやつもいるのかもな。『テイム』の取得に小金貨二枚とスキルポイントが十も必要ってことで、ボクもあきらめた。始まりの町でそんな大金持ってるやつ、いるわけないじゃん」


 狩人になりたかったから、猟犬が欲しかったのだという。見た目といい、形から入るほうのようだ。

 確かに、フィニア・フィニスの愛らしいキラキラ美少女な見た目(アバター)で、すらっとした猟犬がいたら、何となく絵になる気がする。今はいろいろ台無しだが。

 ユーナは小金貨二枚にもひっかかった。小銀貨一枚がエネロで過ごす一日の生活費、と単純計算すれば、二千日分である。比較対象物を間違えた感がすごい。


「何でそんなに……」

「最初の従魔シムレースの代金と、契約の手数料だってさ」


 言うなれば、アルタクスの押し売りのおかげで、小金貨二枚分も浮いたのか。テイマーズギルドでならば、従魔シムレースの種類まで選べたそうだ。


「だから、旅行者プレイヤーのテイマーなんて聞いたことも見たこともない。情報系サイトでもテイマーズギルドでわかることしか載ってないよ。アンタ、ラッキーなんじゃね?」


 少しもうらやましそうに聞こえない言い草である。

 その視線の先がアルタクスなので、仕方ないが。

 視界から消えることなく、だが、近づくこともなく、ただ先導していく森狼幼生。

 最初に見た時の黒い毛玉よりは成長したようで、一回りくらいは大きくなっている。ふわふわでも、もこもこでもなく、べたっとしているように見える毛並み。全自動戦闘中のため、勝手にレベルが上がっている。既に六とか何の冗談だろうか。


「何かのイベントだったのかもなあ。あのねーちゃん、旅行者プレイヤーじゃなかったし」

「……幻界ヴェルト・ラーイの行く末を見定める者、って言ってたね」

「え? アンタ聞こえたの?」


 問い返されて、言葉に詰まる。あれだけはっきりと聞こえたのに、フィニア・フィニスには聞こえなかったのなら……セリアと名乗ったキャラクターは、フィニア・フィニスに知られたくなかったのかもしれない。そう思えば、彼女のことを口にしてよかったのだろうかと心配になる。

 露骨なその様子に、フィニア・フィニスは肩を竦めた。


「まあ、あのにーちゃん神殿送りっぽかったし、突っ込むとヤバい気がするからやめとく。せっかく拾った命、捨てたくないや」


 そう言って、少し前を行くアルタクスと距離を縮めようとフィニア・フィニスは足を速める。索敵能力が高いのか、アルタクスの歩みもまた早まった。つまらなさげな舌打ちが聞こえる。


「マジかわいくねーな」


 その可愛い顔で言わないで下さい。

 見た目だけなら本当に可愛いのに、何故その口調その態度!とげんなりしていると、魂の叫びが聞こえたのか、こちらを見てニヤリと笑う。


「アンタならいっか。ボク、美少女してっけど、ホントは男なんだ」

「え、隠してたの?」

「え……」


 お互いが顔を見合わせる。

 ユーナにとって、フィニア・フィニスは興味の対象ではなかった。ああ、可愛い子だなーと見たら思うが、正直、その物言いと態度で関わるのを遠慮したい部類である。名前を見て美少女設定なのかなとは思っていたが、中身プレイヤーが男の子だろうが、男の子っぽいふりをしている女の子であろうが、ユーナには関係のない話だ。隠すつもりがあるのなら、もうちょっと言葉遣いでロールプレイしないと無理な気がする。

 とっておきを教えたつもりのようなフィニア・フィニスだったが、ユーナの問い返しに口ごもる。そして、道具袋インベントリから鏡を取り出した。自分を映し出して、にっこりと笑う。だが、その直後、この上もなく不思議そうに首を傾げた。


「おっかしいなぁ……どこからどう見ても美少女なんだけどな……」


 見た目だけね。

 ユーナの内心のツッコミなど聞こえるはずもなく、フィニア・フィニスは鏡をしまう。


「ボクの妹とか見てるとさ、カワイイ女の子ってマジ得だと思うんだー。何にもしてないのにチヤホヤされるんだぜ。バカなことしてたって可愛けりゃ正義扱い。で、ボクも幻界ここではがんばって女の子して、世の中の野郎どもたらしこんでやろうって……って、ちょっと待てよ」


 語るフィニア・フィニスを放置し、ユーナはアルタクスの戦利品ドロップを無言で回収しながら、先を急ぎ始める。


「いや、だから、先行くなよ。ボク、疲労度スタミナゲージ回復しないじゃん」


 外傷のないユーナと部分欠損中のフィニア・フィニスでは、歩く速度によって疲労度の回復量が異なる。ユーナの早足ともなると、フィニア・フィニスには疲労度がむしろ増していく状況だった。

 戦利品ドロップを拾う間だけは足が止まるものの、先へと進むユーナに合わせて、更にアルタクスの殲滅速度も上がる。既にレベルが八である。


「ちょ、待って……すみません、ボクが悪かったです。ゴメンナサイ……」


 何とか置いていかれまいと足を速めたが、部分欠損が響いているようで、フィニア・フィニスは疲労度どころかHPまで減り始める。

 息切れもひどくなり、擦れた声でようやくフィニア・フィニスが謝ると、ユーナは足を止めた。

 振り返った彼女に、ふらふらながらもニヤリと笑う。


「ほら、やっぱり女の子って得だろ?」


 そして再び、無言で歩き始めたユーナに対して、フィニア・フィニスはひたすら謝り倒すのだった。


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