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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第二章 災禍のクロスオーバー
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選んだのは、あなたとの未来

 ログインしてみたら、ちょうど昼食時だった。

 毎回ログインする度に食事を摂っている気がするが、今回は夕暮れまでに最初の町(アンファング)まで歩く予定である。満腹にしておかなければ、疲労度の回復が遅くなるのはたいへん危険だ。ユーナはがっつり食べるべく、ランチメニューを注文する。パンとサラダと鳥肉の串焼きのセットだったが、これが現実の食事頻度ならばぶくぶく太りそうで怖い。幻界でよかった。それほど空腹なわけでもなかったため、パンは布にくるみ、間食用に道具袋インベントリへしまうつもりでいる。


「そういえば、だいぶ前に話したと思うんだけど……」


 クラベルが食事を並べながら、記憶をたどるように口を開いた。正直、ユーナも前回ログインして何日が経過したのか数えていない。えっと、ログアウトしたのが一昨日の夜十一時で、昨日はログインしどころじゃなくて……約二十七日というところか。クラベルにしてみるとほぼ一ヶ月の間、ユーナの顔を見ていないことになる。むしろ、よく覚えていたものだ。NPCだから当然と言えばそうだが。


「未だにアンファングからこちらの街道に、魔獣が出るんだよ。それが、どうも居座ってるみたいでねぇ……」


 ただ、姿を見せて襲い掛かってはくるものの、すぐに森のほうへ戻っていくらしい。初心者の幾人かが命からがらエネロに駆け込んで門番に助けてもらったそうだ。助からなかった者もいるのだろう。最初に致命傷を受けないことが重要だと念を押された。当然、村長からの討伐依頼も出ていて、高レベルの旅行者プレイヤーもPTを組んで討伐に向かったらしいが、戦闘可能時間が短いため、成功していないという。既に初心者の域を脱しているレベルだが、肝心のスキルがないため、ユーナには全力で逃げるしか選択肢がなさそうだ。

 むしろ、何故アンテステリオン側ではないのだろうかという疑問を抱く。アンファングからやってくる初心者は本当に命がけだ。

 情報に感謝して、ユーナは地図マップを開きながら旅程を考える。惑わす森を抜けると直線的で非常に近いが危険極まりない。当然そんな道はもう二度と選ばない。となると、南側を迂回していく街道を行くことになる。魔獣が出るのは、かなりエネロに近い位置と考えられる。明るいうちに行こうと心に決め、ユーナはサラダを攻略し始めた。癖のない青菜が三種類混ざっていて、見た目と味がちっともマッチしないが、掛けられたシーザーっぽいドレッシングにはよく合っていた。プチトマトサイズのスイカは、熟したトマトの味がするから不思議だ。この世界で料理をするのはいろいろたいへんだろうと思う。

 食事を終え宿を出ると、まだ太陽は天高く輝いていた。眩しい日差しに目が眩み、肌をじりじりと焼く感触に不快さを覚える。食堂内は窓が開いていて風が吹き抜けていたので気づかなかったのだろう。よく考えてみたら、クラベルは半袖のシャツだった。季節が夏に移り変わろうとしている。

 ユーナは自分の服装を見た。術衣は膝下までの丈なので問題ないが、長袖である。もっと暑さを感じるようなら、着替えが必要だと思った。今度、シャンレンに相談してみるのもいいだろう。


 腰に佩いた、二本の短剣。

 アンファングまでの道のりを、この二本と己の足に託して、ユーナはエネロを後にした。




「――ぁぁぁっ……!」


 エネロを出て南、村の姿が完全に見えなくなった街道で、ユーナはその甲高い叫びを聞いた。

 頭に選択肢が浮かぶ。そのまま逃げる、助けて逃げるの二択だ。「戦う」はない。

 街道の先、ユーナの行く道筋だ。街道は石畳が続いていて、右手にゆるく湾曲しており、左側が森になっていた。おそらく、その先に声の主がいるのだろう。

 とにかく、対象が見える場所へと移動すべく、走り出す。森に入らないように気をつけながらも、できるだけ陰を利用できるように先を急いだ。


 湾曲の先。

 石畳に、じわりと血が広がっていた。

 見覚えのある金髪巻き毛、その小さな体の上で、食らいついた腕を引きちぎらんばかりに振る漆黒の獣。同時に再度、悲鳴が上がる。


「やだ、やめ……っ、こんな……うわああああっ」


 その光景に、喉が鳴った。

 聞き分けたのか、獣の動きが止まる。

 子どもの体より、更に小さな体躯だった。蒼い炎のような眼がユーナを見つけ、顎を開く。子どもの腕が、力なく落ちた。

 黒の獣は、子どもの上からそのまま跳躍し、石畳を走り出す。

 爪が石畳を引っ掻く音が軽やかに聞こえるほど、迷わず、まっすぐに、ユーナに向かって。


 短剣を構えなければ、と腕を後ろに回した時には、もう目の前だった。

 鼻を血と獣の匂いがくすぐる。

 間に合わない。

 牙を剥いた獣は、その爪と共に、ユーナを捕らえるべく飛びかかる。


 ――森狼フォレスト・ウルフ幼生――


 以前見かけた全く同じ綴りを目にして、ユーナは息を呑んだ。

 スピードが乗った全体重を掛けられ、呆気なく石畳の上に突き飛ばされる。打ち付けた後頭部と背中に激痛が走り、その重さが胸を軋ませた。爪はユーナの胸元を掴み、離れない。荒い呼吸が首筋へと向けられ、死を覚悟した。


 唐突にウィンドウが開く。


【テイム可能です。テイム技能を入手しますか?

 必要スキルポイント十

 スキルポイントを割り振りますか?

 はい いいえ】


 現れた選択肢に、ことばもない。

 漆黒の仔狼は、いつかの眼差しのまま、こちらを見下ろしていた。


「こん、のっ……!」


 ふらりと、よろけながらも、フィニア・フィニスがこちらへと十字弓クロスボウを構える。片腕が使えないせいか、照準が定まらない。揺れ動く矢じりが太陽の光で怪しく乱反射している。小さな指が、引き金にかかる……。


「――くっ、あはははははっ! マジかよ、これ。おれ超ついてる!」


 響き渡った笑い声は、思い出したくもない相手のものだった。

 視線を巡らせると、森のほうから、一人の男が姿を見せていた。

 あの時は闇の中、星明かりの下だったが、今は太陽の眩しさの中で、商人戦士グランドは片手剣をひょいと肩にかけ、楽しげな足取りでこちらに近づいてくる。


「まさかのご学友じゃねえか! ふふん、助けてほしかったら……」


 続く言葉も、にやけた顔も、その姿も全て凍りつく。

 銀色の煌きが中空より出現し、音もなく舞い降りた。

 真っ白い術衣が、アシュアを思い出させた。

 その背中から流れ落ちる髪は選りすぐられた銀糸の束で、掲げられた白い繊手はどこか祈りを捧げるように揺れて下りていく。グランドに向いていた身体がこちらに翻されると、彼の姿は砕けて散った(・・・・・・)

 小柄な、少女だった。

 真っ青な、宝石のような眼で、彼女はユーナを映し出す。


「脅迫事項、確認しました。当該アカウントを凍結、当該プレイヤーに対し、永久追放を確定いたします」


 そして、場違いなほどの柔らかな笑みを美しい顔に浮かべ、両手で命の聖印を刻む。


「私は幻界ヴェルト・ラーイの行く末を見定める者……セリア。

 この地に住まう、すべての命に祝福を。

 それではみなさま、ごきげんよう」


 僅かに膝を落とし、右手で胸を押さえるような華麗なる一礼をし。

 出現した時と同じように、中空へと、彼女は融けていった。


 呆気に取られているうちに、痺れを切らしたのか。

 漆黒の仔狼は「がぅっ」と吠えた。

 視線を戻す。

 今にも喉笛を噛み切ると言わんばかりに、それ(・・)は唸っていた。


 むしろ脅迫ってこっちじゃ……。


 どのあたりが「手なずけ(テイム)」できるのか、甚だ疑問ではあったが、ユーナは今にも焦げそうな石畳の熱さや空から降り注ぐ眩しさと共に、頭の芯がくらくらするような感覚を味わっていた。


 ずっと、待っていたのだろうか。

 あれから、かなりの時間がすぎているのに。

 多くの犠牲者を出しながらも、ずっと、探していたのだろうか。


 どうせ待ってくれているなら、忠犬ハチ公よろしく座っていてほしかった。


 指先が宙を叩く。

 真っ黒な獣の、赤かった名前が、緑に変わる。

 同時に、ウィンドウの文字が入れ替わった。


【スキル「テイム」を取得しました。

 テイム成功。

 名前を決めて下さい】


 胸を軋ませていた重みが、やや軽くなる。唸り声が止んだ。だが、剥き出しの牙は変わらない。


「う、動くなよ……」


 しばらく動きを止めていた子どもも、割り切って魔獣の排除を決断したらしい。再び揺れる矢じりが怖い。

 ユーナは、仔狼を呼んだ。


「アルタクス、下りて」


 緑の「森狼幼生」の文字が、新たなる名前に青く塗り替わる。

 PTM表示にその名が追加され、主の上から獣は素直に下りた。

 音を立てて、十字弓が石畳に落ちた。

 フィニア・フィニスは口をぱくぱくさせている。


 助かった。


 ユーナは、体から力を抜いた。全身がべたついているような、肌の感触が気持ち悪い。

 日射しの強さに目を細める。大きな白い雲が、遠い空に浮かんでいた。

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