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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第二章 災禍のクロスオーバー
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幻の中でも、生きている

「イヤ」


 考えることすら嫌な提案だった。

 考えるまでもない答えだった。

 提案した本人も壮絶に嫌なのだろう。皓星は心底辛そうに言葉を重ねた。


「わかる。わかるけど、結名に何かあったらって思ったら、みんな気が気じゃないんだよ。買ったばかりの幻界ヴェルト・ラーイを取り上げられるほうがイヤだろう?」

「それもイヤだけど、キャラデリもイヤ」

「名前をちょっと変えるだけだよ。アイテムも装備もお金も預かるし、今と同じレベルになるまで付き合う。アシュアやシャンレンなら、オレだってフレだし、すぐにフレンドになれるから……」

「それでもイヤ!」


 取り付く島もなく首を振り拒否する結名を、母は不思議そうに見た。


「結名がそんなに嫌がるの、ひさしぶりに見たかも」

「うちはしょっちゅうよ。皓星の部屋入ろうとしたらもう……」


 伯母は遠い目をして、溜息をつく。

 そして、頭を抱えて視線を逸らしたままの皓星を見た。


「皓星だって、同じこと言われたらイヤなんでしょう? 結名ちゃんに無理強いしてどうするの」

「少なくとも、その変な奴に幻界ヴェルト・ラーイで会ってももうわからなくなるよ」

「その変な奴を避けるために、結名ちゃんが変わらなくちゃいけないの?」

「今ならまだ間に合う。結名は幻界ヴェルト・ラーイを始めてそんなに経ってないんだから、レベルだって……」

「ダメだってば!」


 レベルの問題じゃない。

 違うのだ。

 いろいろなひとと知り合った。フレンドリストにいる人たちだけではなく、それは、幻界ヴェルト・ラーイのごく一部に過ぎない数々のNPCと幾度となく言葉を交わして、顔を覚えてもらった。所詮プログラムであることはわかっている。だから、なおさら。


「また最初から、はじめましてなんて、わたし、言えないよ……!」


 脳裏に過ぎる出来事は、たった三日のことだとは思えない。

 そして、同じ三日を過ごせるとも、思えなかった。


 また零れてくる涙を拭う。



「……うん、わかった」


 頷いたのは母だった。


「結名の好きにしなさい」

「叔母さん!?」

「うーん、皓君も恭隆やすたかさんも、心配なのはわかるんだけど……所詮ゲームじゃないの。結名が楽しめるなら、私はそれでいいの」


 価値がわからない母なりの、娘に対する理解だった。

 許されて、結名は安堵する。しかし、母は条件を続けた。


「でもね、結名……イヤになったら、やめなさい。

 絶対に無理して続けないこと。ゲームなんだから、わかるわよね?」

「――はい」


 やるべきことが終わってから、遊ぶ。

 睡眠時間を削ってまで遊ばない。


 今まで積み重ねてきた、結名の中のけじめに。

 もう一つ、母との約束が加わった。


 しっかりと頷いて応える結名。その母も少し安堵した様子だった。

 ふたりの様子を見ていた皓星に、伯母が問いかける。


「皓星……結名ちゃんのために、もっと他の手段はないの?」


 ぐしゃぐしゃと頭を掻き、皓星は結名を見る。未だに揺れているまなざしに、手を膝におき、溜息をついた。言い出したら聞かない従妹……頑固さは恐らく血だろう。

 結名がユーナを消去するのであれば、それよりの最善はないと思っていた。

 だが、彼女はそれを選ばない。選ばないのであれば、土屋の陰は消えない。

 幻界ヴェルト・ラーイにはまっているという土屋やつが、本当にPK未遂の連中と同一なのであれば、結名と話したい内容など一つしかない。

 皓星は頷いた。


「――うん、ちょっと打てる手、打ってみる」


 結名、部屋に行こう。

 早速と言わんばかりに、彼は立ち上がって結名を促した。


 PCを起動し、映し出したのは幻界ヴェルト・ラーイの公式サイトだ。

 皓星は結名に、自身のアカウントでサインインするように指示した。素直に結名は従う。一方、皓星は自分の携帯を操作している。


「できたけど……」

「通報フォームを開いて」

「通報!?」

「あ、違反者報告のフォームだった」


 多くのMMOにおいて、他のプレイヤーの行為によって自身が迷惑を被った場合や、利用規約違反行為を見かけた場合には、迷惑行為・違反行為者ということで運営会社に報告し、調査を申請することが可能である。

 皓星が指示したのは、その報告申請画面の表示だった。

 何を通報する気なのかと怪訝そうにしながらも、結名はその該当するページを開く。


「じゃあ、ちょっと貸して」


 キーボードを横取りし、皓星は片手で携帯電話の画面を見ながら、入力を開始する。

 タイトルは……「ゲーム内で脅迫されそうです」!?


「こ、皓くん?」

「んー?」


 素晴らしい速さでリズミカルに入力していく。


 昨日、学校で「幻界をしているだろう」と同級生に尋ねられました。答えずにいると、話があると引きずられ、何とか助けを得て、軽傷で済みましたが、暴行事件に発展しました。警察へは暴行の被害届を提出している状況です。

 相手は、私のキャラクターが私自身であると確信しているようです。今もなお、執拗に話がしたいと繰り返しています。幻界において思い当たる節は、先日PKを仕掛けられた際、PTで返り討ちにしたことくらいです。このままでは幻界でも追いかけてきそうなので、どのように対処すればよいか、教えていただけると助かります。

 なお、加害者の名前は土屋大輝、PK未遂をした相手は複数いるので、全て列挙しておきます……


 皓星は、自身に送られてきた幻界ヴェルト・ラーイ内のメール画面を見ながら、PK未遂PTの全キャラクター名とIDを打ち込んでいる。


「最初、一応ペルソナに聞いてみたんだけど、さすがに頭に血が上ってたのか、る相手に興味なかったんだか、PK未遂の連中の記録を取ってなくて……アシュアはああいうやつだし、セルヴァもオレも、PK仕掛ける奴は倒せばいいや的感覚だったから、全然覚えてなくて。で、念のためって訊いてみたら、シャンレンがメモっててさ」


 何と、名前とIDだけではなく、見た目で判断した職業まで付随したメモである。

 ボス部屋の扉の前で、と結名も思い至った。きっと、アシュアはシリウスたちに連絡を取り、シャンレンはあの連中について記録していたのだろう。

 一通り打ち終わって、皓星はディスプレイの文字を叩いた。


 グランド。

 「『土』屋」を連想させる名前には、商人と書かれていた。


 皓星は結名に向き直り、問いかける。


「結名は、ゲーム好きだってクラスでバレていいのか?」

「え?」

「休み時間にからかわれたって言ってただろう?」


 もし、結名がどこかの掲示板で晒されるようなことがあれば、そして、それを結名自身が知ることになれば、書かれた内容が真実であろうとなかろうと、気持ちを乱されることになるだろう。今は落ち着いているが、いざ土屋の仕業だと予測がついてしまったり、ゲーム内で絡まれたりして、結名に極端な影響が出ることを皓星は恐れていた。だからこそ、ゲーム好きであることが晒される程度で本人が気にするのであれば、皓星は恨まれようともキャラクターを削除デリートするつもりでいる。

 公式サイトに結名自身がサインインしている今、それが可能だったからだ。


 皓星が返事を待つ中、結名は首を傾げていた。


「うーん? あれはすっごくいじわるな言い方だったから、返事したくなかったんだけど……しかも、みんな発表プレゼンのことに意識が向いてるのに、ゲームの話なんてし出すからびっくりしたんだよね。わたし、上手に発表プレゼンできて、結構浮かれてたから余計かも。しかも話の途中から睨まれてたし」


 その時はひたすらどうしようと思っていたけれど、救いがあった。


「小川くんがね、あ、クラスメイトなんだけど……からかってきた子、注意してくれて、幻界ヴェルト・ラーイしてるって言っててね。わたしもしてるんだよーって気軽に言えたら、一緒に遊べたのかもなんだけど、逆に釘刺されちゃった。現実リアルとゲームでのことは、区別したほうがいいって。土屋のこと考えたら、確かにそうなんだよね……」


 ひきずられた時も、小川くんが助けてくれたんだよ、と続ける。

 そこで、ふと、結名は気づいた。

 皓星の顔が怖い。

 眼鏡のレンズが室内灯に反射し、目が見えない。口角が上がっているような気もするが、何だか……。


「そうかそうか。まあ、確かに友達がいたら楽しいよな。わかる。うん」


 棒読みに聞こえる言葉が羅列される。


「じゃあ、気にしないんだな?」

「わたしがタイピング早いの、ゲームのおかげなんだよ? ……まあ、もう、自分から言いたいとは思わないけど。土屋あんなのいるし」


 結名の返事に頷き、皓星はもう一度フォームに入力した文面を読むように言う。言われるがままに目を通す。それを待つあいだ、皓星はテキスト形式で文面を別途保存していた。

 作業しながら、彼は説明した。


「この文面を送れば、運営が動き出す可能性がある。その方法として、ユーナの行動が追跡トレースされる可能性が一番高い」


 脅迫行為が実在するかどうか、確認するためである。

 だからこそ、ユーナ自身に何か違反行為があれば、すぐさま処罰を受ける可能性もあるという、この手段は諸刃の剣だった。それでもいいかという確認を取る。

 もちろん、結名は頷いた。彼女の潔白は、彼女自身がよく知っている。

 そして、結名というプレイヤーがどのような人間なのかを、皓星も知っていた。


 ガチなゲーム好き(ゲーマー)だ。

 いつだって、その場における最善を選び取る努力を怠らないプレイヤーだ。

 隣り合って幾度となく戦い、勝利してきた。それを誇りに思うほどの相手である。


 文面を確認し、迷いなく、彼女は送信ボタンをクリックした。

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