キャラクター、デリート
病院近くのパティスリーに寄ってから帰宅すると、見知った靴が二足、玄関に並んでいた。伯母と皓星である。伯母がいるのは仕様のようなものだが、夕食時でもないのに皓星がいるのは珍しい。リビングの扉が開く音に顔を上げると、靴の主が姿を見せた。
「まあ、入れよ」
奥に促される。
「うん……って、わたしの家だよ!」
「そうよー、おかえりなさい、結名ちゃん」
この母ありて、この息子あり。
ケーキのことは予測済みなのか、打ち合わせ済みなのか、扉から見えたキッチンでは、伯母がコーヒーを準備してくれているようだった。病院帰りなので全身着替えて手を洗い、結名はリビングに戻る。
既にお茶の準備は済んでおり、母も着替えて戻ってきていた。キッチンでは何かが煮込まれているようで、鍋がくつくつ煮立っている。伯母が夕食を作ってくれたのだろう。
「ほら、座れよ」
「だから、わたしの家だよ!?」
「そうよー、ほら、結名ちゃんはカフェラテだからこっちね。どのケーキがいい?」
コーヒーに少しの砂糖を溶かし、たっぷりの牛乳を入れたマグカップを渡されると、結名はケーキの箱へと目を走らせた。ちなみに、母は結名がフルーツのミルクレープを選んだ後、すぐにモンブランに決める。お互い末っ子気質である。
全員にケーキと飲み物が行き渡り、一息つく。
口火を切ったのは母だった。
「皓君から聞いたんだけど……今回のこと、きっかけはゲームかもしれないっていうお話ね」
「……うん」
「お母さんね、よくわからなかった」
眉を寄せて、皺まで作って、母は難しい顔をして答えた。
結名は皓星を見た。
どんな話をしたの?という眼差しから逃れるように、皓星は視線を宙に泳がせる。さっと伯母が手を上げた。
「伯母さんもわからなかったわ!」
皓星の話の時にも同席していたのかと今知った。この姉妹は本当に仲良しだから、まったくおかしくはないのだが。
とりあえず、理解を求めてみようと試みる。
「えーっと、どの辺が?」
「たぶん、全部」
説明を放棄したのであろう従兄が代弁した。
昨夜、結名が寝入った後、伯母と二人で両親の帰宅を待っていたそうだ。両親は担任に呼び出され、夜中に学校で土屋とその両親に会っていた時のことである。両親が帰宅してから、皓星は結名が話した内容をできるだけわかりやすく話したらしい。本人曰く、そっくりそのまま。
すると、女性陣はその時にも「わからない」と声を揃えたのだという。
「だって、おかしいじゃない。何で結名だってわかるの? 似てるの、名前だけなんでしょう?」
「しかも、皓星も一緒のゲームで遊んでて、最初結名ちゃんだって分からなかったって言ってたじゃない。たかがクラスメイトに何で分かるの? あなた、クラスメイトに負けたの?」
似たような顔が二つ、首を傾げる。
何となくそんな気もしていたのだが、結局待ち合わせるまで分からなかった皓星は視線を逸らした。
「勝ち負けじゃないだろ……」
何だか完全に敗北口調にしか聞こえない。
更に姉妹は言い募る。
「どう考えてもおかしいじゃないの。いっぱいひとがいて、その中であなたが結名だってわかるだなんて、エスパーかストーカーよ。お母さん、絶対違うと思う」
「うんうん、絶対思い込んでるだけよ。そもそも、相手だって、敵だったかどうかわからないんでしょう?」
「単なる人違いかもしれないじゃない」
「とっても無関係かもね」
揃って「ねえ」と仲良く大きく頷く。
結名はぼんやりと思い出してみた。何で、土屋は自分を知っていると思ったのだろう……。
考えていくと、やっぱり、あの目なのだ。
「睨まれたの。すっごく」
確信していなくて、あれだけガン見するだろうか。
間違っているかもしれないのに、あれだけ無神経に人を引っ張れるのだろうか。
考えるだけわからなくなってくる。
「結名が気に入らなかったとかかもしれないだろ」
「それまでは口聞いたこともなかったのに?」
「うーん……いきなり?」
「うん。五限が発表だったの。すぐに当たっちゃって、でも、皓くんのおかげで上手にできたんだよ。で、すぐの休み時間にはもう絡まれてた」
本当は、もっと喜んで報告できることだったのに、そのあとの事件で台無しである。
結名が思い起こしながら続けると、皓星は頭を抱えた。
「あー……じゃあ、それかも」
「それ?」
「プレゼン。浜脇先生、フルネームで呼んでないか? 名は体を表すとか言いながらさ」
「あ……」
確かに、結名もフルネームで呼ばれて、そのあと発表だった。
「一分だぞ。他のこと何も考えずに、ユーナのことを思い出しながら、人ひとりをじっくり見てたら……気づくやつは気づくんじゃないか? アバターのほう、体形は同じにしてあるんだろう?」
「……うん……」
髪や目の色はもちろん、髪の長さや顔立ちはちょっと美化して変えてある。
しかし、ユーナは結名とまったく同じ身長で、体形だ。あの、ボス部屋の前でじっくり眺められていた時のことを、思い出されていたとしたら? 皓星の指摘した可能性は否定できなかった。
「好きでもない女の子のこと、そんなに覚えてるかしら?」
「やあね、結名ちゃんかわいいから、気になってたとかならあるんじゃないの?」
「お父さんが聞いたら、示談成立しない気がするわ」
じっくり見られていたのはゲームの中のほうのユーナだが、母も伯母もそのあたりがあまり、区別できてなさそうだった。
「――なあ、結名」
「な、何?」
改めて名を呼ばれ、結名は身を縮めて問う。
頭を抱えたまま、視線を合わさずに、皓星は提案した。
「キャラクター、消去しないか?」
最悪の、提案を。




