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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 閑話の続き
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閑話 炎の担い手

第十二章「性別」を、別視点にてお送りします。


 ユーナとアデライールの手が重なっていた場所に、小さな赤い魔術陣が浮かぶ。

 それは炎の陣だった。紅蓮の魔術師は精霊召喚の霊術陣を読み取り、息を呑む。


 かつて、仮面をかぶることになったあと。

 一度、考えたことがある。


 紅蓮の仮面の効果は、炎による攻撃を十%上乗せできるというものだ。ならば、炎の魔術だけではなく、炎の精霊と契約することで、より強力な術式マギア・ラティオを組めるのではないか。


 しかし、結局それは妄想で終わった。

 アンテステリオンから先も、仲間の歩みは留まるということを知らず、ひたすら前に進んでいたからだ。その旅路の中で己を磨くことこそあれ、わざわざ離れてまで始まりの町(アンファング)へ戻るという気は起こらなかった。


 もし、あの時。

 ほんの少しでも離れていたら、この未来はなかっただろう。


 そう思えてしまうほど、多くの物事が重なり、複雑に絡み合い、今、ここにいることを自覚していた。



 従魔使い(ユーナ)は目を輝かせて、その小さな炎の精霊を見つめていた。精霊が具現化するという状況は、通常、契約時と召喚時のみだ。戦闘中に見掛けたことはあったが、これほどまでにじっくりと観察するのは紅蓮の魔術師も初めてだった。


「よぉーやく、出られたーっ!」


 磨き抜かれた銅の鍋のように美しい光を放つ髪、滑らかな褐色の肌、そして、主たる不死鳥フェニーチェの特徴を受け継いだらしく、朱金の羽を全身にちりばめていた。


「――妖精?」

「へへっ、ようやく会えた! ユーナだユーナだっ♪」


 ユーナの視界へと躍り出た炎霊フォティアは、喜びのままにその頬へと祝福を贈った(唇を触れさせた)。紫水晶の瞳が大きく見開かれ、その身体が驚きに震える。その手が頬へと上がるより早く、手のひらほどの大きさの精霊(少女)は宙を舞う。

 身に纏う白地に赤い縁をかがられた衣は、薄い。興奮している炎霊の心を表すように、ユーナの周囲をくるくると舞うあいだ、その裾は軽やかに翻っていた。


「んふふふふふっ、やったぁっ! これでユーナの力になれるよ~♪」


 ユーナは短槍マルドギールを握り締めた。


「え、女の子だったのか……」


 浮かんだ疑問をそのまま口にしたのだろう。

 シリウスのことばに、炎を体現したような男がやや冷たいまなざしを炎霊へと向けたまま答える。


「精霊に性別などない。姿を現す時に限って、主の性に引きずられるだけだ」


 転送門の前に穿たれた穴は、小さくはあったが深かった。短槍自体は、少し作りの凝った……アルカロット産らしい短槍、といったものに見える。本当にこの小さな精霊が、転送門を封じるほどの力を持っているのかと仮面の魔術師は朱殷の瞳で見定めようとした。


「この婆にも、最初は小坊主に見えておったの。我が主の好みはどちらかの?」


 性別で能力に差が出ないのであれば、どちらでもいいだろうに。


 紅蓮の魔術師にしてみればどうでもいいことだったが、不死鳥幼生(アデライール)は己の主へと機嫌よく尋ねていた。霊属契約の性質が垣間見える。性別すらも超越する存在となる、主の存在。通常の精霊契約とは枠組みが異なる理由は、相手の意思すらも無視してしまえるものなのではないか。


 細く、小さく。

 その形の良い指先が円を描く。霊術陣が発動し、小さな炎が渦を巻いて炎霊を包み込んだ。燃え上がったと思えばすぐに消え失せ、あとには小さな男の子が残されていた。

 ユーナは目の前の精霊を凝視し、次いで手元の銀の指輪へと視線を向けた。彼女の水霊ヴァルナーだ。内心で己の精霊と比較しているのだろうが、その行為自体が彼女に好意を示している炎霊の神経を逆なでたようだ。割って入るように、美しい朱金の羽を羽ばたかせて宙に浮く。


「もー、何でそっち見るの? ほら、こっち、こっちだよっ!

 ようやく不死鳥アデライール様のおかげで、炎龍イグニスの楔から解き放たれたのに……ユーナは水霊ヴァルナーのほうがいいわけ?

 指輪はいいよなあ。短槍なんてポイってされたらそれっきりだし。アデライール様が気付いてくれなかったら、今もイウリオスの外か、どこかに売り払われてた気がするよ。あ、そういやあ、前も誰かに盗まれてたよね!? あれもショックだったんだからね! どこに売り払われたって全力で戻るけどっ!

 だいたいさあ、今までずーっと思ってたけど、ユーナはさあ、優しすぎるんだよ。

 今度からはこの炎霊フォティアの眷属、貴女が呼んでくれるなら『マルドギール』の名で、貴女が不快に思うものは何でも焼き払っていくから、そのつもりでいてよね。不死鳥フェニーチェ様の力があればなおのこと、そんなの朝飯前……」


 立て板に水の如く、小さな炎霊は文句を垂れ流す。聞き捨てならない台詞が含まれていた気がする。

 しかし、その様子を見つめているユーナはことばに表情を変えることなく、ただ首を傾げた。

 瞬間、炎の名を持つ者は手を伸ばし、炎霊の眷属を摘まみ上げた。


「貴様、調子に乗るなよ……!」

「え」

「我が主は聞かずともよい」


 ユーナはイグニスの形相に表情を引きつらせていた。次いでアデライールへと視線を落とし、困った顔をする。


「えっと、前と一緒でその……聞こえなくて」

「それは好都合じゃの」

「ユーナには聞こえないのか」


 デス・ペナルティが継続しているためだろうか。

 しかし、そもそも彼女は炎霊との契約は行なっていない。デス・ペナルティがあろうとなかろうと、結果としてその声は届かないということか。

 そして、その事実が新たなる事実を知らせた。

 頷くユーナから視線をとなりの剣士シリウスへと移す。


「お前も?」

「聞こえるわけないだろ。精霊の声なんてふつう……聞こえないよな?」


 問いを問いで返されたが、紅蓮の魔術師にはごく普通の音声に聞こえている。PTチャットでもなく、オープンチャットだ。


「いや?」

「ほほぅ、そのほうには精霊使い(エレメンタラー)としての素質もあるようじゃの」

「う、うらやましい……」


 ユーナに心底羨ましがられ、妬ましそうに紫のまなざしを向けられる。しかし、紅蓮の魔術師にとっては必要な情報かどうか怪しかった。


「こんな話、聞こえてもな……」

「黙っておれよ。我が主が気に病む故」

「何話してるの!?」


 お前が気に入らないものは全部燃やすそうだ。

 放火魔の称号は俺よりもマルドギール(あっち)のほうが相応しいんじゃないか?


 ずばりと言ってやりたくなったが、不死鳥に口止めされては敵わない。仮面の魔術師は肩を竦めるにとどめた。


 今もなお、イグニスの手の中に炎霊フォティアはある。無造作に男はそれをその炎のまなざしに晒した。


「貴様はアデライールの隷下にある。よって、アデライールが望む限り、アデライールの主であるユーナに力を貸すのは当然だ」

「うむ。多くを望むと身を滅ぼすからの」


 阿吽の呼吸でふたりが口を揃える。

 ギルドマスター・アニマリートは声を上げて笑った。


炎霊フォティアのおかげで仲良しね」

「あれは敵の敵が味方になっているだけかと」


 どうやら、あの氷使いらしき女性も、炎霊フォティアの声が聞こえているようだ。


 低い、唸り声に。

 もうひとりの精霊使い(エレメンタラー)の存在を思い出す。殺気すら漂わせている様子は、おそらく、炎霊フォティアの「ユーナを守るための行為」がかえって彼女自身を滅ぼすことを理解しているのだろう。

 ユーナは地狼を窘めていたが、あれは炎霊フォティアの発言のほうに問題がある。


「アデライール、そいつ、寝かせておくほうがよかったんじゃないか?」


 デス・ペナルティ中のユーナの護りのため、とは聞いていたが、今のユーナは何のスキルも使えない。もともと精霊使い(エレメンタラー)ですらない彼女には、例えデス・ペナルティが終了したとしても、マルドギールを止める力があるかと考えれば疑問だった。

 幼い声音ながらも、不死鳥幼生(アデライール)は己の責から逃れようとはせず、ただ事実を伝えた。


「まあ、我が主を想うておることに変わりはあるまい。

 のぅ、マルドギールよ。せいぜい働くのじゃぞ。使えぬようであれば、その力のみをこの婆が引きずり出してやってもよいのじゃからの」


 途端、暴れ続けていた炎霊はぴたりと動きを止め、神妙な顔つきで羽だけを摘ままれたまま、華麗に一礼する。


「御意。すべては、ユーナのために」


 具現化していたその姿が、不意に色褪せ始めた。

 ユーナは慌ててイグニスの前で両手を器のようにして差し出す。マルドギールは羽を広げたものの、その身体をふらふらとユーナの手のひらへと横たわらせた。


「う~~~、もうダメかぁ……ああ、まだまだ話したいこと、たくさんあったんだけどなあ……ふぅ……」

「多芸じゃの」


 力を失いかけている割には、よくしゃべる。

 しかし、ユーナは手の中の炎霊マルドギールへとやさしく触れていた。


「これからもよろしくね、マルドギール」


 囁かれた声音に、ぴたりと荒い吐息が消えた。

 金色のまなざしは、霊属しているアデライールと同じ色合いだ。それがアデライールが笑うのと同じように、やわらかく融けていく。


「――生まれは炎龍イグニスの吐息。

 短槍マルドギールに封じられしこの身、その命は不死鳥フェニーチェ様に縛られようとも……心はユーナ、貴女にあげる」


 聞こえていないはずだ。

 にもかかわらず、ユーナはその微笑みに応えるように笑みを返し、もう一度、指先で羽を撫でていく。

 小さな両腕で指先に縋り、マルドギールは褐色の頬を寄せる。その表情は満ち足りているように見えた。


 その姿が見えなくなってもなお、ユーナは大切そうに、その手のひらを包むように握りしめていた。




 あれほどの心を、受け止めきれるわけもない。

 紅蓮の魔術師は小さく溜息をつく。精霊使い(エレメンタラー)の素質が見出されたとしても、自分には過ぎた力だ。少なくとも、心を通わせるという段階で難易度が高すぎる。

 術杖を握り、紅蓮の魔術師はその表面を撫でた。慣れた堅い感触は、この上もなく頼もしかった。



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