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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 閑話の続き
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閑話 不戦




 痺れとHPの減少を神官アシュアに癒され、ユーナは自分の手を握り、開きと繰り返した。特に問題はなさそうだ。


MP譲渡(それ)、痺れないようにはできないのか?」

「そうしたいんですけど、あの時術式組んでから、再構成を考えるゆとりなくて……」


 バージョンアップ直前のホルドルディール戦以降、イベントが目白押しだった。

 師の指摘する点はソルシエールもまた改善したいところではあったが、結局どこでも雷撃とセットになってしまっている。ゲームショウ(ドゥジオン・エレイム)ではプレイヤー側に対するペナルティが殆どつかない状態だったために、MPと引き換えのHP減少だけで済んだようなものだ。


「静電気も真っ青だもの、ソルちゃんのコレ(・・)

「お父さんの肩こりとかに効きそうですよね」


 法杖を肩に乗せるアシュアの動きに、ふとユーナも思い至る。マッサージ効果!とエスタトゥーアの眼が煌いた。


「ソルシエールさん、今度是非わたくしに」

幻界(ここ)で肩こりしてないんじゃないの?」

「――!」


 身を乗り出した彼女へと、舞姫は冷静にツッコミを入れる。その衝撃と哀しみのあまり、クランマスターは両手で顔を覆い、打ちひしがれた。


「で、次は?」


 至極どうでもよさそうに、仮面の魔術師が促す。

 ユーナは目を輝かせるふたりの従魔のうち、先に幼女アデライールへと詫びた。


「えっと、アデラはラストでいい?」

「むぅ」

「MP的に、アデラならゆっくりできそうなんだよね」

「ならば仕方あるまい」


 超絶不満という顔から、途端に破顔する。その見た目のあどけなさに、ユーナもまた笑みを返した。


「アルタクス」


 呼べば、やや不満げな感情の波を出しながら、地狼が寄って来る。しかし、それも一瞬だ。ユーナが手を伸ばし、機嫌よく頭から背中を撫でると、彼もまたその感情に抗うことはできない。大きく揺れるしっぽを見れば、その心もよくわかる。


【戦わないんだよな】

「うん、今回はね。我慢してよ」

【わかった】




 誓句がふたりを包む。描かれた召喚陣から打ち上がった柱の中で影は融け合い、光は形を失っていく。

 ひとりの黒髪の少女が現れた。形はユーナ自身のものによく似ているが、その髪の色は、以前よりも栗色を増している。そして、ひくり、と黒の狼耳が動き、大きく黒い尾が揺れ、黒めがちな瞳が開かれた。


「――服、どうなってるんだろうな、アレ」

「装備自体はユーナさんのもののようですから、基本的には変わりませんね。サイズも申し分ないようですし、融合召喚の際には尻尾用の穴が開くか、ボトムを多少押し下げて出しているかのどちらかでしょう」


 他意はなく、純粋な疑問で黄金の狩人(フィニア・フィニス)が首を傾げる。すると、裁縫師でもあるクランマスターはあっさりと答えた。

 幻界ヴェルト・ラーイにおいて、サイズ調整というものは初めて着用した際、自動的に行われる。以後、中古となった服はすべてサイズが固定されるため、価値が下がる。

 融合召喚では、別途衣装を身に纏っているわけではなく、融合対象となるいずれかの装備が流用されている。そこから、ある種の推論は生まれる。

 例えば、不死伯爵(アークエルド)の装備が優先される理由は、当然、本来のユーナとの体格差と彼の衣装自体がそもそも彼の魔力管理下にあるためである。これは不死鳥幼生(アデライール)の衣装が優先される理由も同様だ。もともとアデライールの魔力と羽毛によって構成されている衣装なので、多少ユーナと融合召喚をしていてもサイズ変更に耐えられる。


 あくまで想像ですが、という念押しを付け加え、エスタトゥーアは当事者たる不死伯爵(カードル伯)へと視線を向けた。


「確かに、この服ならば多少切られようが燃やされようが、私の回復と同時に形を戻すことができる。死した身故、通常体格が変わることはないが……主殿との融合召喚の際に、私の服を身に纏うのは、道理だな」

「だよなあ。胸のサイズ、違いすぎだしさ。今のユーナの服なら破け」


 ――キィン!!!!!


 物理的な指摘を口にした途端、黒々としたツメが襲い掛かった。間一髪、風の盾士(セルウス)の大盾が間に入り、防ぎきる。

 薄い紫をけぶらせた漆黒のまなざしが、空色の瞳に突き刺さる。うっすらと笑んでいる口元は戦いの予感に喜んでいた。


「じょ、冗談だよ! あったりまえだろっ!? オマエ、昔からボクに風当たり強くないか!!?」


 こそこそとセルウスの背中側へと回り込み、盾だけではなく体まで盾代わりにするフィニア・フィニスだった。なお、罠を仕掛けて捕まえていたことは棚上げである。

 少女の瞳が面白くなさげに、細められる。そして、軽く手を振り、長く伸びたツメを戻した。それでも爪自体は黒々と光り、かつ、鋭いままだ。


「たった一度の跳躍で、ここまで跳べるのか」

「今なら、アークエルドのほうが力は上かもしれないけど、速さなら断然アルタクスだろうな」


 舞台から消えたと思えば、もう攻撃に移っていたのである。

 その事実に、紅蓮の魔術師は背筋に冷たいものを感じた。攻撃に移る動作が見えるのであれば、術式マギア・ラティオで対処できる。しかし、この間合いでは不可能だ。シリウスのことばに、小さく頷く。


「アルタクスは主殿との融合召喚の経験が多い。その分、負担のない動きを心掛けている。まだ私は手探り状態だよ」

「それを言うならこの婆とて同じことよ」


 他の従魔の物言いに、少女アルタクスは誇らしげに口元に笑みを佩いた。


「そういえば、アルタクスはしゃべれないの?」

「――話せる」


 おおっ、とメンバーはどよめいた。

 アシュアの問いかけに、意外と素直に少女アルタクスは応えた。ユーナや従魔以外にとっては、初めてのアルタクスとの対話である。

 声音はユーナそのものだが、少し、戸惑いを感じる。以前、ユーナがルーファンの手からアルタクスを救い出した折、話についていろいろと口にしていたことをアシュアは思い出した。何となく、性格からも想像ができるのだが、口下手なのだろう。


「ま、せっかくだから座れよ」


 シリウスがとなりの空席を勧めると、少女は傍に寄った。

 そして、椅子を前にして立ち、視線を落とし、見つめた。

 ……見ている。


「あの、アルタクス、椅子に座ったことがないのでは?」


 たっぷり二十秒ほどの溜めが入り、シリウスは「座るより戦うほうが……?」と心配になってきていたころに、シャンレンが指摘した。


「あー……そうだよな。いつもは伏せ、だし」


 ユーナの姿で伏せられても困る。


 シリウスは椅子から立ち上がり、軽くその身体を抱き上げた。

 リリリリリリ、と警告音が鳴り響く。

 悪戯っぽく笑いながら、舞姫は普段「される」側の内容を口にした。


「うわー、性的接触行為(セクハラ)?」

「違う!」


 音に驚いて動きを止めてしまったものの、少女アルタクスの手が宙を叩いた途端、その音も止んだ。特にシリウスの側に警告が来なかったので、おそらく通報は避けてもらえたのだろう。中身のユーナのおかげだ。


「単に、ほら、座り方ってだけだろ」


 尻尾に気をつけながら椅子に下ろし、とっとと身体を離す。まるで苦虫を噛み潰したかのように、少女の眼が据わっていた。次いで、居心地が悪そうに、椅子と自分の尻のほうを見る。椅子の隙間から尻尾が出ているのだが、動きは殆どない。


「その状態だと、食べるのも飲むのも初めてだろうな」

「そうかもしれないけど、MP切れちゃうよ?」


 一分で二十五もMPを消費していく燃費の悪さである。食事どころではない。

 一通りステータスは写し済みだ。紅蓮の魔術師は弓手のことばに頷いた。


「ああ、もういいぞ。アルタクス」


 椅子に座ったまま、紫色の光が満ちていく。分かたれた二つの影のうち、そのままユーナは疲れた様子で椅子にのびていた。その紫のまなざしが、黄金の髪の狩人へ向く。


「……変なこと言わないでよ、フィニ」

「悪かったって」

融合召喚ウィンクルムしちゃうとみんなかなり好戦的になるから、サクっとされちゃうよ?」

「うん、されかかったよ……」


 盾士の面目躍如と言った具合に、妙なところで活躍する羽目になったセルウスである。自分の椅子の後ろに大盾を引っ掛け、改めて座り直す。ユーナの足元に伏せた地狼は、黒々としたまなざしでセルウスを見上げ、すぐに視線を外した。


「前回のを記録しておけばよかったな」

「まあ、細かいステータスまで晒す気はないよね?」

「特徴だけのほうが良いかと思います。他の従魔使い(テイマー)が出た時に、相違を指摘されても厄介ですからね」


 ホルドルディール戦、アシュア奪還戦とアルタクスとの融合召喚を見ている紅蓮の魔術師だったが、どちらもそれどころではなく、データはまったく残していなかった。データとなれば見たくもなる弓手と交易商は、紅蓮の魔術師からの提供を受けて同じウィンドウを開いている。


「他の従魔使い(テイマー)って、どんなふうに戦ってるのかなあ」


 ぼんやりと疲れた頭で、気になったことばだけを拾ったユーナが呟く。その傍に、小さな朱金の輝きが近づいた。


「そうじゃのぅ。我が主の戦い方は独特、であろうな」


 他者の話をしていて、自身を比較に出された。

 ユーナはテーブルに頬杖をつき、アデライールの金色の双眸を眩しそうに見つめる。


「アデラは、いろいろ知ってる?」

「長生きだけが取り柄じゃからの」

「今度教えてよ。どういうのがおススメーとか」


 ユーナの膝の上に頬を乗せ、アデライールは己の主を見る。楽しそうに煌く金を見つめ、鮮やかな朱金の髪をユーナは撫でた。心地よさそうに、アデライールは目を細める。


「それよりも、この婆との融合召喚ウィンクルムはいつかのぅ?」

「も、もうちょっとだけ休憩させて……」


 ほっほっほ、と幼女の笑い声が酒場に響いた。

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