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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
200万PV突破記念閑話
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卵クラッシュ


 マールテイトは溜息を吐いた。

 ユーナはその呆れ返った視線を受けながら、ガリナの卵を手に……震えている。


「――早く割れ!」

「これ、大きすぎますよ!?」


 両手に余るほどの巨大な卵は、ユーナにとって断じて『鶏の卵』ではなかった。現実の鶏の卵を三つ分は合わせたほどの大きさである。

 マールテイトにしてみると片手で握れるほどのサイズらしく、彼は軽くトントンと厨房の天板で卵を打ち、ボウルの中へ割り入れてみせた。


「こうだ!」

「いえ、わかります! 頭ではわかっていても、どうしても難易度高いんですー! わたしのスキルレベル低いせいでしょうか!?」

「卵割る程度、調理スキル三もあれば足りる! なくてもできるやつだっているんだぞ!」

「高校生主夫と一緒にしないでくださいー!」


 朝食のハムエッグは、さりげなくシャンレンとエスタトゥーアたちに任せっきりだった調理師ユーナである。

 まさか卵を割る程度でこれほどの抵抗に遭うとは思わず、マールテイトは卵を突き付けた。                   


たまねぎ(セーペ)の千切りならがんばれるのに……」

「おまえ、スイーツにそんなもん入れる気なのか」

「入れませんけど」

「食材を無駄にするんじゃない!」

「無駄にしたくないから怖いんですってば!」


 料理人と主が言い合いのゴングを鳴らしてかれこれ一刻ほどである。上半分だけのフラップドアの下から従魔シムレースは覗き込み、グルゥと唸る。


【まだ?】

「うっ」


 痛恨のひとことである。

 アルタクスのあたたかい声援を受け、ユーナは気合いを入れた。主たる者、無様な姿は見せられない。両手で卵を持ち、ユーナはそっと天板を叩く。


 ッコーン!


 その硬い音が厨房に響き渡る。


「ちゃんと割らんかー!」

「ちゃんとやってますぅー!」


 師弟の、卵との戦いは続く。





 予めオーブンに火を入れておき、そのあいだにコールディスを角切りにし、小鍋で砂糖と一緒に弱火で加熱する。火が通れば粗熱を取る。小麦粉ファリーヌや砂糖、一つまみの塩、ふくらし粉(バックイファー)バター(ブティールム)ガリナの卵、牛乳(カローヴァの乳)を入れ、混ぜ合わせる。そして、粗熱の取れたコールディスを放り込めば、生地は完成だ。

 本来はオーブンとにらめっこしながら焼き具合を見定めるのだが、そこは主の主思いの火霊フォティアが喚ばれもしないのに顔を出すので、任せておけばいい。ほどよき焼き加減で踊って知らせてくれる。


 ふわふわと熱気を放つパウンドケーキは、コールディスの香気を放ち、たいへん美味しそうにできあがっていた。


「何だ、ちゃんと作れるじゃねえか」

「……最難関が、卵でしたけど……」

「心配すんな。あと十本ほど焼いたら、残りは今夜の晩飯に使う。卵料理のオンパレードだな」


 既に尊い犠牲となったガリナの卵は、寸胴鍋一杯ほどである。ユーナがきちんと卵を割れるまで、と特訓してくれたのはありがたいのだが、今夜は一角獣アインホルンの面々が卵料理で悩まされることになりそうだ。


「これ、ロシアン・オムレツとかになりませんか?」

「おまえなあ。食えねえもんを出すわけないだろが。ちゃんと濾してるから、心配するな」


 ユーナが失敗する端から、ザルと裏ごし器で卵の殻を選り分けてくれた師匠談である。ありがたいことこの上ないが、おそらくカルシウム満点の卵であることだろう。

 ふと、ユーナは気付いた。


「あの、マールさん」

「ん?」

「濾したの使っていいなら、卵の殻入っててもよかったんじゃ……」

「そこで終わってたら、おまえ、いつまでも経っても卵をちゃんと割れんだろうが!」


 ごもっともである。


「ようやくできたか、待ちくたびれたぞ」

【アデライール、おれのほうが先だからな】

「焼きたては熱い。狼の舌では厳しかろう。何、この婆は熱さには強い故、心配いらぬ」

「アズム」

「旦那様、一晩経ったもののほうがしっとりとしておりますよ」

「そうか。では、明日もいただこう」


 口々にフリップドアの向こうから聞こえてくる従魔シムレースの声音に、マールテイトは肩を竦めた。


「足らんな。二十本は焼け」

「ひぃぃっ」


 主たる者、従魔シムレースを飢えさせてはならない。

 そうはわかっていても、同じ工程をこのあと十数回繰り返す羽目になったユーナとしては、「一人一切れ」と言いたくもなるのだった。


 なお、卵の殻が入っていた卵液を使用した、ということで、この時に焼いたコールディスのパウンドケーキは、一角獣の酒場(バール・アインホルン)のメニューにはあがっていない。よって、一角獣アインホルンの面々が食べているのを横目に「何故メニューにないんだ!?」と苦悩する傭兵もいたとか。


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