閑話 傭兵登録会へ行こう
白銀の髪の双子メイドは黒狼を従え、現れた。
そこは一角獣の酒場――既に一角獣の鉄製看板が軒に吊るされており、開店準備は着々と進められているように見えた。ギルド案内所の掲示板に記された時間まであと一刻ほどもあるのだが、そこはやはり旧来からの付き合い故に早く入れてもらえるかと考えたのである。
なお、『眠る現実』クランマスターである重戦士ラスティンの読みは、一角獣限定で概ね外れる。
「恐れ入ります。開店時間まで今しばらく、並んでお待ち下さい」
「恐れ入ります。今しばらく、お待ち下さいませ」
誰譲りなのか、満面の営業スマイルを浮かべて、愛らしい双子メイドはメイド服の裾を摘まんで丁重に断りを入れて礼をする。首筋までしっかりと止められている黒のワンピースの長さはくるぶしまでの長靴に届くほどもあり、肘を覆う長手袋と併せて少々露出度が足りない。しかし、白のフリルエプロンには一分の非も存在していなかった。ここに存在するものは夢そのものである。その証左に、彼女たちの頭上にIDはない。
背後には扉の前に陣取った黒狼がおり、こちらを睨んでいる。彼女たちの応対に文句のひとつも言えず、ラスティンは即座に青の聖女へとフレンドチャットを飛ばした。
『へ? もう来たの? アンタたち早すぎ。並んで待っててって言ってるならそうしてよ。別に今日じゃなくったっていいんだから、今度登録でも構わないわよ?』
「コネ? 何それおいしいの?」と言わんばかりの塩対応である。
年中ログインしているラスティンたちに比べて、アシュアたち一角獣は現実時間で言えば平日の夜か、土日祝などの休日でなければ日中には殆どログインしない。ただでさえ様々なトラブルに自分から首を突っ込みにいく連中である。次っていつ掴まるんだよ、と正直、ラスティンは訊きたいほどだった。
当たり前だと言うなかれ、クラン『眠る現実』は年中無休、四六時中誰かしらは必ずログインしている。二十四時間のうち計二十時間を越えてログインした場合には強制的にログアウトさせられ、ペナルティを四時間課せられるという安全設計の上、ゲーム内では眠らなければ最後にHPまで減り始めるので、他のゲームと違ってボトラーにもならずに済んでいた。それでも、レベルは現在ようやく三十八である。三十まで、三十から三十五まで、三十五からそれ以上と、徐々に経験値テーブルが厳しさを増している。既に東への街道を進み、二つほど転送門の解放を済ませた彼らであってもこれである。他のプレイヤーならばもっとレベル上げの状況は厳しいだろう。
その攻略の手を休めてでも、この場には訪れなければならなかった。
クラン一角獣。
その名を知らない幻界のプレイヤーは、今やいないだろう。
先日の皇海ゲームショウで初出展を果たした幻界は、『ドゥジオン・エレイム』というアトラクションを提供した。MRユニット『ガーファス』を用い、広いフィールドに立体映像を重ね、複数の音響システムによって臨場感を演出した代物である。
『眠る現実』もまた、幻界から飛び出して、オフラインの会場に精鋭のみで集まった。βから参戦した者も多く、皇海市在住が半数を占めたのは驚きだった。なお、遠くてもまったく問題はない。何と言っても現実では自宅警備員である。コミュ障すぎて、待ち合わせ時にはSS上で会話をしてしまうレベルだ。いや、さすがに戦闘しなければならないので、ぎこちないながらも何とかリアルに話し合いができるようにはした。それが、始発から待機列に並んで入場までの行動だ。
スムーズに会話ができるようになったのは、闘技場の回廊を歩いた時だ。互いがいつもの姿となり、相当リラックスできた。あれは本当によかった。救われた。もしなかったら、と考えると恐ろしい。
実際の試合はというと、十人が十人とも総じてレベルが高いこともあり、また、お互い攻略組のトッププレイヤーである自負もあり、現行で手に入る最上級の装備のおかげもあって、何とか全滅せずにクリアできた。MRという環境を理解した上で、装備を整えておいたのが勝因だろう。
『眠る現実』の面々は現実の運動神経は何一つ期待できない、という前提から入り、動かなくて済むように飛び道具や魔法を中心に後衛を選んだ。前衛はひたすら盾となり、後衛を守る。回復職はひたすら前衛のみを回復すればよい環境を作る。よって、ラスティンは重装備の上に盾を装備して試合に臨んだ。ヘイトを取るための剣は持つが、基本は壁だ。盾役二人、回復職二人、残り六人はすべて火力だ。十字弓を三人に持たせて弾幕を張り、合間に魔法で吹き飛ばす戦法である。
まさに、作戦勝ちだった。通常は野良で行なうドゥジオン・エレイムをクランメンバーで固めたのもよかった。
初クリアだと表彰までされて褒め称えられたのだが、ライトがまぶしすぎてプロデューサーの顔すらまともに見られなかったのが残念だった。
自分たちの試合の動画も、誰かはわからないが録画してくれたようで、あとになって動画配信サイトで確認できて助かった。
その日、他に五人目までを破る者は出なかった。
翌日の、一角獣が姿を現すまでは――。
プレイヤー九人、支援キャラ六人は詐欺だろうと思った。
恐らく、PT登録の時点で把握され、その分レベル帯に応じた難易度が上がる。メンバーの最低レベルが二十五であるにもかかわらず、自分たちの試合と同等の召喚獣が現れた時、支援キャラ分が難易度に上乗せされているのを感じた。
だが、一角獣は勝った。
その試合は、今も動画配信サイトで、削除を繰り返されながらも複数のユーザーによってコピーをアップロードされ、垂れ流されている。
メインが攻撃職ではない者がふたりもいながら、勝利したその理由を……当初は、とあるアイドルがいたからだとラスティンも考えていた。カッコよく終わるための、やらせではと。
しかし、事細かに動画は解析され、そのダメージや回復量などの検証も為され、結果、『眠る現実』の試合と相違なく試合は適正に行なわれたことがわかり……口さがない者たちも、その点においては黙るしかなかった。
黙らなかったのは、あの従魔使いの存在についてだ。
動画内で「天使」と揶揄された一角獣の従魔使いは、何と三体もの従魔を従え、それぞれと融合召喚を果たした。
峡谷におけるホルドルディール戦で見知っていたラスティンたちも、まさか三体の従魔とのあいだで可能であるとは考えておらず、それぞれのステータスを加算できる存在というだけで、やはり公式掲示板も熱狂した。
融合召喚自体は、アンファングのテイマーズギルドにおいても説明を受けられる。しかし、今現在判明している融合召喚の媒介は、森狼王の牙のみだ。残るふたりの、不死伯爵と、不死鳥幼生についてはゲームショウの試合当時公表されていなかった。
攻略掲示板のほうへと記されたのは、まさにその夜のことだった。
王家の霊廟クエストが明るみになり、アンデッド系の頂点にあたる不死王の存在、そして、過去の不死鳥の遺産があったことが知れ渡った。幻界では初討伐時での特別な戦利品とそれ以降の希少な戦利品で内容が異なるために、他のクエストでなければもう得られないかもしれないという可能性も示唆されている。
ラスティンたちが他の転送門解放をしている間に、一角獣は王都の闇に深く食い込んでいたことが発覚したのである。
そして、王家から信頼を受けるために、まずは周囲の領地の貴族へのご機嫌伺いなどを、『眠る現実』だけではなくどこのクランも開始している。
他にも、双子の自動人形やアンデッドの眷属についてなども記載されており、東西北の転送門解放クエストへと散っていた旅行者たちも王都に戻っている状態だ。
これにより、攻略組の意味が変わった。
以前は転送門解放クエストを初クリアする者たちという定義しかなかったのだが、王家やギルドに絡むクエストを初めてクリアした者たちという意味が付け加えられたのである。
そして今、話題の渦中にある一角獣は、クランへの加盟申し込みは一切受け付けず、逆に「傭兵を募集する」という斬新な方法で旅行者たちを取り込みにかかった。
ラスティンたちの背後に並ぶ四十名ほどの者の殆どが、傭兵の仕事に魅力を感じているというよりも、一角獣とのコネクションを求めての行動だろうと思う。
――いや、コネあったってマジ使えないけどな!?
ラスティンの内心を理解する者は、となりに立つ神官ウィルくらいなものだった。彼もまた振り返り、後ろに増え続ける旅行者たちを見て感心したように声を上げる。
「ゲームショウ効果すごいですねー。いや、うちも結構ひと増えましたけど」
「うちは選抜するけど、ここの傭兵は条件さえ呑めば誰でも登録できるって話だからな」
特別扱いしないわよーと言ったアシュアでさえ、聞けばその条件を簡単に説明してくれていた。よって「並ばなくても」という話に帰結するわけだが、実際、条件はかなり細かいそうだ。特に依頼主のためを思うものと、傭兵のための注意事項が並ぶ。金銭的なもののほうがよほどシンプルだ。対面で接客した経験のある人間が考えたのだろうと素直に感心するほどの出来だ。マニュアルとしてもSS上の一角獣公式アカウントに載せるらしい。
だが、やはり文章で読むのとひとから説明を受けるのとでは違う。
何と言っても旅行者は皆ゲーマーであり、説明書など読まない人間も多いだろう。手間でも必ず話をするという姿勢は、高く評価できる。ただ、それにどこまで人がついていけるかは別問題だ。ここにいる面々すべてが傭兵登録に同意するとは、ラスティンにはとても思えなかった。
空はもう暗い。冬もさなかなので、とにかく冷える。よって、誰もが分厚い外套をまとっていた。居並ぶ旅行者たちの上には魔力光が灯り、影を落としている。
並ぶ人数が増えるにつれて、一角獣のクランマスターである人形遣いエスタトゥーアと、サブマスターである交易商シャンレンも姿を見せた。シャンレンは営業スマイルで「ご参加ありがとうございます」と言い置いていったが、あれは絶対にこきつかってやるぞという顔だ。
そして、噂の従魔使いが姿を見せる。近寄れば殺すと言わんばかりの面立ちをしていた黒狼が、たちまち尻尾を振って傍に寄るのだ。あれでは狼ではなく犬である。双子のメイドも営業スマイルではない笑顔を見せてくれた。『眠る現実』の中にもあの動画を見て人形遣いや従魔使いに鞍替えした者がいるのだが、このような精巧な自動人形や不死伯爵レベルの従魔を得られるまで、まだしばらくかかりそうだ。
「よぉ、天使!」
「それ、違いますー!」
中と外との気温差故か、それとも単に照れたのか、一角獣の従魔使いは頬を赤く染めて否定した。本人がどれだけ否定しようとも、あのアシュアですら『青の聖女』呼ばわりを避けられないのである。あきらめるより他ないだろう。
「まあ、何にせよ、今度雇ってみせるから覚悟しとけよ!」
その宣言は、笑って流された。戦闘時に見せる顔とのギャップがすごいのだが、ゲームショウの試合時にいたというプレイヤーからの証言では、リアルも女の子であるという話だ。これは非公式の掲示板情報なので、本当かどうかはわからない。
ただ、そうだと面白いなとは思う。
ラスティンは後方から戻った一角獣の幹部へと視線を向けた。ようやく、開場のようだ。
エスタトゥーアのよく響く声音を心地よく聞き、開かれていく扉へと促され、進む。酒場の中にはテーブルが点在し、それぞれに一角獣のメンバーが座って待ち構えていた。
小さく、ウィルがラスティンへと尋ねた。
「どこ座ります?」
「決まってるだろ。我らが聖女さまのとこだよ!」
重戦士の突進に、青の聖女が苦笑する。そしてとなりに座った巫女は、はっきりと顔を顰めたのだった。




