目覚めたらきっと
「……かぁさま……っ」
「かーさまぁ……」
座り込んだ双子姫は、見えない雫をいくつも零しているようだった。
愛娘たちの破壊を恐れた母は、己を盾にして娘を守った。そして、自動人形は人形遣いが失われたとしても、魔石に力が残る限り動き続ける。彼女たちの眼には映らなくても、日和は双子姫に寄り添うように傍にいた。
柊子はその光景に、小さく溜息を吐く。その視線を、親友へ向けた。語って曰く「どーするのよ」である。これほどまでに哀しませてしまうとは露にも思わなかった日和である。今となっては、彼女の姿も声も届かない。
「な、どうしたの!?」
奏多の問いかけにも、柊子は肩を竦めるより他なかった。彼のことばも、今は双子姫には届かない。その様子を見て、奏多は日和のとなりへと膝を立て腰を落とした。母恋しさに泣く双子姫の声音に、眉間にしわが寄る。
「だよなあ……」
「エスタさん、彼女たちに……ことばを、届けましょう」
沈思していた拓海は、日和に促した。その意味を計りかね、彼女は拓海を見返す。柊子へと顔を向け、拓海は願い出た。
「姐さん、エスタさんのことばを繰り返して下さい。お母さんのことばなら……きっと届くと思うんです」
今また、ひとつの命が散った。
聖鳥のHPは黄色に染まっている。
この場で巡り合ったのは、ただ哀しみを生み出したかったわけではない。
拓海のことばに頷き、日和はことばを選び、口を開いた。
「大切な、大切な私の娘たち」
一音一音、彼女の音を大切に、柊子は繰り返す。
その物言いに、双子姫は目を瞠った。
「おぼえていますか? たとえわたくしがいなくても、あなたたちには成すべきことがある……姉妹で手を取り合って、わたくしが戻るまで一緒に過ごしていて下さいとお願いしましたよね」
「――アシュア?」
「アシュア、じゃない……?」
困惑した二対のまなざしが柊子に向く。
神官は微笑んだ。自分のことばは、確かに届いている。
「夢から覚めた時、必ずあなたたちを抱きしめます。どれほどの苦難があろうとも、わたくしはあなたたちの傍にいつだって戻りましょう。
ですから、今は、泣かないで。
何よりもそれが、母にはとてもつらいこと……母はずっと、あなたたちを見ていますからね。
――エスタから、ふたりへ。伝言ですって」
そのことばを言い終えると、金と銀の双眸はぱちぱちと瞬いた。
次いで、双子姫は互いの顔を見合わせる。
「オルトゥス」
「ルーキス」
その名を呼び合い、ふたりは顔を崩した。笑うのに、失敗した顔である。
手に今一度方天画戟と鎖鎌を握りしめ、双子姫たちは立ち上がった。
「かぁさまに……褒めていただくのです」
「はい、かーさまは褒めて下さいます!」
そのまなざしは、まっすぐ敵である聖鳥へ向けられていた。
地狼の身体が消えていく。融け合うステータス表示に、アルタクスの名が刻まれた。
結名は自分の手から伸びる真っ黒なツメに驚く。強く握れば、自らを傷つけてしまいそうだ。天高くに黒い靄はあり、白幻の檻は地に落ちた聖鳥を四枚の壁で封じている。少し離れた位置で、皓星が肩で息をしていた。
その間に、暴れまわっていた聖鳥の身体が、動きを止めた。まるで座るように体の向きを変える様子に、違和感を覚える。
視界の端に、双子姫が映った。まっすぐ聖鳥へと駆けていく姿に、不死鳥幼生が叫ぶ。
『白幻を解除する。合わせよ!』
それは、PTMすべての耳元に届いた。
カウントダウンは止まらない。時間は既に、一分を切ろうとしている。
結名もまた、走った。
白い壁が消え失せる。ルーキスの方天画戟が振り下ろされた。その痛みに、聖鳥の頭が双子姫に向く。次いで、オルトゥスの鎖鎌の鎖が飛び、分銅がその顎を打った。皓星の魔剣がその腹へと身体ごと飛び込んでいく。
「獅子王剣!」
間に合わない。
悟った瞬間、結名は手首からガードを抜き、短槍を握り……投げた。女子高生の力でも、軽いペンライトは何とか聖鳥にまで届く。ヒットした瞬間、融合召喚によるステータスの増強と、マルドギール自体の爆炎により、聖鳥は悲鳴を上げた。HPが橙にまで染まる。
行動パターンが変わる。柊子は神に祈った。
「来たれ方円聖域の加護!」
その声音に合わせて防衛神術が発動し、同時に聖鳥のHPを回復する。
結名へとターゲットが移る中、聖鳥はついに赤い光線を放った。照準は苦しまぎれでぶれているが、扇状に発されたそれは双子姫と結名を防衛神術ごと貫く。その瞬間、聖鳥の真後ろから真尋と颯一郎が姿を現した。隠蔽により、至近距離にまで近づいていたのである。弓手の手には三本まとめて矢が番えられ、力任せに放たれた。合わせて、紅蓮の魔術師の術が紡がれる。
「――紅蓮炎華!」
残る全MPを費やし、彼は叫んだ。
紅蓮の魔術師を中心に咲いた紅の華に、撃ち込まれた爆矢も反応する。瞬時に散る閃華は、爆風を巻き起こした。凄まじい爆音に、会場までも揺れる。
そして、また、光が散った。
未だにやまない風と煙の中、地図上には赤い光点が未だに映し出されている。
「まだ、生きてるの……!?」
最大の攻撃手を犠牲にしてなお、聖鳥はそこに在った。
真尋は小さく舌打ちをした。高火力のために、聖鳥は硬直している。その視線が、不意に落ちた。強い風と煙のエフェクトの中、未だ聖鳥の体内に残る皓星へと、手を伸ばす。
「って……ぇ」
「大丈夫か?」
「あー、うん」
「素通りってつらいよね」
大人ふたりによって引かれると、男子大学生など軽いものだ。しかし、その行動によって、ふたりの視界に注意事項が表示された。
――GAMEOVER! プレイヤーに接触せず、アリーナ外周へ退去して下さい。
そうだ。まだ、彼も生きている。あの巨大な爆発は、聖鳥の中にあったからこそ、剣士の身体に傷をつけずに済んでいた。
その事実に気付き、途端に、ふたりの手は離された。ぐらりと、その身体が揺れるが、何とか倒れずに済んだ。皓星の手には未だに黒い魔剣がその輝きを失っていない。
「斬れ!」
「アーシュ、回復!」
ふたりの声音が、アリーナに響いた。
「わが手に宿れ癒しの奇跡!」
神官の癒しが、皓星へと届く。聖鳥までもを癒してしまうが、彼女は構わなかった。皓星は重い腕を、思いっきり振り上げた。
二人分のHPが、結名を救った。何とか生き残ることができたのは、ひとえに融合召喚のおかげだった。防衛神術ごとその命を散らした双子姫はその身を横たえ、動かない。
耳元で、彼が呟いた。
【ユーナ、解除して】
「だって……」
今、解除してしまえば。
互いのHPは殆ど赤になってしまうだろう。ぎりぎり残った命なのだ。それが。
結名も耳元で聞こえる声は、少しもくぐもっていなかった。迷いもなかった。結名の迷いを打ち消すように、アルタクスは言う。
【まだ、戦えるから。おれも、アークエルドも、アデライールもだ!】
HPバーは不死伯爵の瀕死を伝える。それでも、爆風を避けてまた黒の靄は聖鳥に絡まっていた。彼も戦っている。ずっと、ずっと。
決してあきらめないと伝える強いことばに結名は頷き――その身を二つに分かつ。互いに赤に染まるHPバーを抱え、漆黒の獣は己の主へと身を摺り寄せた。
【ほら】
【うむ、我らに敗北など許されぬ。行くぞ、我が主よ!】
「アデラ……!」
そして、そのことばのとおりに、結名はもうひとりの従魔を――召喚した。呼びかけに朱金の鳥が舞い降りる。結名は両手で翼を描いた。
「融合召喚!」




