表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第十二章 飛躍のクロスオーバー
353/375

勝つために


 中年の召喚術師サマナーも、また宝珠を持っていた。術杖による術式マギア・ラティオではない。それを視認し、遂に拓海シャンレンは声を張り上げた。


召喚術師サマナーの契約にない召喚獣ばかりのようですが、これがファーラス男爵のやり口ですか!?」


 術杖ではなく、宝珠を使えば、一度きりしかその召喚は行えない。こちらはアイテムの使用が一切禁じられているにもかかわらず、である。闇市場に流れていた商品を見たことはあったが、召喚術師にしか使えないという特徴もあり、シャンレンは取り扱ったことがなかった。まさに、闘技場ドゥジオンの特例にはもってこいの品ではある。


「――召喚術師サマナーが喚ぶ召喚獣であることに、変わりはない!」


 その召喚術師が吠えた。拓海はいつになく険しい表情で睨み返す。契約自体は己の力によらないものであっても、召喚のための魔力はその召喚術師が負担することになる。契約ではないため、己の召喚獣として支援することはできない。だが、逆に、その魔力を召喚のみに費やすことで、自身の本来の力よりも強力な召喚獣を喚び出すことが可能となる。

 勝利条件は、召喚術師の喚ぶ召喚獣をすべて(・・・)倒すことだ。召喚術師のことばは納得したくないが、それを違えるものではなかった。

 怒りに震える拓海の背に、結名は息を呑む。彼がこれほどに声を荒げるのは、初めてだった。その様子に驚いたのは、結名だけではない。

 召喚の合間にと最前線へ駆け出した柊子アシュアもまた、奏多のHPを一気に緑にまで回復しながら、目を瞠っていた。そのとなりで、皓星シリウスは腰を落とし、息を吐いている。座っているほうが、HP自動回復スキルの恩恵に与りやすい。できるだけ柊子の手を煩わせまいと、呼吸を整えていた。


「構うな、シャンレン」


 同じくスケルトン殲滅戦から座り込み、悠々とMP回復に勤しんでいた紅蓮の魔術師が立ち上がる。淡々とした口調に諭され、拓海は肩から力を抜いた。こちらを見る交易商の目が、まるで商売に失敗したかのようだった。真尋ペルソナは口の端を上げる。そして、召喚術師へと向いた。仮面に包まれたその表情は、より一層酷薄に映った。


「時間がない。とっとと喚べ」


 闘技場ドゥジオンにおける、無敗の魔術師である。

 その彼に煽られ、召喚術師は宝珠を宙へと放り投げた。掲げられた手から、召喚陣が広がる。中心に収まり、宝珠は銀色の光を放った。


起動サータス召喚アンヴォカシオン!」


 ――実はこいつ、召喚術師サマナーですらないんじゃねえの?


 その術句ヴェルブムを耳にして立ち上がりながら、皓星は長剣を振るう。いつものような重さはない。しかし、身体のほうがきつかった。普段動かさない筋肉が動きまくっているのを感じる。数値に出ない疲労度の蓄積から、明日は筋肉痛確定だと知る。

 未だに呼吸が荒い皓星を見やり、奏多はその顔を覗き込む。


「あと五分くらいだけど……だいじょうぶ?」

「引きこもりだから、肉体労働苦手なのよ。その剣士」

「う」


 という柊子も右腕もいい加減ぷるぷるである。しっかり双子姫たちに守られているので、基本回避行動すら現時点では必要ない。よって、足はただ立って歩いているだけなので負担は少ないのだが、延々と回復神術や防御神術を放つ右腕だけは、ホワイトボードにいろいろと書き込んでいるのと同じ状況になっていた。やはり幻界ヴェルト・ラーイとは勝手が違う。


 皓星の決まりの悪そうな顔が、いきなり強張った。

 そのまなざしが鋭さを持ち、柊子を見る。


「急いで……下がれ!」


 召喚陣から出現した銀色の魔獣。それは、あの……ホルドルディールだった。

 結名の傍に立ち、その光景を見ていた不死伯爵アークエルドは、かつて相対したものよりも小さい魔獣の登場に目を細めた。その深紅のまなざしが、骸骨執事を向く。胸に手を置き、しゃれこうべが一礼する。その身が翻り、柊子の後退を助けるべく駆け出した。


「グルゥゥゥゥゥ……」


 低い唸り声が耳をつく。何よりも、誰よりもあの魔獣を殺しても殺したりないと思っている従魔シムレースだろう。その姿を再び見ることなど、望んでいなかった。

 だが、その登場に思ったより自分自身が衝撃を受けていないと、結名ユーナは驚いていた。おそらく、あのホールにあった模型レプリカのおかげだ。今にも飛び出しそうな地狼アルタクスの身体は、結名の足元に重なるように身を伏せていた。未だにMPは半分ほどにも回復していない。抑えるようにと座り込む。


「まだダメだよ、アルタクス」

「キゥゥ」

【ほほぅ、アレがかの魔獣か。なるほど、アルタクスには相性が悪いの】

「かなり小さいが……」


 初見となるはずの不死鳥幼生アデライールだったが、どうやらその特徴を知っているようだ。鱗甲板に包まれた球体を見やり、アークエルドはかつて相対したものとのサイズの違いを指摘した。


「うん、ボス戦の時はもっともっと大きかったよね。まあ、ルーファンが狙ってたのも、あれよりは大きかったかなぁ……」

「一PTでも倒せるように、調整は入ってるってことよね」


 ハーッと溜息を吐きながら、芽衣ソルシエールは投刃を構える。双子姫が日和エスタトゥーアの前でその巨体を見上げた。

 無言で颯一郎セルヴァが矢を番える。彼にとっても過去とは異なり、今となっては殆ど使わない筋肉だが、昔取った杵柄なのか、それほど負担には感じなかった。幻界内とは異なり、引き絞るのに全く力が要らないことも利点である。しかも、幻界よりも照準が合いやすい。現実リアル故の調整に、救われていた。


 浮かんでいたホルドルディールが、転がるように地に落ちる。

 その衝撃で、身体が獣形態に変化した。まるでほどかれるように、その身体から細く長い尾が伸びる。


「アークエルド、あれなら……」

「承知した。まずは回復手段を奪わねば……しばし待たれよ」


 結名の呼びかけに、アークエルドは頷く。魔剣ローレアニムスを抜き放ち、彼もまた最前線へと戻った。結名は自身の肩に留まるアデライールと、足元のアルタクスへと念を押す。


「わたしも行くね。ふたりはここで待ってて」


 一気に不満げな唸りが上がる。だが、結名はそれを許さなかった。


「アデラが言ったのと同じだよ。相性があるの。アークがいたらだいじょうぶだから、ね」


 対ホルドルディール戦において、彼はまさに天敵なのだ。

 それを結名はよくわかっていた。



「私に構うな。これは所詮夢……ここで倒れたとて、ただ夢から覚めるだけだ」


 魔剣を携えた騎士が、入れ違いに下がる柊子に告げた。その内容に、彼女は絶句する。呼び止めることもできぬ間に、カードル伯は足を速めて去っていく。


 神官アシュアによる回復神術の対象とならないのが、不死伯爵アークエルド骸骨執事アズムである。彼らには防御神術も使えない。ふたりとも驚異的なHPの数値を持つことと、アークエルドの場合は魔剣ローレアニムスによるHP吸収と彼自身の生気吸収エナジードレインに頼れるのが救いだった。骸骨執事アズムの回復手段は、アークエルドによる支援効果が期待できるようで、時折ふたりが背中合わせに戦う姿も見られた。できるだけ長く、主と共に戦場に在りたい。それは従魔シムレースの心情として、おそらく、眷属としても正しい姿だ。

 基本的に前衛として立つアークエルドだが、結名ユーナが傍にいることで従魔支援シムレース・スプシディウムも得られる。

 柊子とすれ違う形で前に出る結名を、だから彼女は止められなかった。


「気をつけてね。これがラストじゃないんだから」

「――はい!」


 勝つのが大前提だ。

 そのための布石だと、結名は誰よりも自分に言い聞かせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ