闇より来たれ
三人目は小柄な少年だった。漆黒の術衣でありながら、両足が丸見えである。
双子姫よりもなお年若く見える彼は、杖ではなく、黒い宝珠を握っていた。
「冥界召喚」
闇色の宝珠は、その術式に応えるように砕け散る。冥術陣が彼の足元を中心に広がり、結名にとっては見忘れたい魔物たちが出現した。
スケルトン、生ける死体、食屍鬼の群れ。
ヒクッと結名の喉が鳴る。
皓星は舌打ちした。運良く、未だに炎の祝福が剣に残っている。しかし、もうそれほど効果時間は長くないだろう。今回アイテムは一切使えない。柊子からの聖属性の付加は望めない。
時間もある。
「先手必勝！」
奏多の声に合わせて、前衛が動き出す。奏多の死角へと入らせまいと、皓星もそのとなりに並んだ。その中、ひとり、不死伯爵は剣を床へと突き立てる。低い声音が、闇を喚ぶ。
「――眷属召喚、アズム！」
同じく冥術陣が広がり、遂にフィールドへ十五人目が出現する。
礼服に身を包んだ骸骨執事は、主へと一礼した。
「行け」
「――かしこまりました」
その意図を汲み、骸骨執事は手首を翻す。出現した銀盆が、即座に食屍鬼の頭部を撃った。ターゲットが切り替わり、骸骨執事へとその牙を剥く。
最も俊敏な食屍鬼に対峙し、骸骨執事はカタカタとそのしゃれこうべを鳴らした。
「シャンレン、ユーナを下げろ！」
「はい！」
先だっての王家の霊廟で、対グロテスク戦では役立たずと認定されている従魔使いである。紅蓮の魔術師の命に、拓海はスケルトンを一体撃破して身を翻した。
案の定、身動きできずに立ち尽くす結名に、地狼と不死鳥幼生がへばりついている。抱きしめることさえできない相手なのが、今回はより一層厳しい。拓海はその手を取った。弾かれたように、結名は彼を見る。その身体から、呪縛が解けた。
「――小川くん」
「後ろへ行こう。アルタクスとアデライールは前に、頼めるかな？」
その呼びかけで、拓海も地のままで結名に応えた。すると、その内容を理解できたのか、従魔はどちらも不満げな声を上げる。
「グルゥ」
「キゥゥ」
その鳴き声に、結名は口元を綻ばせる。ふたりとも、主を心配しているからこそ、傍を離れられない。それがわかり、彼女は促した。
「わたしの分も……敵を、討って！」
主の命を喜ばない従魔など、この場にはいない。
不承不承、といった具合に、地狼は結名から身を離して駆け出す。その後を追うように、不死鳥幼生も飛び上がった。
「ぺるぺる、ちょっと飛ばしすぎ。レンくん、ここはいいから前出て。ユーナちゃんはアンタが引き取りなさい」
「はあ？」
柊子の言に、真尋は顔を顰めた。拓海が連れてきた結名を、ことばの通りに、柊子は真尋へと押し付ける。身動きが取れない、と文句を言おうとしたのだが、その鋭いまなざしに気勢を制せられた。
「このあと、でかいのが来るに決まってるでしょ。属性付与に徹しなさい。不死者におっきいの撃つの禁止！」
そう言い放つと、彼女自身は前衛へと回復神術を掛け始める。
痛みがない分、回避を大きめにしているはずだが、それでもやはりＨＰは呆気なく削られていく。特に、奏多のダメージが大きい。ＨＰ自動回復スキルによって、皓星は救われているようなものだ。アイテムさえ使えれば、と苦く思う。
「す、すみません。あの、わたし一人でも大丈夫ですから」
まさか真尋へ抱きつく羽目になるとは思わなかった結名である。身を離した時、その手が伸びた。ポン、と軽く頭を叩かれ、結名は目を瞬く。
「そこにいろ。……まあ、俺もそろそろＭＰ回復に勤しむべきだからな」
悔しそうに呟く真尋の声に、雷の矢で牽制を掛けていた芽衣が振り向く。
「あ、師匠、魔力譲渡しましょうか？」
「いらん。調整しておけ」
「了解！」
憮然と返された内容に、芽衣は微笑んで頷く。
必要とされているが、それは今ではない。幻界と変わらず、互いの役割を把握し、先を見通す彼らの呼吸に心地よさを感じる。それは決して、野良では得られない感覚だった。
唇に術句を乗せる。振り切る右腕の先に、雷が迸った。
「――雷迅光！」
投刃が食屍鬼の腹部へと届く。閃光は違わずその刃へと届き、稲妻が腹部を貫き、大穴を穿つ。光に還った不死者の終焉を見送りながらも、彼女の眉はひとつも動かない。その向こうに見えた生ける死体へと続けざまに放たれる雷の矢の光弾に、颯一郎は口笛を吹いた。
「飛ばしていいの？」
「あたしも、ＭＰ回復上昇スキル、ありますから！」
受け渡すのではなく、自己回復でカバーできる範囲で敵を削れ。
彼女は正しく、師のことばを受け取っていた。
番えた矢を放つ。雷を帯び、動きを鈍くしている生ける死体の足を奪い、その場に倒した。ルーキスの方天画戟がその身体を両断し、グラフィックが砕け散る。
最前線で繰り広げられる剣舞は、柔と剛の剣によって構成されていた。時折きらきらと光が降り、ふたりに奇跡が届く。戦う相手は頭が半壊したゾンビや腐肉の魔獣だが、その光景は映画のように流れていた。
白い炎の壁が、後衛へと近づくスケルトンを牽制する。それを見て、結名は自身が役立つ方法に思い至る。
「あっ」
「どうした？」
「いえ、あの、アデラに白幻掛けてもらえばいけるんじゃないかなって……」
「あと二戦あるぞ」
訊き返され、素直に答えた結名だったが、不死鳥幼生に余計な負担を掛けるなという簡潔な指摘を受けた。
怯え切った青白い表情を見下ろし、紅蓮の魔術師は事実を告げる。
「まだユーナの出番じゃないだけだ。温存しろ」
「ガゥ」
不死伯爵と共に殲滅に勤しんでいた地狼が戻り、真尋のことばに頷くかのように、結名へとその身を寄せる。
ＨＰが癒されていく様子に、結名は己の価値を思い出した。抱きしめることはできなくても、今なら。ぴったり重なる影に、地狼のほうが驚きに身を震わせた。そばにいることで効果を発するスキルだが、触れているだけでも更に効果は上昇する。それが重なることで、回復効果はほぼ倍化しているようだった。究極の従魔回復である。
そして、ユーナの持つ従魔系スキルは、他にもあった。
「地霊術、できる？」
【任せて】
地狼の周囲に緑色の霊術陣が広がる。その広さは、アリーナに散ったメンバーを覆うほどだった。次の瞬間、フィールドより無数の杭が生える。一本一本はマルドギールほどだが、それは地狼の制御を受け、確実に敵を屠った。従魔支援による相乗効果で、地狼のＭＰの大半と引き換えに、ゾンビとグールが消え失せる。
残るはスケルトンのみ。
結名はマルドギールを構えた。それを見て、真尋は苦笑を洩らす。
「頼もしいな」
「片づけてきます！」
足取りは軽い。彼女の短槍が、一振りごとに炎を撃ち出していく。
この時点で五分とかかっていない。
そして三戦目もまた、終幕を迎えた。
昨日、「幻界のクロスオーバー」の前日譚にあたる「幻界のクロスオーバーβ」も更新しています。
主人公が皓星ですが、ちらっと結名も出ますので、よろしければご覧下さい。
