戦場へ
お待たせしました!
ちょっとフライングですが、一日早めて、毎日更新を再開します。
結名はアリーナを見回した。しかし、そこには肝心の従魔の姿はない。双子姫も見えず、扉の死角にいるのだろうかと足を早める。
そんな彼女を追い越すのは、もっとも舞台に不可欠な存在だった。
力の試練でも奏多は自らを物語るように駆け出していた。今もまた、その手足に鈴を纏い、音色を響かせる。あの時と異なるのは、既にシンクエディアを握っていることと、彼であることだ。手首を捻り、その刃を閃かせながら、その身体を存分に生かして魅せる。可愛らしさと艶やかさを同居させていた少女は、今、少年の持つ元気の良さと青年の持つ凛々しさとを前面に出し、ひとしずく舞姫の要素を垂らして、舞台に立っていた。その瞬間に、闘技場の外が沸く。
その異様さに、柊子はアリーナに出ていくのを躊躇った。日和へと顔を向け、アリーナを指さす。
「何なの、あれ……」
「一瞬でバレましたね」
外のスクリーンに表示されているアリーナには、キャラクターとしか映らないはずだ。しかし、奏多は舞姫ではなく、そのコピーであるカナタとして映し出される。見た目は奏多なのだから、見るものにはすぐわかるだろう。
優雅に一礼する様は、まるでこれから歌い始めそうだった。
前を守るために、皓星が先に進んだ。ふたりの剣士が合流する。戦斧を担ぎ、拓海も続いた。
いつもの闘技場とは違う。現実と幻界が重なり合う様子に、足が竦む。結名の背に、そっと日和が触れた。
「さあ、わたくしたちもまいりましょう。あの子たちが待っています」
「そうね。楽しみましょう」
軽い、柊子の声音が室内に響き、彼女もまた青の術衣を翻して歩いていく。その腰よりも長い黒髪が、尾を引くように流れた。
――あの白い舞台に、いる。
結名の心が彼らへと向く。その足がようやく動き出した。日和は白の術衣の袖を振り、そっと弦楽器をつま弾く。軽やかな音階が駆け昇る中、彼女もまた光へとその身を晒した。
「行くぞ」
「……はいっ」
気圧されていた芽衣もまた、魔術師の背を追う。最後に残された弓手は、静かに術式を口にして、舞台へ向かった。
アリーナへ足を踏み入れた途端、その姿は具現した。
【……行こう。待ちくたびれたよ】
漆黒の毛並みが、となりへ寄り添う。最初からその場にいたかのように、彼は結名を一瞥し、その尾で身体を撫でていく。立ち止まってしまった結名に手を差し出すのは、不死伯爵だ。
「少し、大人になられたようだな」
だが、彼自身も「触れられない」と知っているのか、ただその手は促すように前へと流されただけだった。
「夢でも貴女に逢えるとは思わなかった。エスコートできないのが残念だ」
低い声音は、確かに彼のものだった。耳元に直接聞こえている。MRユニットから発されていると、結名は気付いた。
「キゥ」
【これならば、我が主を守ることもできよう】
朱金の鳥は、戦い故に人化を選んでいなかった。その羽ばたきはまるで光が零れ落ちるようで、小さいながらも神々しさを湛えている。不死鳥幼生が求めたものに応えられたと、喜ぶ心のまま結名は手を差し伸べた。その手ではなく、肩へと不死鳥幼生は舞い降りる。
「キゥィ」
【それにしても、夢じゃと随分違うのぅ。うむ、重畳重畳】
「どこ見て言ってるの……?」
羽を閉ざし、その頬へと身体を摺り寄せる姿も相まって、まちがいなくアデライールだと思い知らされる。
「カードル伯、いけるか」
「主殿の御為なれば」
剣士の呼びかけに、不死伯爵は魔剣ローレアニムスを引き抜いて答える。
「かーさま!」
「かぁさま!」
女中服姿の双子姫は、人形遣いの両脇に寄り添った。破顔したふたりだったが、それが少し困惑する。
「あれ? かーさま、ちっちゃい?」
「かぁさま、ちっちゃい……?」
「ふふ、今はあなたたちのほうが大きいですね」
見上げる形になってしまう事実に内心涙しながら、日和は愛娘へと声を掛ける。
「さあ、わたくしの大事な娘たち、その力を存分に振るうのですよ」
「かしこまりました、かーさま!」
「かしこまりました、かぁさま!」
その手に方天画戟と鎖鎌を構え、双子姫は軽やかに一礼する。
「九人だから一人少なくて悪いなあって思ったけど、どう見てもこれって十四人だよね」
「そうですね……勝たないといけませんね。あなた、アイドルですし」
「アーティストって言ってよ、一応」
シンクエディアを弄ぶ奏多に、拓海は同意を示す。自称アーティストはその表現に苦笑を洩らし、次いで注意を飛ばした。
「人数と職業分布、レベル平均、しっかり計算されて敵が出てくるよ」
「ええ、確実に昨日の『眠る現実』より強いセレクトになるでしょう」
「まあ、負ける気はしないけど、ねー」
お互いリサーチ済みと確認し、奏多は背伸びをした。
舞台に役者が揃った、と言わんばかりにアナウンスが流れる。
『これより、力の試練を始める』
まさか、と思った。
結名は観客席を見上げる。立体映像で投影されたその場所には、ファーラスの紋章の刻まれた貴賓席もあり、彼の男爵の姿も見えた。宣言しているのは、側近のほうだ。
『挑むは、ファーラスの紋章から見て右手、命の神の祝福を受けし者なり。
――対するは、我がファーラスの誉れ高き召喚術師』
ヴィーゾフ、再戦である。
しかし、勝利条件は異なっていた。召喚術師にはいっさいの手出し無用。十分という時間の中で、彼が意識を喪失するほどの召喚獣をすべて倒しきれば、こちらの勝ち。時間切れ、もしくはこちらが全滅すれば、召喚術師の勝ちとなる。
拓海は息を呑んだ。奏多はうっすらと佩いた笑みを深めた。
「条件、厳しくなっていませんか?」
「全部倒せ、か……」
「上等じゃないの」
クッと喉で笑う青の神官のことばに、仮面の魔術師の目が細くなる。
「おまえ、攻撃できないだろ」
「『眠る現実』よりきつい条件ってとこがいいじゃない? しっかり燃やしなさいよ、ぺるぺる」
「はいはい」
所詮この姿はまやかしだ。紅蓮の仮面は、本来視界を狭めてしまう問題があるのだが、現実ではただの映像であり、何の障害にもならない。いつもよりも広がった視野で物事を把握することができ、真尋はとても快適さを味わっていた。
その意味では、他の面々も同じ条件のはずだ。プレイヤーにとってはいつもと重さが違う分戦いにくくもあるが、逆に幻界の住人たちにとってはいつもと変わらないフィールドである。
個々が己の鼓動の高まりを感じる中、側近の声音に合わせ、唱和が起こる。
『――では、双方……力を示せ!』
『ファーラスの名の下に!』
全員の視界に、「一〇:〇〇」からのカウントダウンが開始した。
昨日、番外編に「登場人物紹介 ユーナ」という資料的なものを公開しております。
こういう設定資料集的なものがお好みの方はぜひぜひ。
裏話も、現時点までのネタバレも載っています。
本編と合わせて、お楽しみいただけるとうれしいです。
 




